読書体験

結城信一「作家のいろいろ」~庄野潤三の作品と人柄に触れるエッセイ

結城信一「作家のいろいろ」あらすじと感想と考察

「作家のいろいろ」は、昭和54年(1979年)に刊行された、結城信一のエッセイ集である。

雑誌や新聞に掲載された書評を中心に、随筆も収められている。

文芸論としては、永井荷風や室生犀星、岡鹿之助、駒井哲郎、和田芳恵、山室静、吉行淳之介などがあり、庄野潤三に関するものも3篇収録されている。

書評には、小沼丹『藁屋根』や庄野英二『赤道の旅』があった。

すると庄野さんは、僕の小説は明るいです、と毅然として答へた。

数年前に、永井龍男氏と先般亡くなられた中山義秀氏との対談が、「新潮」に載ったことがある。「…入院中に庄野潤三さんが見舞に来てくれた時、もっと明るい作品を書きなさいといつたんだ。すると庄野さんは、僕の小説は明るいです、と毅然として答へた。やはりしつかりしてゐる人の言葉は、さすがだと思つたよ」と中山氏は述懐している。(「庄野潤三氏の魅力」)

「決して大きな声は立てようとしないこの作者の、穏やかな格調のある文体には、ひとを呼び込むための華麗な装飾や饒舌はない。むしろ極めて多くのものを捨て、捨てることの難しさを克服しながら、丹念に自分のものを創りあげる人だらう」と、結城さんは庄野さんの作家としての特質を分析している。

このエッセイの冒頭に「庄野さんの作品を読んでゐると、しばしばその人柄といふことに思ひが及ぶ。大層律儀で、また大層頑固なひとではないのか、と私は考へる」と書かれていることに繋がってくる文章だろう。

「著書が出るごとに、庄野さんは叮嚀な署名をして送ってくださる」「だいぶ経ってから読後感を書く。すると庄野さんは、必ず折返しのハガキをくださる」といったエピソードにも、庄野さんの人柄がくっきりと表れている。

最近、庄野さんから送られてきたハガキの中には「いま、モンテーニュの『エッセー』を読んでゐますが、この人もなかなか頑固な、面白い人ですね」と書いてあったそうだ。

最後に、結城さんは「附言すれば、庄野潤三さんは詩人だ、と私は思つてゐる」という言葉で、このエッセイを締めくくっている。

その手紙、もらひたかつたなあ。…ぼくは、孤独に暮らしてゐるもんだから…

「蟹」を読んだあと、私は庄野さんに手紙を書いた。しかしそれは、未熟に感じられてきて出しそびれた。間もなくあるパーティの席で会ったとき、庄野さんは、残念だつた、といふ顔をしながら言つた。「その手紙、もらひたかつたなあ。…ぼくは、孤独に暮らしてゐるもんだから…」(「『蟹』の前後」)

結城さんは、「蟹」では、庄野さんの文体が、かなり変わってきている、と指摘する。

センテンスも短く、簡潔になっている一方で、奥行きに深さが加わってきた。

さらに、語り口にも微妙な変化が見られるのは、おそらく『ガンビア滞在記』を書いたことによって、庄野さんに新しい方向への誘いがあったのだろうが、それが成功とした思われると、結城さんは綴っている。

好評を得た『ガンビア滞在記』(昭和34年3月刊行)の後、傑作「静物」(昭和35年6月発表)を書くまで、作家としての庄野さんは非常に苦労した。

ほぼ一年半に発表された作品は、いずれも短篇である「ニューイングランドびいき」と「蟹」の2篇のみで、この時期、庄野さんは「書けない苦しみ」に、まさしく直面していたのだ。

昭和34年1月号の「群像」に発表された「蟹」という短編について、結城さんは「私はこの、一見あまり目立たうとはしない短篇を、非常に優れた創作として、そのときから高く評価してきてゐる」「名品と言つてよいものだらう」とまで、絶賛している。

やがて、「静物」を読んだとき、「ガンビア滞在記」と「蟹」が引金となって、この傑作が生まれたに違いないと、結城さんは信じるようになった。

だからこそ、「静物」を書いた後の「長い時間と忍耐力を要した」という庄野さんの言葉に、結城さんはしっかりと共感できていたのだろう。

この小説に出てくるのは、皆それぞれにいい人物ばかりで、しかも熱心な働き者、苦労人ぞろひである。

この小説に出てくるのは、皆それぞれにいい人物ばかりで、しかも熱心な働き者、苦労人ぞろひである。それらがまた(人物描写や会話が)極めて明るく興趣が深い。生身の人間の(人間らしさの)真摯で、そしてほのぼのとした人生行路の姿勢が、軽妙な柔軟なニュアンスであたたかく包まれてゐる。…作者の徳、といふ感じもある。(「『屋根』(庄野潤三)について」)

『屋根』は、昭和46年に刊行された長編小説で、「馬喰」と呼ばれる肉屋(家畜商)の親子に取材した、いわゆる「聞き書き小説」である。

庄野さんは、会社勤めのサラリーマンではない人々の生き様を通して、人生の機微を描こうとしたし、暮らしの記録を残そうとした。

結城さんは、「いまは家畜商ですけど、昔は馬喰といった。私のすぐ上の兄も馬喰です。馬喰兄弟です」という忠夫君の父親の言葉を引用して、この親子を描こうとした作者の気持ちに触れてみせる。

若い夫婦と、その両親夫婦との商売上のあたたかいが厳しい繋がりと、「牛」を中心とした生活者の緻密な営みとで構成されていて、しかも、話の筋の選びかたは、なかなかに心憎い巧みな積み上げ方で、決して単純なものではない。

軽妙にさばいているかのように見えながら、作者の眼は鋭く見つめつづけて、対象物に穴でもあきそうな具合だ。

そしてエピソードの積みかさねが、一つの重い流れとなって展開されてゆくのは、庄野さん独自の手法だと、結城さんは考察していく。

最後に引用されている「毎日こうして働いていると人が来てくれないとさびしいものでね」という忠夫君の父の言葉が、結城さんの心の琴線に触れたらしい。

書名:作家のいろいろ
著者:結城信一
発行:1979/7/25
出版社:六興出版

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みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。