ライフスタイル

食べ物屋に見る忘れ去られた昭和的風景

何となく忘れ去られた昭和的風景というやつを食べ物屋さんの光景の中から考えてみる。

ラーメン屋のカウンター

湯気の立つラーメンが目の前に置かれると、箸立ての中にぎっしりと詰めこまれた割り箸を抜き取って2本に割るのだけれど、大抵の場合、割り箸は不揃いに割れた(泣)。箸を割った面はボソボソとしていてささくれだっているから、2本の箸をこすりあわせて木のボソボソした感じをなくしたものである。

箸立てにギュウギュウ詰めにされた割り箸も、割り箸をこすり合わせる姿も、今は昔。大雑把といえば大雑把だけれど、生きているという実感は昔の方が強かったような気がする。生きるために喰うんだという姿勢が、今よりもずっと強かったような気がする。

喫茶店のカウンター

ブレンドコーヒーを注文すると、マスターは電動ミルで珈琲豆を挽いてくれる。挽き終わったあとの粉の表面を、マスターは必ずフーフーと吹いていたけれど、あれは、粉の中に混じる珈琲豆の渋皮を吹き飛ばして除去していたのだ。

コーヒーはサイフォンで淹れるのが上等なのだと、当時は誰もが信じていた。だから、昭和時代の漫画に出てくる喫茶店のマスターは、みんなポコポコとサイフォンでコーヒーを沸かしている。いかにも喫茶店らしく絵になる姿だったけれど、これも今は昔か。

大衆食堂のテーブル

カレーライスを注文すると、スプーンは必ずお冷の入ったコップの中に突き刺さって出てきた。スプーンがコップの中に入っていなくても、人はわざわざスプーンを水の中に浸して濡らしてから、カレーライスを食べたものである。カレーはそうやって食べるのが流儀だと、誰もが信じていたのも今は昔。

ちょっと気取った洋食屋のテーブル

恋人同士が食べているハンバーグライスのご飯は、フォークの裏側に乗せて口に運ぶのが鉄則だった。かなり食べにくいと思うのだけれど、昭和の時代、それが正しきテーブルマナーだったのだ。だから、フォークの背中にライスを乗せて食べていた人たちは、ある程度、嗜みのある人たちだったということになるけれど、それも今は昔である。

寿司屋のカウンター

まだ回転寿司屋も一般的ではなく、寿司は寿司屋で食うものと相場が決まっていたが、寿司を食う時に、ネタではなくシャリに醤油を付けて食べる人が、昔は多かった。寿司ネタに醤油がないと美味しくないと思うし、そもそもご飯に醤油を付けると塩っぱいような気もする。それに醤油皿に落ちたご飯粒が残っているのも、今では懐かしい光景だ。

あるいは、寿司からネタを外して醤油に付けて、それをまたシャリの上に乗せてから食べるという食べ方もあった。いずれも寿司職人からは許されない食べ方ではあったけれど、昔は寿司を食うのも自由な雰囲気だったのかもしれない。子供の時分から回転寿司を食べ付けている現代では、そのような姿も見られなくなってしまった。

スイカとトマト

夏のスイカは、塩を振りかけてから食べるのがルールだし、トマトは砂糖をかけて食べるのが当たり前。

味の素

忘れてならないのが「味の素」などの化学調味料だ。どこの食堂のテーブルにも、醤油やソースと並んで「味の素」が置かれていて、漬物やおひたしなんかに振りかけて食べた。味気ないものを少しでも美味しく食べるための、それが当時の工夫だったのだ。

忘れられていく食習慣

昔の映画やドラマを観ていると、当時の当たり前の生活が生き生きと描き出されていて楽しい。そして、今では忘れ去られた慣習も、当時は必然性のある常識的な行為だったのだ。

つまり、僕らが今生きている時代の中にも、未来には忘れ去られていく慣習みたいなものが、きっとたくさん含まれているんだろうな。

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KONTA
1967年生まれのバブル世代。80年代カルチャーしか勝たん。推しは仙道敦子。匂いガラスが欲しい。