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野沢尚脚本の日本映画「ラストソング」は、なぜDVD化されないのか?

大変です。

本木雅弘主演の映画『トキワ荘の青春』のデジタルリマスター版のBlue-rayが発売されるそうです(9月15日)。

良かったですね。

だけど、僕にはずっと疑問に思っていることがあることを思い出しました。

1994年に公開された映画『ラストソング』の話です。

忘れたなんて言わせませんよ(誰に向かって言ってるんだ?)

本木雅弘や吉岡秀隆や安田成美が出演して大きな話題となった、あの伝説の青春映画のことです。

ねえ、本当に忘れていませんよね?

あの伝説の青春映画「ラストソング」、未だにDVD化されていなくて、実は全然観るチャンスがないんです。

一体どうしてなんでしょうか、、、

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概要

『ラストソング』は1994年に公開された日本映画です。

杉田成道監督で、脚本は野沢尚、ポニーキャニオンが制作しました。

主演は元・しぶガキ隊の本木雅弘、主演女優は安田成美で、その他、吉岡秀隆、倍賞美津子、石坂浩二、長岡尚彦、奥脇浩一郎、藤田晴彦などが出演、本木雅弘はこの作品により「東京国際映画祭」での最優秀主演男優賞を受賞しています。

とにかく人気俳優を多数起用した人気脚本家の作品なんですが、なぜか現在までDVD化されていないんですよね(VHSでは発売された)。

とても大好きな映画だったので、DVDになったら買おうと待ち続けているのですが、、、

映画の気分だけでも味わうために、僕はシナリオフォトストーリー(扶桑社)と、ノベライズ(扶桑社文庫版と講談社文庫版)を読みながら、オリジナルサウンドトラックのCDを聴いているのですが、やっぱり、映画が観たい!

きっと、今観ても感動するんだろうなあ、、、

あらすじ

舞台は1980年代前半頃の福岡県博多。

地元ライブハウスで人気のロックバンド「シューレ・フォー」のリーダー八住修吉(シュウちゃん)は、東京でプロのロックミュージシャンとして活躍することを夢見る一人の若者です。

地元ラジオ局の新人アナウンサー庄司倫子(リコ)は、世間知らずのお嬢様で、取材で出会った修吉の強烈な求愛にズルズルと引きこまれていきます。

修吉が倫子を口説いたときの台詞は「俺と一緒に死ぬか? それとも、俺と一緒に生きるか?」でした。

博多のライブハウスのモデルは、当然に照和でしょう。この頃、シューレス・フォーが歌っていた「太陽が死んだ朝に」の作詞作曲は、エコーズを解散したばかりの辻仁成でした。

修吉は国鉄で技術者として働く天才ギタリスト稲葉一矢(かずや)を口説き落とし、新たなシューレス・フォーを結成して上京、念願のプロデビューを果たします。

ある意味で、ここまでが修吉の絶頂期でした。

修吉が真夜中の線路で一矢を説得した場面では、「惚れちまったよ、お前の音に。妬けちまってな、お前の才能に。こうなりゃ、一緒にやるか殺してやるか、どっちかだ」「こげん暗闇の中ずっと、そげん風に歩いているつもりか?すぐジジイぞ、こげん真っ暗闇にいたら」「そのカンテラ、これから俺が持ってやるよ。その光で、俺がお前の道を照らしてやるからな」などの名台詞がたくさん。

特に「そのカンテラ、これから俺が持ってやるよ。その光で、俺がお前の道を照らしてやるからな」は、この映画のテーマそのものでもありました。

しかし、プロデビューしたシューレス・フォーの売れ行きは芳しくなく、ドサ回りを続ける中、夢と現実との狭間で、彼らはどんどん消耗していきます。

シューレス・フォーのデビュー曲は「犬たちの詩」。作詞作曲は辻仁成で、シンプルかつ軽快なパンクロックに仕上がっています。いい曲ですよ。

そんなとき、ギタリストの一矢は、プロデューサーの青木祥子から、作品をカセットテープに録音して送るように勧められました。

やがて、一矢の作った曲「光あるうちに行け」が披露されたとき、修吉は一矢の才能に激しく嫉妬し、青木祥子から一矢のマネージャーになるよう命じられて逆上します。

倫子から「言ってあげて、一矢に」「俺たちを捨てろって」と言われたときの、修吉の切なさ。

修吉は「歯の浮くラブソングでリコを釣りやがって。君の夜明けだと? この女がお前の、どこにそんなものがあった? ここか? ここか? どこだ、一矢? こいつのどこにそんなものがあった? どこが夜明けなんだよ、一矢、言ってみろ!」と、狂ったようにリコに迫りました。

一矢が作った「光あるうちに行け」の作詞作曲は、元・甲斐バンドの甲斐よしひろ。修吉は倫子を歌ったラブソングだと誤解していますが、実は、、、

結局、ロックスターに憧れて上京した修吉の夢はここで断たれますが、修吉は一矢を一流のアーチストにするため、ビッグマネージャーとしての道を歩み始めます。

やがて、ソロ活動を始めた一矢はヒットチャートに顔を出すようになり、修吉は事務所の社長として一矢のコンサートツアーを取り仕切るようになっていました。

そして、修吉は、シューレス・フォー時代からの悲願だった西武球場でのコンサートを企画、いよいよ頂点に上り詰めようというところまでたどり着きますが、独断でレコード会社の移籍を画策して失脚します。

倫子から修吉を切るように説得された一矢は、とうとう三人のチームを解散することを決意しますが、このときの倫子の言葉は感動的なものでした。

怖がらないで。一人になってしまうことを、自分が変わってしまうことを、怖がらないで。生きるっていうことは、精一杯生きるっていうことは、今の自分を変えることじゃないかな。あたしたちは40にもなるし50にもなるし60にもなるでしょ? だけど、今のまま、ただ40や50になっちゃいけないの。

人のためとかさ、友だちのためとかさ、そういうことで生きてゆく時代は、たぶん、自分の足で通り過ぎなきゃいけないの。3人で選んじゃダメ。一矢の足で、あたしの足で、、、一人で選ぶの。

一矢を説得しながら、自分自身に言い聞かせているかのような倫子の成長。

ついに、一矢は倫子の言葉を受け入れて、修吉と別れる決心をしますが、一矢と修吉が別れる場面は、この映画最大の見所ですね。

「シュウちゃん、覚えてる? 真夜中の線路で俺に言った言葉。あの言葉があったから、俺、シュウちゃんとやってこれたんだ」「俺は、何て言ったんだ?」「そのカンテラ、これから俺が持ってやるって。その光で、俺がお前の道を照らしてやるって。シュウちゃんが照らしてくれたんだ。シュウちゃんが、俺の光だったんだ」

絶句する修吉。

「光あるうちに行け」の光とは、倫子ではなく修吉自身だったのです。

号泣する一矢を、修吉は怒鳴りつけます。

「メソメソするな一矢!」「負けて逃げる訳じゃねえんだ俺は。諦めた訳じゃねえんだバカヤロ。また博多で捕まえてやるよ凄ェ野郎を。アンプにギター繋いで喧嘩ふっかけてきて、口下手なくせして歌わせると言葉が妙に迫ってき、だけど俺が道を照らしてやらないと、一人で歩いて来れない野郎だ」「そいつと俺でやってやる。ライオンズをさらいやがった西武球場を俺たちで満杯にして、天下取ってやるよ。これが俺の夢だ。聞いたか俺の夢だ! 待ってろ、すぐ追いついてやるよ」

こうして二人は別れ、一矢は一人で野音コンサートのステージに立ちますが、この日のステージで最後に歌った曲が、映画の主題歌でもある「ラストソング」でした。

夢を抱いて上京した若者たちと野望と挫折。

結局、三人はそれぞれの道を歩み始めますが、若い彼らには、まだいくつものチャンスが到来するような、そんな希望を微かに感じました。

一矢が歌う「ラストソング」は、実際に吉岡秀隆の作詞作曲によるもの。この曲は吉岡君のデビュー曲となりました。

読書感想と解説

結局、この映画は、修吉と一矢という二人の男の物語なんですね。

時に親友であり、時にライバルとなった二人の友情が、この映画の大きなテーマとなっています。

倫子を中心としたラブ・ロマンスに流されなかったところが、この映画最大の功績ですね。

「光なんだ、シュウちゃんは」「リコには分かんないよ」と一矢が言った後で、倫子は「傷つくなあ、そういう言い方」「いい加減、あたしもマゼてよ」と呟きますが、修吉の恋人であり、一矢の憧れの女性でもある倫子でさえ、修吉と一矢の二人の間には入ることができなかったのです。

自信過剰な修吉の挫折は痛々しいほどですが、最後までちゃんと一矢を励まし続けるあたり、本当に一矢のことが好きだったんだろうなあと思いました。

「負けて逃げる訳じゃねえんだ俺は。諦めた訳じゃねえんだバカヤロ」「また博多で捕まえてやるよ凄ェ野郎を」「そいつと俺でやってやる。天下取ってやるよ。これが俺の夢だ。聞いたか俺の夢だ!」の場面は、本当にボロボロに泣きますから。

台詞が全部、一矢への励ましになっているんですね(いいなあ、こういうの)。

そして、傷つきやすい少年のままで成長していく一矢。

「男はつらいよ」「北の国から」「ALWAYS 三丁目の夕日」「Dr.コトー診療所シリーズ」など、数多くの代表作を持つ吉岡秀隆ですが、僕は「ラストソング」の稲葉一矢役が一番好きです(その次に「北の国から ’87 初恋」の純君役)。

ピュアで繊細で、触れるだけで壊れてしまいそうなくらいにセンシティブで、修吉と倫子との間で心のバランスを取りながら、三人の関係を長く続けることができたのも、一矢の努力のおかげでしょう。

映画では、使われている音楽もいいですね。

音楽映画として恥ずかしくない、高いクオリティの楽曲を提供しているのは、甲斐よしひろと辻仁成。

売れない時代の作品が辻先生で、ブレイクのきっかけとなる作品が甲斐先生というところも、個人的にはツボです。

なんだかんだ言って、辻先生には、こういう咬ませ犬的な役回りが一番似合うような気がします(エコーズなんて、そういう作品にこそ輝くものがあったと思います)。

ちなみに、エコーズの解散は1991年。代表曲は辻仁成脚本のテレビドラマ「愛はください」の主題歌「ZOO」。

そして、ミュージシャンとしてデビューすることになる吉岡君の「ラストソング」。

1992年に急逝した尾崎豊を兄のように慕っていた吉岡君らしく、その後も、尾崎へのオマージュを捧げるような楽曲を作りました(「月」なんて、もろに尾崎の再現でしたね)。

そういえば、映画『ラストソング』の中で、一矢が付けているシルバーのネックレスは、吉岡君が尾崎からもらったという形見のアイテムだと思われます(尾崎が死んだときのワイドショーで、吉岡君が泣きながら紹介していたので。それにしても、吉岡君には涙が似合います)。

ところで、今回はシナリオフォトストーリーを読みながら、映画の感動を再現してみましたが、野沢尚の小説版「ラストソング」は、映画とはかなり内容が異なっています。

修吉と母親の関係や、一矢と父親の関係、倫子と婚約者の関係など、映画では割愛されてしまったプロットが、小説の中ではしっかりと書き込まれているからです。

映画で描き切れなかった深い物語があるからこそ、この映画が奥の深い、素晴らしい作品になっているのかもしれませんね。

まとめ

ということで、以上、今回は日本映画「ラストソング」のシナリオフォトストーリーについて、全力で語ってみました。

久しぶりに「ラストソング」のシナリオを読みましたが、何度読んでも素晴らしいですね。

映画で観たいです。

死ぬ前にDVD化してください。

お願いします。

ABOUT ME
KONTA
1967年生まれのバブル世代。80年代カルチャーしか勝たん。推しは仙道敦子。匂いガラスが欲しい。