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野呂邦暢作品集「愛についてのデッサン」人はいつも失った何かを探し続けている

野呂邦暢作品集「愛についてのデッサン」あらすじと感想と考察

野呂邦暢作品集「愛についてのデッサン」読了。

先に岡崎武志さんの編者解説から引用する。

角川書店の文芸雑誌「野生時代」編集部から依頼があり、1978年7月号から12月号まで連載されたのが『愛についてのデッサン』だった。「佐古啓介の旅」という副題がつき、1979年に角川書店から司修装丁で刊行される。(岡崎武志「編者解説」)

作品は六篇の短い物語で構成された連作長編シリーズであり、いずれも「佐古書店」の若き店主・佐古啓介を主人公とした、古本と旅の物語である。

古本屋の店主というと、店番か、せいぜい買取の外勤くらいのイメージしかないが、佐古は多忙な古書店経営業務の隙間を見つけては、長崎、直江津、神戸、出雲、京都、秋田と、日本各地へ旅をする。

もっとも、佐古の旅は趣味や慰安の旅行ではなくて、常に何かを探している旅である。

親友に紹介された美しい人妻から依頼されたものは、若くして死んだ詩人の生原稿だったし、大学教授の隠し子を探す旅に出たこともある。

芥川賞作家を目指す学生時代の友人を訪ねて、神戸にも行った。

作中で佐古は「本を探すだけが古本屋の仕事じゃない。人間っていつも失った何かを探しながら生きているような気がする」と語っているが、本作は、まさしく「失った何か」を探し続ける若者の生き様を描いているような気がする。

おかしな依頼を受けて謎の旅に出かけることの多い佐古だったが、本人もまた「何か」を探し続けている人間の一人だった。

学生時代に失恋した時、自分を慰めてくれたのは友人の姉だったが、失恋の痛手から立ち直って、彼女に新たな恋をしつつあった時、彼女は佐古の前から永遠に姿を消した。

最後の夜、佐古は彼女に『愛についてのデッサン』という詩集を贈るが、数年後、その詩集は古本として佐古の元へ戻ってくる。

果たして、彼女は佐古のことをどう思っていたのだろうか—。

佐古は『愛についてのデッサン』という詩集を通して、彼女のことを考えているが、本作の登場人物たちは、常に文芸作品を通すことによって、人生の大切な「何か」を伝えようとしているかのようだ。

死んだ詩人は直筆原稿を通して愛を語り、自殺したスナックのマスターはアメリカの古い小説を通して人生を語った。

そして、著者である野呂邦暢は『愛についてのデッザン』というこの小説を通して、青春の痛みやこれから先に訪れるだろう人生の切なさを、僕たちに伝えようとしていたのだろうか。

40歳で本作を書いた野呂邦暢は、2年後の1980年(昭和55年)、42歳の若さで急逝した。

僕たちは遺された作品の中から「著者が伝えようとしていたものが何か」ということを読み取るしかない。

吉岡実の詩集『僧侶』と庄野潤三の随筆集『クロッカスの花』

「本盗人」という物語の中に、旭川市に住む中学校教員が通信販売で古本を求める場面がある。

中学教師が注文した本は、吉岡実の詩集『僧侶』と庄野潤三の随筆集『クロッカスの花』で、思いがけないところで、庄野さんの名前を見つけたような気がした。

若き日の著者(野呂邦暢)は、同郷の詩人・伊東静雄に影響を受けて、一時期詩作を試みているらしいが、伊東静雄は庄野潤三の文学上の師である。

伊東静雄を通じた心の通い合いのようなものが、著者の中にはあったのであろうか。

ちなみに『クロッカスの花』は、1970年(昭和45年)に冬樹社から刊行された、庄野さんの第二随筆集である。

こんなところで、庄野さんの作品に出合えたことが、どうしようもなくうれしいと思った。

書名:愛についてのデッサン ─野呂邦暢作品集
編者:岡崎武志
発行:2021/6/10
出版社:ちくま文庫

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。メルカリ中毒、ブックオク依存症。チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。札幌在住。