音楽

南野陽子「ブルーム」80年代の等身大の女の子の日常を歌ったナンノ

リアルタイムで好きだったわけじゃない。

大人になってから(それもずっと大人になってから)1980年代の音楽を聴き直すようになったとき、初めてその魅力に気がついたのだ。

だから、僕の南野陽子デビューは、際立って遅い。

大学生の頃、南野陽子の大ファンだったササキツカサ君に、今こそ謝りたいくらいだ(ごめん、佐々木くん)。

大人になってから南野陽子を聴き始めたとは言っても、メインに聴くのは、やっぱり1980年代の南野陽子だ。

1987年に発売された南野陽子のサード・アルバム『BLOOM』1987年に発売された南野陽子のサード・アルバム『BLOOM』

例えば、1987年に発売されたサード・アルバム『BLOOM』は、今も色褪せることがない名作である。

南野陽子の名前を不動のものとした大ヒット曲「話しかけたかった」が収録されているこのアルバムは、オリコンチャートの2位を獲得している。

「話しかけたかった」もいいけれど、まずは、アルバム一曲目の「リバイバル・シネマに気をつけて」に、心を動かされる。

リバイバル・シネマに気をつけましょう
いつのまにか 思い出に はいりこんでしまう
ほら ブルー・ムーンに 自転車が飛ぶ
あなたの胸 帰りたい  恋心を乗せてくわ
(南野陽子「リバイバル・シネマに気をつけて」)

南野陽子の曲というのは、派手ではない曲にこそ名曲が見つかる。

若かった頃は、その地味な魅力を見つけ出すことができなかったのだ。

「日曜日のクラスメート」には、松任谷由実の名前が見える。

ダビングしたユーミン 文字は褪せたけれど
聴くたびあの頃のみんなに逢える
いくつ片想いやロマンス  ここで話したかしら
(南野陽子「日曜日のクラスメート」)

「ダビングしたユーミン 文字は褪せたけれど」は、まさしく等身大の女の子の日常。

ユーミン自身が楽曲提供していたら、こんなフレーズは絶対に出てこないだろう(当たり前か)。

アルバム『ブルーム』には、20歳目前のナンノの写真がいっぱいアルバム『ブルーム』には、20歳目前のナンノの写真がいっぱい

人気曲「兄貴が彼女を連れて来た」は、自分より背の高い彼女を連れてきた男の子を、妹目線から歌ったラブソング。

「私の自慢の兄貴がほしいなら」なんて、ナンノみたいな妹に言われてみたい。

ちなみに、大学生の頃「ササキツカサの妹は、南野陽子に似ているらしい」という噂を聞いた僕たちは、すぐにササキ君の自宅を訪れて、ササキ君の妹と面会してきた。

ナンノみたいな妹は、そうそういるもんじゃないと思う。

アコースティック・サウンドな「シンデレラ城への長い道のり」も名曲。

1988年に舞浜駅が開業するまで、東京ディズニーランドへ行くには、浦安ターミナルからバスに乗る必要があった。

この曲は「ターミナルからバスを待たずに歩き出した」恋人たちの物語だ。

1時間歩いてもディズニーランドは見えてこない。

イライラした男の子が、つい「ゴチャゴチャ言うなよ」などと怒鳴ってしまって、女の子は泣き出してしまう。

その後の「砂ぼこりをかぶりながら 必死だったねって 明日は笑って おしゃべりしたいの」というフレーズがいい。

まさしく1980年代前半にしかない青春の思い出だ。

ナンノは声を張りあげて歌ったりしないので、ナチュラルに「普通の女の子」らしさを醸し出すことができる。

ひとつひとつの曲が、リアルに1980年代を生きていた女の子の日記みたいに自然体なのだ。

失恋ソング「花束を壊して」も好きな曲だ。

「泣いた子供をあやすように”妹”と呼ばないでね」とあるように、ナンノは<妹キャラ>が似合っていたような気がする。

元カレを歌った「すみれになったメモリー」。

妄想だとは分かっているけど、男の子の胸に刺さるフレーズが満載。

あの頃の仲間と うわさしています 時々
変わりはないですか?
遠い街のカレッジ
あこがれてたキャンパス
新しい何かを見つけたはず
(南野陽子「すみれになったメモリー」)

「いつまでも誇りです」とか言われてみたいけど、リアルな女の子は、元カレのことなんか思い出したりしないから。

若い男の子は、そんなこと知らないんだよね。

ちなみに、僕(ブログの管理人)は、南野陽子と同級生であり、誕生日も非常に近い。

だから、何なんだって言われてしまうと困るんだけど。

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kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。