1980年代

世良公則「DARLIN’」ハードボイルドでシリアスだった1985年の青春

バブル世代のおじさんたちにとって、世良公則といえば「世良公則&ツイスト」である(いわゆる「ツイスト」)。

「あんたのバラード」や「宿無し」や「銃爪(ひきがね)」や「燃えろいい女」が、世良公則の代表曲ということになっている。

だけど、僕(ブログの管理人)は、ソロ活動を始めてからの世良さんが大好きだ。

ツイストの頃の話をすると、正直に言ってあまり好きじゃなかった。

アイドルと歌謡曲の隙間みたいなところで歌うロックバンド。

それがツイストのイメージだった。

テレビに出演して、女の子にキャーキャー言われて喜んでるボーカリスト。

それが世良公則のイメージだった。

柳沢きみお「翔んだカップル」の中で、ヒロイン圭ちゃんを誘惑して勇介の恋敵となる、ロックバンドのボーカリストが出てくる。

あの長髪で不良のボーカリスト(渡瀬)は、絶対にツイストの世良公則がモデルだったと思う。

1970年代の世良公則というのは、とにかく軟派で女にモテる嫌な野郎だったのだ(当時の言葉で「とっぽい男」と言った)。

まあ、ツイストのLPレコードは全部持っていたんだけどね。

ところがツイストが1981年に解散して、ソロアーチストとして再登場したときの世良さんは、実にカッコよかった。

特に1980年代後半の世良さんのアルバムは、今も僕の愛聴盤となっている。

こんなに男らしかったのか、世良公則というロックミュージシャンは!? という感じ。

世良公則「DARLIN'」収録のアルバム「I am」世良公則「DARLIN’」収録のアルバム「I am」

名曲「DARLIN’」の発売は、1985年(昭和60年)4月。

テレビ番組のザ・ベストテンで、チェッカーズの「あの娘とスキャンダル」やC-C-Bの「ロマンチックが止まらない」、杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語」なんかがチャートインしているとき、世良さんは「DARLIN’」を歌っていたのだ。

それは、もうツイストの頃の世良公則ではなかった。

夕刊の片隅には人が死んでる
身元不明の文字がこわい
俺のシャツ貸したままで消えちまった
壁のモンローだけを残し
Darlin’ Darlin’ 喧嘩ばかりのDarlin’
逢えないと自分を半分なくしたようさ
忘れないぜ 俺たちきっと はみだし野郎

破けてる 古い写真 傷ついた顔
デモの帰りがてらのピエロ
拳(ゲンコツ)をエレキに変えて
しらけてた夏
髪を競ってのばしたものさ
Darlin’ Darlin’ どうかしてるねDarlin’
いつからか普通になっちまったよ みんな
Darlin’ Darlin’ もう一度だよDarlin’
まだ涙がしょっぱい時代のはみだし野郎

Darlin’ Darlin’ 何処にいるんだDarlin’
心まで濡らしてた 歌も聴こえやしない
Darlin′ Darlin′ 気になりすぎるDarlin’
忘れないぜ 俺たち もっとはみだし野郎

(世良公則「DARLIN’」)

1985年(昭和60年)といえば、僕(ブログの管理人)は高校3年生だった。

田舎の無名高校から都市部の大学へ進学することは、それなりに大変な時代だった。

受験勉強の隙間を見つけては、僕は世良さんのレコードを聴いていた。

時代が変わったということなのかもしれないけれど、世良さんの「DARLIN’」は歌詞も良かった(作詞は松井五郎)。

世良公則「Darlin'」1985年(昭和60年)4月発売。世良公則「DARLIN’」1985年(昭和60年)4月発売。

甲斐バンドの「冷血」が発売されたのが、同じ1985年の2月である。

♪男(やつ)のガールフレンドが狂言自殺謀った晩~というフレーズで始まる、これも80年代ロックの名曲だ。

世の中的には、割とハードボイルドでシリアスなロックが求められていたのかもしれない。

少なくとも、僕はそういう日本語のロックが好きだった(今でも好きだけれど)。

今でも世良さんの「DARLIN’」を聴くと、シリアスで、それなりにハードボイルドだった、1985年の青春時代を思い出してしまう。

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