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村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』バブル時代の日本社会を美しく描く

1980年代に戻りたくなったら、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読もう。

そこには、懐かしくも輝いているバブル時代の日本が描かれているから。

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札幌にある「ドルフィン・ホテル」はバブルの象徴だった

どうして『ダンス・ダンス・ダンス』がお勧めなのか。

その最大の理由は、この小説が、1980年代のバブル時代の日本社会を、美しく描き出しているからである。

象徴は、札幌にある<ドルフィン・ホテル>。

かつて『羊をめぐる冒険』に登場した<いるかホテル>は時代から取り残されたような、旧態依然とした古色蒼然たるホテルだったけれど、大資本に買収されてゴージャスなシティホテルへと生まれ変わる。

これは、まさに、1980年代の日本各地で目にすることができた<都市転生>の物語だろう。

ゴージャスなドルフィン・ホテルだが、時空の歪みによって、時折、古い<いるかホテル>へとつながってしまうことがある。

それは、あたかも、新しい時代の到来を受け入れられない旧世代の、最後の抵抗であるかのようだ。

もちろん、そんな難しいことを考えなくたって、新しい時代の到来は、日常生活のあちこちに登場してくる。

ダンキン・ドーナツへドーナツを食べに行く。

「トレンディーじゃないんだ」と、つぶやいてみる。

アナクロな警察官をあざ笑って、「彼らはブルータスなんか読まないのだ」と、心の中でつぶやいてみる。

高度資本主義社会では、善悪の基準もソフィスティケートされて、ファッショナブルな善と非ファッショナブルな善とがあった。

ファッショナブルな善の中にもフォーマルなものがあり、カジュアルなものがあり、ヒップなものがあり、クールなものがあり、トレンディーなものがあり、スノッブなものがあった。

組み合わせも楽しめた。

<ミッソーニ>のセーターに、<トゥルッサルディ>のパンツを履き、<ポリーニ>の靴を履くみたいに、複雑なスタイルを楽しむことができたのだ。

ドルフィン・ホテルにあるビデオ・ゲームのコーナーには、<パックマン>と<ギャラクシー>があった。

<ポパイ>と<ホットドッグ・プレス>と<オリーブ>と

13歳の少女は「TALKING HEADS」と書かれたトレーナー・シャツを着ている。

女の子はウォークマンを聴いている。

女の子は<バージニア・スリム>を吸っている。

カー・ステレオのカセット・テープからは、デヴィッド・ボウイの「チャイナ・ガール」が流れてくる。

フィル・コリンズ、スターシップ、トマス・ドルビー、トム・ペティ&ハートブレーカーズ、ホール&オーツ、トンプソン・ツインズ、イギー・ポップ、バナナラマ、デュラン・デュラン。

ローティーンの女の子がごく普通に聴きそうな音楽が、ずっと続いていく。

ポール・マッカートニーとマイケル・ジャクソンの「セイ・セイ・セイ」。

耐えきれなくなった主人公は、オールディーズのカセット・テープを、13歳の女の子と一緒に聴き始める。

サム・クック、バディー・ホリー、ボビー・ダーリン、エルヴィス・プレスリー、エディー・コクラン、エヴァリ・ブラザーズ。

旧世代の逆襲だ。

1980年代カルチャーの中に、旧世代文化が必死に割り込んでくる。

旧世代と新世代の葛藤が、『ダンス・ダンス・ダンス』のひとつの大きなテーマとなっているのだ。

春休みの渋谷は、中学生や高校生でいっぱいだった。

村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫

彼らは映画を観て、マクドナルドで宿命的なジャンク・フードを食べて、<ポパイ>だか<ホットドッグ・プレス>だか、<オリーブ>だかが推薦するオシャレな店で、役にも立たない雑貨を買った。

主人公は、オレンジのストライプのシャツの上に<カルヴァン・クライン>のツイードのジャケットを着て、<アルマーニ>のニット・タイを結び、<ヤマハ>のテニス・シューズを履いた。

ゴージャスなコールガールとセックスをして、<ポリス>のレコードを聴いた。

また下らないバンド名。

どうして<ポリス>なんて名前をつけるんだろう?

だけど、それが、1980年代という時代だった。

『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいると、80年代が止まらない。

また、いつかやろう、『ダンス・ダンス・ダンス』ごっこを。

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kels
ちょっと懐かしい本や雑誌、CDの感想を書いています。好きな言葉は「広く浅く」。ブックオフが憩いの場所です。