バレンタインデーが終わると桜の季節がやってくる。
毎年のことだ。
スターバックスコーヒーにも桜の季節が到来している。
新しい春にスタバの桜グッズを買う。
そんな習慣が、10年以上も続いただろうか。
スタバの桜グッズがまだ、いつでも簡単に、特別な競争によることもなく、手に入った時代のことだ。
あの年も、そうだった。
スタバが桜デザインのマグカップを売り出して間もなく、大きな地震と大きな津波とがやってきた春。
2011年3月。
その頃、スタバのグッズには、まだ「MADE IN JAPAN」という記載があった。
誰も買い占めたりしないから、慌てなくたって、在庫は十分にあった。
当時のスタバのマグカップのデザインは、今見ても実に手が込んでいる。
派手なのに下品ではなく、大胆なのに繊細なデザイン。
手を抜いたやっつけ仕事ではなく、ちゃんとしたセンスと能力のある人が、ちゃんとしたマグカップをデザインしていたのだ。
いつからだっただろう。
桜のマグカップから「MADE IN JAPAN」の文字が消え、チャチなデザインが当たり前になり、そんな代物を争うようにして誰もが購入するようになってしまったのは。
スタバ人気が盛り上がるほどに、僕はスタバのグッズから遠ざかっていたような気がする。
あの年は、まだまともだったのだ。
大きな地震がやってきたとき、僕は古いオフィスビルの8階で仕事をしていた。
ビルは何度も大きく揺れたけれど、ガラクタのような天井がいくつか崩れ落ちたほかに、大きな被害はなかった。
テレビニュースは、非常に大きな津波が発生していると、何度も何度も繰り返した。
とても大きな地震。
だけど、それが本当にどれだけ大きな地震だったかということを理解するには、もう少し時間が必要だった。
正確な情報を入手するために、通常以上の時間がかかるほど、それは大きな地震だったのだ。
地震の翌朝、僕はスターバックスコーヒーでサンドイッチを食べ、熱いコーヒーを飲んだ。
いつもの週末、いつもの日常。
僕はコーヒーを飲みながら、かつてない大規模な地震を大きな文字で伝える朝刊を読んでいた。
そして、店を出る前に、桜のデザインのマグカップをひとつ買った。
美しい日本の春が描かれた、美しいマグカップを。
あれから10年以上の時が経つ。
スタバのマグカップからは<日本製>の文字が消え、震災の年に生まれた子どもたちは、思春期を迎えつつある。
そして、僕は。
2011年の桜を越える素晴らしいデザインのマグカップに、未だ出会うことができないままだ。