岩重孝「ぼっけもん」80年代のUターン現象とシアタービル建設構想

ビッグコミックスピリッツを読み始めた頃、お気に入りの漫画のひとつに岩重孝の「ぼっけもん」があった。

「ぼっけもん」は、鹿児島から上京してきた大学生を主人公に据えた青春漫画である。

当初は、1970年代のアナクロな雰囲気をたっぷりと残していたが、連載が進むにつれて、だんだんと1980年代らしい漫画へと成長していった。

鹿児島で企画された総合シアタービル構想

今、僕の手元にある「ビッグコミックスピリッツ」1982年9月30日号(定価が200円だ)。

「ぼっけもん」は第39話で、「長距離電話」というサブタイトルが付いている。

夏休みに鹿児島へ帰郷した主人公(浅井義男)が、高校時代の仲間たちと将来の夢を語る、というエピソードだ。

連載開始時に高校生だった義男も、今では大学4年生で、当然、就職問題を抱えている。

卒業後の進路を決めかねている義男に、仲間たちが提案したのは、総合シアタービルの建設だった。

地元・鹿児島には、若者向けの文化的な施設が十分ではない。

だから、彼らが、ライブハウスやレコード屋、映画館(名画座)、書店を併設した、総合ビルを建てて運営する。

それが、旧友たちの持ち出した企画だった。

ここで興味深いのは、当時の若者の人口動向である。

昭和55年度の総理府国勢調査によると、ここ5年間で鹿児島の20代の人間は、2万人近く増えているという。

これは、東京や大阪へ出ていった若者たちのUターン現象が顕著になっているものであり、鹿児島の若者は、今後ますます増えていくというのが、彼らの計画の根拠になっていた。

メンバーは、既に銀行員などの定職に就いていたが、高校時代の仲間4人で新しい事業を起こすという計画は、彼らの人生を狂わすに十分な魅力を持っていただろう。

Uターン現象で地方都市の発展は続くと信じていた

「ぼっけもん」後半は、このシアタービル計画を中心に展開されていくのだが、大規模なハード整備を中心とした企画で盛り上がれるというのは、いかにも1980年代的という気がする。

人口減少社会の到来は、既に1975年から予測されていたが、日本において少子化対策が本格的に始まるのは1990年代に入ってからのこと。

一般市民が「少子化」という言葉をきちんと認識したのは、特殊合計出生率が1.57を下回った1989年の「1.57ショック」のときだった(マスコミが騒いだので)。

1980年代当初というのは、日本の経済的成長は永遠に続くし、地方都市も若者たちのUターン現象で発展していくという伝説が、まだ信仰されていた時代である。

むしろ「人口爆発」で地球が人間で埋め尽くされてしまうとか、そんな心配をしていたような気がする。

高度経済成長期に全国の地方都市で生じた人口流出の反動としてのUターン現象は、1975年から1985年くらいまで続いている。

義男が東京の大学を卒業する1983年は、このUターン現象華やかな時代とぴったり重なっているわけだ。

この後、義男たちの計画は、工務店に金を持ち逃げされたりして難航を極めるのだが、仮にシアタービルが完成していたとしても、その経営は決して順風満帆なものとはならなかっただろう。

彼らの計画は、1983年に三階建てビルを建築、1991年までの8年計画でライブハウスやレコード店、映画館、書店を、順次オープンさせるというものだった。

20代そこそこの若者が、こんな夢を見ることができるというのも、1980年代的伝説の一つだったのかもしれない。

ちなみに、義男の恋人・秋元加奈子は、アルバイト先の出版社で女性向けファッション雑誌の創刊に携わる。

これもまた、80年代的風景のひとつで楽しい。

マガジンハウス社の人気雑誌「Olive(オリーブ)」創刊は、まさしく1982年。

漫画の中でも夢を見ることができた時代だった。

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kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。