村上春樹「スメルジャコフ対織田信長家臣団」コードネームと村上朝日堂ホームページ

1990年代の終わり頃、村上春樹の公式ホームページ「村上朝日堂ホームページ」というのがあった。

この「村上朝日堂ホームページ」というのは、WEB上にある、村上さんとファンとの交流の場のようなもので、村上さんのコラム(村上ラヂオ)のほか、村上さんと読者とがやり取りした電子メール(読者と村上春樹フォーラム)などを読むことができた。

当時の村上さんは40代後半、『ねじまきどりクロニクル』(1995年)を発表したばかりで、村上春樹の作品を愛読していた僕は、「村上朝日堂ホームページ」の良き読者でもあった。

ちなみに、「村上朝日堂ホームページ」開設は1996年6月4日。

前年の1995年に<Windows 95>が発売されて、急激にインターネットの普及が進む中、人気小説家の公式サイトというのは、かなり時代の先端を走っていたような気がする。

「ネット・サーフィン」なんて言葉もあったけれど、インターネット・エクスプローラー(あるいはネットスケープ・ナビゲーター)を使ってホームページを閲覧することができる、というだけで、パソコンに詳しい人と呼ばれた(笑)

とりわけ人気があったのは、質問メールを送ってくれた読者に対して、村上さん特製のコードネームをプレゼントしてくれるという企画。

もちろん、僕も、コードネームが欲しくて、村上さん宛てに電子メールを送った愛読者の一人で、ある朝、村上春樹からの電子メールが届いているのを発見したときは、ひどく驚いたものである。

ちなみに、当時の僕が送ったメールは、当時好きだったアウトドアに関する質問。

憧れの人気作家から返信メールをもらえるというだけでうれしかったし、その上にコードネームのプレゼントまで受けられるというのは、実際、夢のような話だった。

僕と村上さんとのメールのやり取りは、「村上朝日堂ホームページ」に掲載され、やがて『スメルジャコフ対織田信長家臣団』(2001)という単行本になった。

この書籍はCD-ROM版という変わった仕様で、当時の「村上朝日堂ホームページ」が、そのまま再現されているので、90年代後半のインターネット事情を知りたい人にはおすすめ。

At 2:52 AM 99.2.1
> こんにちは、村上春樹さん。
> 雪の旭川よりお便り申し上げます。
> 僕は今、夏に向けてバックパッキングの道具の手入れをしているところなのです
> が、春樹さんのバックパッキング観のようなものはありますか。
> 例えば、60年代にコリン・フレッチャーが提唱して
> やがて日本にも輸入されてきたバックパッキングが
> 結果として日本では定着しなかったと言われている原因ですとか。
> なんだか、ものすごく唐突ですね。
> ごめんなさい。
> ちなみに僕は67年生まれで、リアルタイムのバックパッキング・ブームを知り
> ません。
> 春樹さんもフレーム・パックを使ったのでしょうか。
> そして、ジョン・デンバーを口ずさみながら旅をしたのでしょうか。
> 僕は今でもフレーム・パックを背負って歩くのが格好良いと思っています。
> ところで、今年の旭川は歴史に残る大雪だそうで、毎日毎日肉体的雪かきの日々
> です。
> それでは、また。
>
> 旭川市の美術館職員より

こんにちは。旭川は僕の小説にもっとも頻繁に登場する都市のひとつです。一度しか行ったことはありませんが。

バックパッキングは僕もその昔よくやりました、フレーム付きのリュックを背負って一人旅に出ると、それだけで世界がひとまわり広がったような気がしたものでした。ジョン・デンヴァーさんがでてきたのはもっと後のことです。僕はニュー・クリスティー・ミンストレルズの「グリーン・グリーン」が好きでした。今ではオープン2シーターとREMのCDが僕の旅のdeviceになっておりますが。

あなたのコードネームは「さすらいのバックパッカー」にしましょう。

村上春樹拝

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kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。