音楽

大塚博堂「春は横顔」ウキウキ悶々とする落ち着かない春のラブソング

大塚博堂の代表曲といえば「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」である、もちろん。

映画「卒業」のように、恋人を奪い返すことのできなかった男の悔しさを歌った青春ソング。

だけど、僕にとって大塚博堂は、「春は横顔」を歌った人ということで、長く記憶に残っているミュージシャンだ。

「春は横顔」は、1981年の春に発売されたシングルレコードである。

大塚博堂は、この年の5月に急死しているから、生前に出したシングルレコードとしては、これが最後の作品となった。

コスメブランド<マックスファクター>のキャンペーンソングだったので、それなりにヒットしたんじゃないかと、勝手に僕は思っていたけど、今、この曲のことを覚えている人は、あまりいないらしい。

大塚博堂「春は横顔」

またしても 季節は 春になり
華やかな 舞台を つくり上げ
大人しい 女で いたひとを
きらめきの スターに してしまう
ぼくは 只の ファンに 戻って
群れから 見つめて いるしかない

春は横顔 読みきれない 誰に
悶々 はらはら また 悶々
春は横顔 読みきれない 誰に
悶々 はらはら また 悶々

灰色の 季節の 真中は
ありふれた 台詞で 泣いていた
いじらしい 女と いうだけの
あのひとが 今では 嘘みたい
ぼくを 口を ポカンと 開いて
言葉を さがして いるしかない

春は横顔 読みきれない 誰に
悶々 はらはら また 悶々
春は横顔 読みきれない 誰に
悶々 はらはら また 悶々

1981年の春、僕は中学2年生になっていた。

思い返してみると、1980年前後の頃というのは、化粧品のキャンペーンソングからヒット曲が生まれるという、大きな流れがあったような気がする。

情報(特に音楽作品)の発信源として、テレビとラジオは極めて重要だったから、CMソングになるということは、それだけで作品がヒットする大きな要因になっていたのだ。

僕が「春は横顔」という曲を知ったのも、だから、テレビコマーシャルがきっかけだったのだろう。

「春は横顔」は、マックスファクターの春のキャンペーンソングとして、3月までテレビ放映されていたらしい。

ちなみに、キャッチコピーは「春は横顔 新発見」だった。

大塚博堂「春は横顔」生前最後のシングル曲となった大塚博堂「春は横顔」生前最後のシングル曲となった

中学1年生の終わる春休みに、僕はテレビコマーシャルでこの曲を覚えて、その後、シングルレコードを買ったのだと思う。

当時の僕は、大塚博堂というミュージシャンも、「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」というヒット曲のことも知らなかった。

僕が大塚博堂のことをきちんと知るようになるのは、大学生になって、日本の1970年代のフォークソングやニューミュージックのレコードを、狂ったように買い漁るようになってからのことである。

1981年の僕は、ただ単純に「春は横顔」というのは、なんだか春らしくていい曲だなあとしか考えていなかったのだ。

実際、今聴いても「春は横顔」は名曲だと思う。

歌詞とメロディとのマッチングがいい。

特にサビの「春は横顔 読みきれない 誰に悶々 はらはら また 悶々」のところ。

春に悶々とする落ち着かない気持ちが、とてもよく表現されている。

大塚博堂「春は横顔」歌詞カード。作詞は阿久悠だった。大塚博堂「春は横顔」歌詞カード。作詞は阿久悠だった。

歌詞を書いたのは阿久悠で、そこに大塚博堂がメロディをつけた。

ウキウキとした春らしさが、明るいメロディに乗って流れてくるのを聴いただけで、春っていいなあと思ってしまう。

だから僕は、今も春が近づく頃になると、この曲を聴いて楽しんでいる。

そして、幼い恋に苦しんでいた中学生の頃の自分を思い出している。

残念なのは、この曲がほとんど知られていないことだ。

レコード会社を移籍して、間もなく亡くなってしまったので、ベストアルバムにもあまり収録されることがなかったらしい。

サブスクで聴けるようになったら、いいな。

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kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。