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ボブ・グリーンのコラムの中に1980年代の人々の生き様がある

バブル景気で賑わっていた時代に、一人の男の文章が大きな支持を得ていたことを覚えているだろうか。彼の名はボブ・グリーン。アメリカのコラムニストだった。

ヒューマニズムなテーマと感傷的な文章で現代アメリカの日常を描き出すボブ・グリーンのコラムは、実際、日常生活の中に隠されている普通の人々のドラマを鮮やかに映し出していた。華美でもなく地味でもない普通の人々の普通の暮らしが、ボブ・グリーンのコラムの中では、美しい物語になった。ボブ・グリーンのコラムによって、普通の人々の暮らしの中にも物語があるのだということに、多くの人々は気付かされた。

どれだけボブグリーンが人気を得ていたのか、当時の出版物を見てみれば分かるはずだ。1980年代の後半から1990年代の前半にかけて、ボブ・グリーンの邦訳は多数出版された。

マイケル・ジョーダンのような一人の人間を深く掘り下げた作品の評価が高いことはもちろん承知している。それでも僕は、無名の一般市民にフォーカスをした極めて短い新聞コラムが好きだ。そして、その象徴的な作品が、コラム集「アメリカンビート」だった。

一体どうして僕たちは、あの頃あんなにもボブ・グリーンのコラムに夢中になれたのだろう。感傷的な夜、今でも僕は、この時代遅れの古いコラムニストの作品を読み返してみることがある。

都会的に洗練されたドライタッチな文体。無名な一般市民に当てられた一瞬のスポットライト。現代アメリカ社会の中に潜む光と影。

ボブ・グリーンの文章は、いつだって雄弁でも寡黙でもなかった。彼はただ、現代社会の中に生きる人々の生き様の一瞬を切り取っているに過ぎなかった。そこから何を読み取るかに関しては、読み手の問題だったのだ、恐らくは。

だから、と僕は思う。僕らが共感していたのは、筆者であるボブ・グリーンその人ではなく、そこに登場する幾多の無名の人々だったのだろうと。ボブ・グリーンは彼らの人生の一瞬を、観察し、記録して、紹介しただけなのだ。

そして、それこそがコラムニストの大きな仕事であったことを忘れてはならない。ボブ・グリーンの仕事によって、名もなき市民の人生が活字となり、書籍となり、時代の記録となった。思うに、コラムニストは時代の観察者であったのかもしれない。

写真家がひとつの時代を切り取るように、ボブ・グリーンも1980年代のアメリカというひとつの時代を切り抜いていたのだ。そして、そこに描き出されるアメリカの人々の生き様に、僕たちは強く共感していたのだ。

今、ボブ・グリーンを読む人はほとんどないかもしれない。けれども、あの時代に戻りたくなったとき、僕たちは彼のコラムひとつで簡単に時代を超えることができることも、また事実だ。

良くも悪くも僕たちみんなが生きていた、あの時代に。

ボブ・グリーンのベストコラム集全タイトル(1985-1992)1980年代後半に日本で大人気となったアメリカのコラムニストがいる。 その人の名はボブ・グリーン。 今回は日本で出版されたボ...
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1967年生まれのバブル世代。80年代カルチャーしか勝たん。推しは仙道敦子。匂いガラスが欲しい。