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「クロワッサン症候群」未婚と離婚とキャリアウーマンを提唱した女性誌の行方

「クロワッサン症候群」という言葉を覚えていますか?

1980年代前半、結婚しないで自立した女を目指す、キャリア・ウーマンが急増しました。

女性雑誌「クロワッサン」の影響を強く受けて自立を目指す彼女たちの生き方は、「クロワッサン症候群」と呼ばれ、1980年代後半には大きな注目を集めたのです。

今回は、1988年に出版されて話題となった、松原惇子さんの書籍『クロワッサン症候群』を紹介したいと思います。

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クロワッサン症候群とは

『クロワッサン症候群』とは、ノンフィクション作家・松原惇子さんの作品名で、1988年(昭和63年)、文藝春秋から刊行されました。

松原惇子「クロワッサン症候群」文芸春秋 松原惇子「クロワッサン症候群」文芸春秋

書籍の冒頭で、著者の松原さんは「1978年から1981年にかけての3年間にクロワッサンを中心とする女性誌は当時20代だった女たちの生き方を変えさせるに十分なペンの力をもっていた」「あの波をモロにうけた女性たちが、現在、急増したといわれている独身女性たちであり、私が『クロワッサン症候群』と名づけた人たちである」と述べています。

松原さんはあとがきの中で「クロワッサン症候群の女とは、何を隠そう、それは私自身のことである」「クロワッサンが創刊され、自立ブームが吹きあれる頃、私は渡米した。留学といえば聞こえはいいが、翔んでる女にのせられて、文字通り飛んだまでのことである」として、自身の体験が本書の執筆のきっかけとなったことを示しました。

本書『クロワッサン症候群』は大きな話題作となり、1989年(昭和64年)には秋野暢子主演によりドラマ化もされています(TBS・ドラマ23)。

雑誌クロワッサンとは

「クロワッサン」は、1977年(昭和50年)4月、平凡出版社(現在のマガジンハウス)から創刊された女性雑誌です。

創刊時のコンセプトは「ふたりで読むニューファミリーの生活誌」で、結婚適齢期(20代後半)の女性を対象とした、当時としては新しいタイプの女性誌でした。

「クロワッサン」創刊号。キャッチコピーは「ふたりで読むニューファミリーの生活誌」。 「クロワッサン」創刊号。キャッチコピーは「ふたりで読むニューファミリーの生活誌」。

この1977年は「ニューファミリー誌」と呼ばれる女性誌の創刊ラッシュの年で、「クロワッサン」に続いて、「MORE」(集英社)、「ノラ」(婦人生活社)、「アルル」(主婦と生活社)が、次々と創刊されました。

しかし、創刊当時の「クロワッサン」は、「子供服のブランド研究」などの特集を掲載するなど、従来の主婦向け雑誌との差別化を図ることができず、売上は低迷します。

ライバル誌も苦戦の状況は変わらず、「ノラ」と「アルル」は創刊から一年以内に休刊となりました(このとき苦境を乗り越えた「クロワッサン」と「MORE」だけが、現在まで刊行を続けています)。

そして、創刊から一年後の1978年5月、「クロワッサン」は大きな方針転換に踏み切ります。

それまでの「ニューファミリー路線」を捨てて「新しい女性の生き方」を提案する路線へと生まれ変わったのです。

この方向転換は大成功で、新たな時代の女性を応援する雑誌として売り上げを伸ばしました。

「クロワッサン」の成功により「MORE」もターゲットを自立する女性へとシフトチェンジ。

さらに、1980年には「25ans/ヴァンサンカン」(婦人画報社)、「コスモポリタン」(集英社)、「ミスヒーロー」(講談社)、「ツディ」(文化出版局)など、20代のオシャレなシングルウーマンに焦点を当てた生活情報誌が次々と創刊されました。

女性の自立を応援する仕事情報誌「とらばーゆ」の創刊も1980年で、まさしく、「自立する女性の時代」が幕を開けた瞬間でした。

「クロワッサン」が提唱した新しい女性の生き方とは

1979年の「クロワッサン」の特集名を並べてみます。

「わたしの転身」「結婚からの解放」「新しい女性論の時代」「翔びたい心と翔べない現実」などで、極めつけは1979年7月の「離婚志願」。

誌面には「自立」の文字が飛び交い、まるで多くの女性が「離婚したい」と考えているかのように、「クロワッサン」は離婚の時代をリードします。

同じころ「モア」も女性の自立を促す特集記事を掲載しています。

「離婚」「結婚しない女」「私が決めた別れ」「転職」「結婚か仕事か」などなど。

「結婚しない女」「離婚志願」「女の転職」という3つの大きなテーマが、こうした女性誌の誌面を支え、キャリアウーマンを目指す女性の心を支えました。

理想の女性像だった桐島洋子さん

こうした「クロワッサン」の方針を具体的に読者へ提示する役割を果たしたのが、当時、「自立する女」を実現していた女性文化人たちです。

「クロワッサン」は具体的なロールモデルを誌面に登場させて、具体的なメッセージを発信することによって、新しい時代に共鳴する女性たちを自立した生き方へと導いていきました。

その象徴的な存在となったのが、作家の桐島洋子さんです。

1937年(昭和12年)生まれの桐島さんは、1980年当時43歳で、未婚のままに三人の子どもを持つ、まさしく「自立した女」をリアルに体現化している女性でした。

「未婚の母」であり「恋多き女」である桐島さんは、理想の女性像として「クロワッサン」誌面に繰り返し登場。

1979年10月には「桐島洋子入門」なる特集記事が組まれています。

「クロワッサン」が個人の生き方を特集にするのは、これが初めてで、桐島さんは自立する女性たちの教祖的な立場を獲得します。

「結婚という形式を超えて、自由に生きるスーパースター」桐島洋子は、「たくさんの仕事と恋と遊び」に囲まれながら生きる女性で「華やかな恋の遍歴でも知られる人」。

「未婚の母」としてデビューし、「脱専業主婦」が話題となる中で、子どもひと筋に生きる主婦の怠慢と危険を警告しながら、今も恋と失恋のシャワーを浴び続けている。

過激なキャッチフレーズで紹介される桐島さんは「クロワッサン」の象徴として活躍を続け、1979年11月にも「桐島洋子わたしの生き方」という特集記事が掲載されました。

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クロワッサンの誌面を支えた女性文化人たち

自立する女性のロールモデルとして「クロワッサン」に登場したのは、桐島洋子さんだけではありません。

参議院議員だった市川房江さんは、1980年当時87歳の独身女性。

評論家の犬養智子さんは49歳で、離婚歴ありの独身、二児の母。

作家の澤地久枝さんは50歳で、離婚歴ありの独身。

女優の吉行和子さんは45歳で、離婚歴ありの独身。

脚本家の向田邦子さんは51歳独身。

歌手の加藤登紀子さんは37歳で、獄中の男性と結婚して三児の母。

ほとんどの方が未婚か離婚歴のある独身女性で、「結婚しない」「離婚志願」を提唱するクロワッサン路線に敵った文化人たちでした。

加藤登紀子さんは、獄中の男性と結婚していたことから、「普通の結婚生活ではない」ことが評価されていたものと思われます。

彼女たちに共通していたのは、きちんとした家庭で育ち、きちんとした教育を受けた都会人であるということ。

「都会派の知的女性」が「クロワッサン」のキーワードだったということが分かりますね。

「知的」という言葉が「未婚」「独身」よりも強くて優位な時代だった、ということでしょうか。

さらに、著者の松原さんは、「美人ではないこと」がロールモデルとして必要な条件だった、とも指摘しています。

なぜなら、美人はあまりにも自分とかけはなれすぎていて、生きる指針の手頃な偶像にはなりえないから。

こうして「クロワッサン」は、理想的なロールモデルを誌面に登場させながら、新しい女性像に憧れる若い女性たちを「自立する女」へと導いていったのです。

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クロワッサン症候群の女たち

未婚、離婚、キャリアウーマン、、、新しい時代の女性像を唱え続けた「クロワッサン」ですが、1980年代後半になって「クロワッサン症候群」という言葉が登場します

発信元は松原惇子さんの『クロワッサン症候群』でした。

「クロワッサン症候群」の帯文 「クロワッサン症候群」の帯文

1980年代後半、日本では未婚のキャリアウーマンが急増しており、30歳を過ぎた女性が独身であることは、珍しい時代ではなくなりました。

「シングルライフ」や「非婚時代」といったタイトルの本が、普通に支持されている時代。

しかし、多くの30代独身女性が、本当に「シングルキャリアウーマン」を望んでいたのだろうか?と、松原さんは疑問を持ちます。

クロワッサンに影響されて道を誤った女性たち—

そんな疑問が、本書『クロワッサン症候群』執筆のきっかけとなり、1980年当時に20代読者だった女性たちが、現在どのような生き方をしているのかということを、松原さんは取材します。

本書に登場する独身OLたちは、結婚しない生き方を選び、キャリアアップを目指して転職(とらばーゆ)した女性たち。

そんな彼女たちは今、家庭を持ちたいと考えながら、モヤモヤとした日々を送っていました、、、

「クロワッサン」もまた右往左往していた

ところで、1988年、女性誌「クロワッサン」は、もう「女性の自立」をリードする雑誌ではありませんでした。

特集記事も「和洋中の野菜料理」「日常生活の棚おろし」「献立発想法」「主婦とは、、、」などと生活感に溢れたものが中心となっています。

1980年代後半から、女性誌は女性の暮らしを具体的に応援するものが中心となっていきました。

1985年創刊の「オレンジページ」(ダイエーグループ)と1986年創刊「レタスクラブ」(セゾングループ)が成功を収めると、1988年には「Peach」(角川書店)、「ベジタ」(誠文堂新光社)、「パンプキン」(潮出版)など、料理を中心とした生活情報誌が次々と登場。

自立を促す特集記事よりも、実際に家庭で生きる女性たちを応援する特集の方が、幅広く支持を得るようになっていたのです。

1980年代冒頭に社会を賑わした「自立する女」ブームは、こうして80年代後半には沈静化していましたが、現実に雑誌の影響を受けて生きている女性たちはどうなるのか。

1980年当時、「クロワッサン」に促されてシングルキャリアウーマンの道を選んだ女性たちはどうなるのか。

こうした女性たちを、松原さんは「クロワッサン症候群」の女性と名付けて、大きな影響力を持つ雑誌の責任を厳しく指摘しています。

家の階下で右往左往していた女たちの前に、突然はしごが現れた。

はしごは言った。

「さあ、みなさん。こっちですよ。おあがりなさいよ」

救世主のごとく現れたはしご。

女たちはためらいなく、はしごをかけ昇った。

やがて「一階の方が良かったかもしれない」。

そう気が付いたとき、降りるはしごは見つからなかった。

はしごは既に外されていたのだ。

「女の自立」を声高に提唱して、女性たちを自立の道へと導いた雑誌「クロワッサン」。

その「クロワッサン」が、今や家庭で生きる女たちを応援する雑誌となっている—

だけど、本書を読み終えたとき、僕はこう感じていました。

「クロワッサン」もまた、右往左往していたのではないだろうかと。

常に時代の空気感に応え続けなければ生き残ることができない雑誌の世界。

時代に導かれていたのは読者ではなく、雑誌の方だったのかもしれませんね。

まとめ

ということで、以上、今回は1988年に話題となった書籍『クロワッサン症候群』をご紹介しました。

古い本を読むと、当時の空気感がリアルに伝わってくるので勉強になります。

本書が刊行された1988年当時、僕は21歳の大学3年生。

後に「バブル景気」と呼ばれる時代の中で生きながら、そうした社会の空気感を意識することは、ほとんどなかったような気がします。

ただ、今にして考えてみると、1990年に大学を卒業して最初に就職した会社(全国大手の出版社)には、確かに結婚しないことを誇りにしているキャリアウーマンな女性の先輩方が少なからずいらっしゃいました。

一方で、僕と同世代の女性たちは、普通に結婚願望を持っていたような気がします。

もっとも、彼女たちが考えていたのは、「キャリアウーマンか専業主婦か」の二択ではなく、結婚した後も働き続けるという、新しい女性像だったのかもしれませんが。

ちなみに、1992年に知り合って結婚した僕の嫁は、結婚以来専業主婦ライフを満喫しています。

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1967年生まれのバブル世代。80年代カルチャーしか勝たん。推しは仙道敦子。匂いガラスが欲しい。