1970年代以前

初めて買った骨董品が昭和初期のビー玉だった

骨董屋で初めて買い物をしたのがビー玉だった。

それは、昭和30年代から40年代にかけての雑貨を中心に扱っているビンテージ・ショップで、ビー玉は金魚鉢の中に無造作に詰め込まれていた。

今から20年ほども昔のことである。

初めて訪ねたその店では、20歳前後の若い女の子が店番をしていて、オーナーは外出中で留守なのだと言った。

モダンなデザインのカップ&ソーサやガラスコップ、腕時計などの実用雑貨が多かったような気がする。

おそらく、オーナーが個人的に好きで集めていたものに違いない。

<ミッドセンチュリー>などという言葉さえ、まだ知らなかった頃のことである。

昭和初期のビー玉が、初めての骨董品だった昭和初期のビー玉が、初めての骨董品だった

二回目に訪れたとき、モダンな雑貨が並ぶ店内の片隅で、僕は金魚鉢の中に入っているビー玉を見つけた。

あるいは、金魚鉢とセットで買い出してきたものかもしれない。

つ頃に作られたものなのか、オーナーもよく分かっていないようだった(あれから、たくさんの骨董屋と知り合いになったけれど、ビー玉のことに詳しい骨董屋さんなんていなかったが)。

棚から下ろしてもらったビー玉を手に取ってみると、ひとつひとつに細かい空気の泡が入っている。

時には、小さなゴミの欠片のようなものが入っている場合もあって、見るからに不完全な状態が古さを感じさせるような気がした。

全部で100個ほどのビー玉を3,000円で購入したのが、僕の骨董初めである(ビー玉を骨董と呼べるとしたらのことだが)。

傷だらけのビー玉から古い光が拡散していく

この後、僕は、古いビー玉を熱心に集めるようになり、いつしか、青空骨董市や骨董専門店の常連となっていくのだが、始まりは、懐かしいビー玉からであった。

最初に購入したビー玉は、後になって調べてみたところ、昭和初期に作られたものらしいということが分かった。

どんなことでも勉強を積み重ねていけば、大抵のことは理解できるようになるようである。

ビー玉熱に浮かれた僕は、やがて、明治期のビー玉やウランガラス製のビー玉、外国製のビンテージ・マーブルなどを入手するようになるが、今でも最も愛着を持っているのは、いちばん最初に買った、昭和初期のビー玉である。

特別に珍しいということもないが、昔の子どもたちが実際に遊んだものだと思うと、傷だらけのビー玉が、しみじみと愛おしくなる。

そういう意味で僕は、「新品未使用」とか書いてあるものよりも、人との関わりの形跡が感じられる「傷物」の方にこそ、本物らしさを感じてしまう(美品が嫌いだということでは、決してないけれど)。

ビー玉というのは、ほとんど実用性のない雑貨である。せいぜいが金魚鉢の底に沈めておくくらいしか使い道がないが、実用的でないところにこそ、ビー玉の美しさがあるとも言える。

日の当たる窓辺に転がしておくだけで、古いガラス玉を通して拡散される光が散らばる。

80年前のガラス玉を通して広がっていく80年前の光である。

古いガラス製品を集める楽しさが、そこにある。

ビー玉は、太陽の光を透かして見た時にいちばん美しいビー玉は、太陽の光を透かして見た時にいちばん美しい

今は分からないけれど、僕が熱心に集めていた頃は、骨董市なんかでもビー玉はガラクタ同然の扱いだった。

子どもが遊んだものには傷も多かったりするから、骨董商もまともな商品としては考えていなかったらしい。

おかげで、ほとんど競争相手というものもなく、古いビー玉は我が家に集まり続けた。

古いものを集める楽しさということを知る上で、ビー玉は、僕にとってちょうどよいアイテムだったらしい。

使い道のないガラクタを集める悪い癖は、こうしてビー玉から始まったのである。

あれから20年の時が経ち、最初に買ったビー玉は、20年分のビンテージを重ねた。

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kels
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