映画「リバー・ランズ・スルー・イット」釣りと酒とギャンブルの好きな弟はなぜ殺されたのか

今回は、若き日のブラッド・ピットが主演している映画『リバー・ランズ・スルー・イット』をご紹介します。

まだイノセントだった時代のアメリカ北西部を舞台に、家族愛とフライ・フィッシングの美しさを描いたヒューマンドラマ。

夏におすすめの映画ですよ。

フライ・フィッシングに憧れたころ

それは、バブル崩壊直後の1993年(平成5年)のことです。

自然と触れ合うアウトドア・スポーツの素晴らしさを伝える一本の映画が、日本で公開されました。

ロバート・レッドフォード監督、ブラッド・ピット主演の映画『リバー・ランズ・スルー・イット』です。

アメリカの大自然の中で生きる家族の姿を描いたこの映画は、日本でも大ヒット。

映画の中で、重要な役割を担っているフライ・フィッシングにも、大きな注目が集まりました。

『ハスラー2』(1986)でビリヤードに注目が集まったようなものですね。

1990年代のアウトドア・ブームの中で、フライ・フィッシングにも人気が集まったのは、この映画の大きな影響かもしれません。

当時、26歳だった僕も、この映画に魅せられて、本格的にフライ・フィッシングの沼へとはまり込んでいった、当時の平均的若者の一人でした。

今回は、当時の劇場パンフレットやオリジナル・サウンドトラックCD、そして原作小説『マクリーンの川』などを参考に、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』の魅力について、お伝えしたいと思います。

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』劇場パンフレット映画『リバー・ランズ・スルー・イット』劇場パンフレット

アメリカ映画界に起きた奇跡

1992年の秋、アメリカ映画界に起こったひとつの奇跡。

それは『リバー・ランズ・スルー・イット』と題された、1本の映画によってもたらされました。

この映画は、大作志向のまん延するハリウッドで期待される成果を挙げるためには、最もふさわしくない類の原作を、興行成績よりも愛情や知識を表すことに目標をおいて、注意深く誠実に仕上げられた作品だったのです。

もちろん、作品自体は、完成と同時に批評家たちの絶賛を集めたものの、あまりにも微妙な感情をテーマとしているので、『ターミネーター』の強力なペースに慣らされた現代(1992年のこと)の観客には通用しないだろうと、誰もが判断していたそうです。

ところが、1992年10月9日、全米わずか12館で封切られた『リバー・ランズ・スルー・イット』は、公開3日間で興行収入253,184ドル、1館あたりの平均興収で21,100ドルという驚異的な成績で、全米ボックスオフィス・チャートに躍り出ました(ちなみに、その週の1位『沈黙の戦艦』の平均興収は7,100ドルだった)。

そして、全米配給を手がけたコロムビア映画の杞憂を吹き飛ばすかのように、劇場数は24館、130館と1週ごとに増えていき、公開4週目には公開館数795館、興収4,254,015ドルと、全米ボックスオフィス第2位まで昇りつめたのです。

このとき、1位の作品は公開館数2,248館、3位は公開館数1,438館であり、『リバー・ランズ・スルー・イット』は、これらの作品の2倍以上のアベレージを記録していました。

その後も、『リバー・ランズ・スルー・イット』はアメリカ中の心に、静かな、しかしずっしりとした感動の輪を広げて、記録的なロングランヒットを続けていくことになります。

奇跡をもたらした男の名前は、ロバート・レッドフォード。

この作品は、1992年度の第65回アカデミー賞において、最優秀撮影賞(フィリップ・ルースロ)を受賞しています。

劇場パンフレットには、映画評論家。川本三郎のエッセイが掲載されている劇場パンフレットには、映画評論家。川本三郎のエッセイが掲載されている

原作小説から映画ができるまで

ノーマン・マクリーンの自伝的な中編小説である『A River Runs Through It(マクリーンの川)』は、どのような経緯を経て映画となったのでしょうか。

マクリーンは、映画の中でも描かれているように、シカゴ大学の文学部教授でした。

学生から尊敬される有能な教師で、講義の素晴らしさが讃えられて、3度も賞を受けているそうです。

70歳で退職したマクリーンは、その後、小説の執筆を開始。

40年以上も胸にしまいこんでいた個人的な思い出を呼び起しながら、2年の時間を費やして一本の小説を書きあげました。

それは、モンタナ州ミズーラ近くの湖畔にある人里離れた山小屋で、ほとんどの部分は夏の間に書かれたそうです。

妻のジェシーは数年前に他界していて、マクリーンは娘のジーンに、書き上げた物語を読んで聞かせました。

「父が、叔父のことをそんなに深く思っていたなんて、まったく知らなかったから、とても驚きました」と、ジーンはそのときのことを回想しています。

「読み終えたとき、父は泣いていました。そして、ポールのために泣くことができたのは、これが初めてだと言いました」

しかし、この作品は出版社からは歓迎されずに「出版お断り」の手紙だけが増え続けたため、結局、シカゴ大学の出版局から、1976年に出版されます。

学術書を専門とする出版局の85年間の歴史の中で、これが初めてのフィクション作品であり、元・大学教授マクリーンにとっては、74歳の処女出版となった、この小説は、ところが、大きな話題を呼び起こすことになります。

ビレッジボイス誌は「まぎれもない傑作。感動的な物語という枠を越えた、時代と人生の抒情的な記録」と評し、ニューヨーク・タイムズも「豊かなアメリカの伝統から産み落とされたマクリーンの肉声」と絶賛。

そして、出版翌年の1977年には、ピューリッツァー賞小説部門の第一候補として推薦されることになったのです。

小説の評価が高まるにつれて、幾多のプロデューサーや、ウィリアム・ハートを初めとする有名俳優たちが、争ってこの作品の映画化の権利を求めましたが、ハリウッド式の安易なホームドラマへの改変を恐れるマクリーンは、どれほどの大金を提示されても、こうした要請を断固として拒絶しました。

そこに現われたのが、この映画の監督となるロバート・レッドフォードです。

「信頼が生まれたんだよ」と、レッドフォードは言っています。

「1980年代の初めに、ノーマンはサンダンス牧場へ遊びに来た。彼はそこを気に入ってくれたし、幸運なことに、僕の映画の中に気に入ったものがあったんだ。でも『マクリーンの川』の映画化には、まだ迷っていた」

ロバート・レッドフォードは、ハリウッドのプロデューサーであれば、絶対に結ばないだろう契約を、マクリーンに提案します。

それは、原作者マクリーンが脚本を気に入らなかったら、その時点で映画化をあきらめる、という無謀な約束でした。

1988年、『マクリーンの川』の映画化権はロバート・レッドフォードのものとなり、脚本家のリチャード・フリーデンバーグは、ノーマン・マクリーンの家族や知り合いから、様々な話を聞いて、ノーマンのキャラクターを膨らませていきます。

映画に登場するノーマンの恋愛に関するエピソードは、ノーマンの実人生の中から、脚本家のフリーデンバーグによって付け加えられたものだそうです。

また、レッドフォードとフリーデンバーグは、<75歳のノーマン>というナレーターを、映画の中に登場させることに決めますが、これは、原作の中の絶妙な言葉のいくつかを、そのまま使うためでもありました。

レッドフォードは「原作の中でいちばん強烈な要素を失わないようにすることが鍵だった。それが、ノーマン・マクリーンの声だよ。だからナレーションを使うことにしたんだ」と語っていますが、映画の中で使われているナレーションの声は、そのロバート・レッドフォード自身のものです。

脚本の第一稿を読んだマクリーンは、映画化を了承。

しかし、映画の完成を待つことなく、1990年、87歳で他界しました。

フライ・フィッシングを教えてくれたのは、牧師だった父だフライ・フィッシングを教えてくれたのは、牧師だった父だ

監督ロバート・レッドフォードが伝えたかったこと

「これは、ぼくの家族だ」

初めて『マクリーンの川』を読んだとき、監督のロバート・レッドフォードは、そう感じたそうです。

スコットランド系アイルランド人を祖先に持つ家庭に生まれたレッドフォードにとって、『マクリーンの川』に登場する一家の暮らしは見馴れた光景であり、子どもたちへの愛情を叱咤や1セント玉でしか表現できない父親は、彼自身の父親の姿でもありました。

「夢を見るな」

昨年(1991年のこと)、76歳で亡くなったレッドフォードの父は、息子にそう教えました。

「夢は危険だ。失望するに決まっているのだから」

スポーツ・ライターの道をあきらめて平穏な道を選んだ父と、夢に溢れて反抗的な息子だったレッドフォードとの唯一の絆は野球でした。

くたくたに疲れて仕事から帰ってきた父親とするキャッチボールが、彼ら父子のコミュニケーションだったのです。

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』では、フライ・フィッシングが重要なモチーフとして使われています。

父と息子たちが、自然のリズムとひとつになって分かり合える唯一の手段として。

もちろん、思い出がいつでもそうであるように、この物語だけが、事実のすべてというわけではありません。

むしろ、ただ美しい真実のひとかけらだけを表したものに過ぎないと言うべきでしょう。

しかし、これは、ノーマン・マクリーンが、そして、監督であるロバート・レッドフォードが、ともに生き、忘れたくない世界であることは確かです。

口に出さないことに、耳を傾けて生きること。

理屈を越えて人を愛すること。

彼らは、かつて、そういう生き方をしてきたはずなのですから。

監督のロバート・レッドフォード監督のロバート・レッドフォード

あらすじ(ネタバレあり)

ここでは、劇場パンフレットの「ものがたり」を参考にしながら、映画のあらすじをご紹介したいと思います。

年老いたノーマン

年老いたノーマン・マクリーンが、故郷の川でフライ・フィッシングをしながら、少年時代のことを思い出しています。

美しいビッグ・ブラックフット・リバーとともに育ち、牧師であった父親の説教を聞き、そしてフライ・フィッシングを学んだ日々のことを—

1910年代の古い写真の数々が、時間を過去へと巻き戻していきます、、、

兄弟の少年時代

1912年、アメリカ北西部にあるモンタナ州ミズーラの町。

10歳のノーマンと8歳のポールは、教会の集会で、父親マクリーン牧師の説教を静かに聞いています。

説教が終わった後の、釣りの時間を楽しみに待ちながら。

父は、まるで宗教を説くときと同じように、息子たちにフライ・フィッシングを教えました。

兄のノーマンは、学校へ行く代わりに、父から勉強を教えてもらっていますが、父の授業は情け容赦ないほどに厳しいもの。

一方、弟のポールは頑固なやんちゃ坊主で、芯に秘めた強さは、兄以上のものを持っていました。

幼い二人は、互いに将来の夢を語り合います。

ノーマンの夢は、牧師かプロボクサーになることで、ポールの夢は、プロのフライ・フィッシャーマンになることでした。

二人の故郷である「ミズーラ」は、モンタナ州ミズーラ郡の郡庁所在地となっています。人口は約7万人、モンタナ州で2番目に大きな町です。モンタナ大学がある町としても知られています。

兄弟の滝下り

1917年、ノーマンが16歳の年に、第一次世界大戦が勃発。

町の男たちほとんどが戦場へ行ってしまった、その地で、ノーマンは森林局で夏休みの仕事に就きます。

弟のポールは、水着姿のかわいい女の子がたくさん泳いでいるプールの監視員となり、夕方になると、釣りをするために川へと出かけていきました。

高校卒業の夜、ノーマンは、ポールや二人の仲間と一緒に酒を飲み、したたかに酔ってしまいます。

「滝下りをして、歴史に名前を刻もう」と提案したのは、弟のポールでした。

しかし、ビッグ・ブラックフット・リバーの激しい急流を目にして、仲間たちは急速に酔いから醒めてしまい、その提案に賛同したのは、兄のポールだけでした。

無断で借用した小さな手漕ぎボートに乗って激流を下り、そして、滝から落ちていくノーマンとポール。

落下する瞬間、ノーマンは恐怖の叫び声をあげ、興奮と危険に酔いしれたポールは、狂喜の歓声を上げます。

どうにか一命を取り留めた二人は、翌朝早くに帰宅しますが、家では、怒りと不安を顔に浮かべた父と母が待っていました。

ノーマンは、自分たちの命を危険にさらしたことで、両親にかつてない心配をさせてしまったポールに腹を立て、二人で激しく殴り合いの喧嘩をします。

しかし、兄弟げんかは、この、たった一度だけ。

やがて、仲直りした兄弟は、父と一緒に釣りをするために川へ出かけます。

ポールは、流れの真ん中に立って、釣り糸を手繰りますが、その姿は実に美しいものでした。

社会の中でははみ出し者のように見えたポールも、ビッグ・ブラックフット・リバーの中では、実に安らかで、自然のリズムに溶けこんで生きていたのです。

映画の様々な場面がよみがえる映画の様々な場面がよみがえる

酒とギャンブル

1919年、ノーマンは、家族のもとを離れて、東部にあるダートマス大学へと進学します。

そして、7年後、年老いた父母のもとへ帰ってきたノーマンは、将来の進路について、いずれ教職に就きたいと話します。

一方のポールは、地元の大学を卒業して、隣町ヘレナ市で、地方新聞の記者をしていました。

ノーマンのスーツ・スタイルを見て、「まるで教授のようだな」と、兄をからかうポール。

久しぶりに再会した二人は、一緒に釣りへ出かけます。

ところが、川とは縁のない大学生活を送ってきたノーマンは、なかなか勘を取り戻すことができません。

一方、水面スレスレに釣り糸を泳がせてニジマスを誘う「シャドゥ・キャスティング」を自在に操るポールの姿は、もはやアーチストのようでした。

ノーマンの進学した「ダートマス大学」は、ニューハンプシャー州ハノーバー市にある私立大学で、アイビー・リーグのメンバーです。創立は1769年。全米で13番目に長い歴史を持ち、独立戦争以前に創立された「コロニアル・カレッジ」の1つでもあります。

ジェシーとの恋

独立記念日のダンス・パーティーで出会ったジェシーに一目惚れしたノーマンは、早速、彼女をデートに誘い出します。

お酒を飲みに出かけた店の前で、偶然二人は、インディアン娘メイベルを連れたポールと一緒になりました。

初対面なのに、たちまち打ち解け合うポールとジェシー(この二人、何だか波長が合うんです)。

やがて、酔ったポールとメイベルが華やかなダンスを披露していると、酒場の主人がノーマンにそっと耳打ちしました。

ポールは、ギャンブルの負けが込んでいるから気をつけろ、と。

ある日、ポールが警察に保護されていると、自宅に連絡が入ります。

酔って喧嘩をしたポールは、どうやら警察では常連らしく、傷だらけの弟を見て、ノーマンは悲しい気持ちになりました。

トラブルに巻き込まれている弟を救いたいと考えたノーマンは、ポールに援助を申し出ますが、ポールはノーマンの申し出を拒絶します。

「あと3年で魚の気持ちがわかる」はポールの名言「あと3年で魚の気持ちがわかる」はポールの名言

ニールと釣り

ジェシーの兄ニールが、ハリウッドから帰ってきました。

しかし、気取り屋でほら吹きのニールを、ノーマンは好きになれません(そりゃそうですよね)。

ところが、ジェシーやその両親が、二人で一緒に釣りへ行くように強く勧めたことから、やむなく、ノーマンはポールを誘って三人で釣りへ出かけることになります。

ところが、釣りの前夜、ノーマンと二人で酒を飲みに出かけたニールは、商売女・ローハイドに夢中になってしまい、翌朝の釣りのことなんか眼中にもありません。

結局、釣りの朝に、ローハイドと二人で酩酊状態でやったきたニールは、釣りどころではありませんでした。

泥酔して全裸のままで太陽の下で眠りこけてしまった二人は、全身真っ赤に日焼けしてしまい、まともに歩くことさえできません。

痛々しい姿で帰宅した兄を見て、ジェシーは激怒します。

ノーマンを車で送る途中、ジェシーは危険な運転でノーマンをヒヤヒヤさせて、鬱憤を晴らしました。

最後の釣り

就職先を見つけられないでいたノーマンは、ある日、シカゴ大学から教授職のオファーを受け取ります。

ジェシーと愛を確かめ合ったノーマンは、早速、ポールに報告。

複雑な表情でノーマンを祝福したポールは、「兄貴の幸運にあやかりたい」と言って、夜の賭場へ消えていきます。

翌朝、ノーマンは家族に、シカゴ大学の教授になることを報告します。

「本当の教授だな」と、喜ぶポール。

年老いた父は、久しぶりにノーマン、ポールと親子三人で、ビッグ・ブラックフット・リバーへ釣りに出かけます。

釣りをしながらノーマンは、「一緒にシカゴへ行かないか」とポールを誘いますが、ポールは「モンタナを離れることはできないよ」と、ノーマンの提案を辞退します。

その日、ポールは、かつて見たこともないような、大きくて美しいマスを釣りあげました。

「あと三年で魚の気持ちがわかる」と、笑うポール。

あたかも、芸術品のように完璧なポールのフライ・フィッシングを見ながら、しかし、ノーマンは、ポールの栄光がそう永くは続かないだろうということを、静かに感じ取っていました。

ノーマンが就職する「シカゴ大学」は、ノーベル賞受賞者を100名輩出するなど、世界で最も評価が高い大学の一つです。そもそも、「シカゴ」は、イリノイ州最大にして北アメリカ屈指の町であり、アメリカ国内でもニューヨークとロサンゼルスに次ぐ大都市でした。

ポールの死

警察から呼び出しを受けたとき、ノーマンは冷静でした。

ある程度、何かを予感し、覚悟していたからでしょう。

家に戻ったノーマンは、ポールが拳銃の台尻で殴り殺されたことを、年老いた両親に報告します。

ショックで寝室へと引き込む母。

以来、家族の間で、ポールの名前が出ることは、二度とありませんでした、、、

年老いたノーマン

そして、場面は、再び、冒頭のシーン—、年老いたノーマンが、一人で釣りをしている場面へと戻ります。

覚束ない指先で、黄昏の中、フライ・キャスティングを続ける、ひとりぼっちのノーマン。

愛した者たちの多くが逝ってしまった。

渓谷に黄昏が忍び寄るとき、何もかもが消えて、残るのは自分の魂と思い出だけだ。

ビッグ・ブラックフット・リバーのせせらぎと4拍子のキャスティング・リズム、そして、魚が川面をよぎる期待。

まるで祈るようにして、老人はロッドを振り続けています。

私は今も、川のとりこだ。

そう思いながら—。

当時の劇場チケットの半券当時の劇場チケットの半券

『リバー・ランズ・スルー・イット』の魅力とは?

1993年以来、僕は夏が来るたびに、この映画を観返しています(ということは、もう30回近く観た?)

この映画の何がそんなにおもしろいのか?

その理由をいくつか整理してみました。

史上最高のフライ・フィッシング映画

1993年9月。

バブルが崩壊していく日本で公開されたアメリカ映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、多くの日本人に、フライ・フィッシングという新しいアウトドアスポーツの楽しさを教えてくれました。

バブル時代、海外リゾートにばかり注目していた日本人が、国内の自然環境に目を向けるようになったのも、ちょうどこの頃からでした。

『リバー・ランズ・スルー・イット』という映画の最大の魅力は、フライ・フィッシングという釣りの楽しさを、余すところなく表現している、という部分にあります。

大自然の中、優雅に操られるフライ・ロッド。

キャスティングとともに美しい弧を描くフライ・ライン。

渓流の上を流れていくドライ・フライと、跳ね上がるレインボー・トラウト。

この映画に魅了されて、フライ・フィッシングを始めたという釣り人も少なくないはずです(僕自身が、まさにそうでした)。

史上最高のフライ・フィッシング映画、それが『リバー・ランズ・スルー・イット』でした。

トビゲラの大量羽化「スーパー・ハッチ」は、フライ・フィッシャーマンの憧れだトビゲラの大量羽化「スーパー・ハッチ」は、フライ・フィッシャーマンの憧れだ

イノセントなアメリカの美しさ

物語の舞台は、1910~1920年代のアメリカ・モンタナ州。

まだイノセントだったアメリカ北西部の小さな町で、人々は大自然に抱かれるようにして暮らしています。

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、モンタナ州が持つ大自然の魅力を、美しい映像で見事に再現してくれました。

1990年代のアウトドア・ブームの中、多くの日本人がモンタナに憧れたのは、決して偶然ではないでしょう。

実際、多くのバックパッカーやフィッシャーマンたちが、イエローストーン国立公園を始めとするモンタナ各地で、アウトドア・スポーツを楽しんでいたのです。

一度くらい行ってみたかったなあ、イエローストーン。

暮らしの中の宗教映画

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』には、宗教映画のような一面もあります。

もっとも、それは押しつけがましい布教のようなものではありません。

牧師だった父から教わった兄弟のフライ・フィッシングは、まるで信仰そのもので、彼らにとっては、釣りをすることさえも、宗教と同じようなものだったに違いありません。

(だからこそ、泥酔して売春女を連れてきたニールの態度は、釣りを冒涜するものに他ならなかった)

映画の冒頭とラストでは、年老いたマクリーンが、一人で黙々とフライ・キャスティングを繰り返していますが、川に立つフライ・フィッシャーマンにとって、キャスティングは祈りのようなものだったのかもしれませんね。

悲しきヒューマン・ドラマ

『リバー・ランズ・スルー・イット』は、映画のジャンルとしてはヒューマン・ドラマに分類することができます。

アメリカ北西部の田舎町で暮らす四人家族のささやかな人生。

酒とギャンブルに溺れながら、自由に生きようとする弟と、破滅へと向かう弟に、救いの手さえ差し伸べることができない父母と兄。

愛し合っていることを言葉で表すことができず、彼らは、ただ一緒にフライ・フィッシングを楽しむことで、互いの愛情を感じ合っていたのです。

このヒューマン・ドラマでは、崩壊していく弟の人生を、なす術もなく見つめている父母と兄の虚しさが、大きなテーマとなっています。

1920年代のファッションの参考としたい1920年代のファッションの参考としたい

愛し合う四人家族の物語

映画では、破滅型の天才フィッシャーマンである弟ポールに焦点が当てられていますが、物語の語り手であるノーマンにも注目したいところ。

両親は、勉強のできる兄ノーマンを誇りに感じていますが、愛嬌があって正義感が強く、人間としての深みを感じさせる弟ポールの行く末を案じています。

ノーマンは、そんな両親の不安を感じながらも、真摯に家族を愛しています。

家族を愛しているのは、弟ポールも同様で、大自然に抱かれた小さな町で愛し合う四人家族の物語。

『リバー・ランズ・スルー・イット』は、家族映画としても、実に深みのある映画に仕上がっています。

ブラッド・ピットの名演技

映画としての見どころとしては、若き日のブラッド・ピットを抜きにして語ることはできません。

今でこそ大御所のブラピですが、『リバー・ランズ・スルー・イット』で主演した際には、将来性豊かな若手俳優の一人にすぎませんでした。

それでも、なお、この映画は、ブラッド・ピットという若手俳優の素晴らしい名演によって支えられていることは間違いありません。

監督ロバート・レッドフォードは、主役のポール役を自分自身で演じたかったに違いありませんが、純真な若者の役を演じるには、彼は既に年を取りすぎていました(むしろ、年老いたノーマンに近い年齢だった)。

そこで起用されたのがブラッド・ピットだったのですが、この映画を見たとき、主役のブラッド・ピットが、若き日のロバート・レッドフォードにあまりにもそっくりで、ひどく驚いたものです。

そして、主役を務めるブラッド・ピットの素晴らしい演技に、僕もまた心を打たれてしまったのでした。

主要キャスト

それでは、劇場パンフレットを参考に、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』の主要キャストをご紹介しましょう。

クレイグ・シェーファー

映画の語り手である兄のノーマン・マクリーンはクレイグ・シェーファー。

テレビのソープオペラ、オフ・ブロードウェイを経て、1985年、『アウトサイダー』のS.E.ヒントンのベストセラーの映画化『BAD/傷だらけの疾走』でエミリオ・エステベスと共演し、主役デビュー。

その後、ヴァージニア・マドセンと共演した『禁じられた恋』(1986)、金持ちの少年を演じたジョン・ヒューズ制作の『恋しくて』(1987)、クライブ・バーカーのホラー映画『ミディアン』(1990)などに出演しています。

ブロードウェイでは、6か月間に渡って『トーチソング・トリロジー』のアラン役を演じた経験あり。

俳優業のほか、小説や詩、脚本も手がける、多彩な才能の持ち主です。

ブラッド・ピット

このドラマの主人公、弟のポール役を演じるのはブラッド・ピット。

1964年、オクラホマ生まれで、本名はウィリアム・ブラッドレイ・ピット。

『ダラス』や『グローリー・デイズ』といったテレビシリーズでキャリアを積んだ後、『バックドラフト』(1991)のために役を降りたウィリアム・ボールドウィンの代わりに『テルマ&ルイーズ』(1991)の魅力的なヒッチハイカー、J.D.役に抜擢されて、一躍脚光を浴びました。

他の作品として『Cool World』(1992)や『ジョニー・スエード』(1992)など。

次回作のスリラー『Kalifornia』で共演の女優ジュリエット・ルイスと熱愛中と伝えられています。

リーバイス・ジーンズのイメージ・キャラクターとしても人気。

エミリー・ロイド

ノーマンが心惹かれる女性ジェシーに扮するのはエミリー・ロイド。

イギリス出身で、16歳のときにデビッド・リーランド監督の『あなたがいたら/少女リンダ』(1987)で主役デビュー。

奔放な性遍歴を重ねる傷つきやすい16歳の少女を演じて絶賛され、イギリス批評家協会の最優秀女優賞を受賞、イギリス・アカデミー賞でも最優秀女優賞にノミネートされました。

アメリカ移住後は、スーザン・シーデルマン監督『わたしのパパはマフィアの首領』(1989)でピーター・フォークやダイアン・ウィーストを相手に、また、ノーマン・ジュイスン監督『イン・カントリー』(1989)では、ブルース・ウイリスを相手に、主役を演じています。

トム・スケリット

名優トム・スケリットが、父のマクリーン牧師役を演じています。

デトロイト生まれで、ウィーン州立大学とUCLAで演劇を学び、1962年に『戦場の追跡』で映画デビュー。

この時、俳優としてのキャリアを一緒にスタートさせたのが、ロバート・レッドフォードでした。

主役の軍医を演じた『M★A★S★H』(1970)、シャーリー・マクレーンの辛抱強い夫を演じた『愛と喝采の日々』(1977)、宇宙船ノストロモ号の船長となった『エイリアン』(1979)、トム・クルーズの厳しい教官を演じた『トップ・ガン』(1986)、サリー・フィールドの夫を演じた『マグノリアの花たち』(1989)など、代表作多数あり。

主要キャストたち主要キャストたち

主要スタッフ

続いて、劇場パンフレットを参考に、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』の主要スタッフをご紹介しましょう。

ロバート・レッドフォード

企画・製作・監督は、御存じロバート・レッドフォード。

1937年8月18日、カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。

1959年にブロードウェイに出演したのをきっかけに映画界入り。

1969年、ポール・ニューマンと共演した『明日に向かって撃て!』の大成功で、ハリウッドのトップスターとなります。

1980年には、『普通の人々』で監督業にも進出。

『明日に向かって撃て!』の出演料でサンダンス牧場(ユタ州コロラド)を購入、熱心な自然保護運動家としても知られています。

本作『リバー・ランズ・スルー・イット』では、自らナレーションを担当しています。

ジェイク・エバーツ

製作総指揮は、世界の映画界で最も数多くの栄誉に輝いているプロデューサー、ジェイク・エバーツ。

『炎のランナー』(1981)や『ガンジー』(1982)などで有名。

当時は、『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990)や『シティ・オブ・ジョイ』(1992)、『スーパー・マリオ・ブラザーズ』(1993)などのプロデュースも手がけていました。

リチャード・フリーデンバーグ

脚本はリチャード・フリーデンバーグ。

ロバート・レッドフォード直々の依頼で、本作に参加しますが、既に原作小説を読んでいたフリーデンバーグは難色を示したそうです。

「考えてもごらんよ。映画会社に行って、1920年代のモンタナが舞台の宗教とフライ・フィッシングの映画で、大切なことは何も話し合えない家族を描きたいなんて言ったら、どうなるかってさ」

本作で、第65回アカデミー賞最優秀脚色賞にノミネートされました。

フィリップ・ルースロ

撮影監督はフィリップ・ルースロ。

かつて失われた、けれど、どこか見覚えのあるような懐かしい時代の空気の匂いを、その光の手触りを、それ以外にはありえないようなリアリティを持って創造する手腕は群を抜いている、と評されました。

本作でも、逆行を巧みに生かした透明感あふれる映像で、モンタナの大自然を再現しています。

本作で、第65回アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞。

マーク・アイシャム

音楽担当はマーク・アイシャム。

アメリカ映画協会が選んだ、1980年代の3大作曲家の一人です。

トランペットの奏者でもあり、ブルース・スプリングスティーンやケニー・ロギンスのアルバムで、彼の演奏を聴くことができます。

原作小説『マクリーンの川』

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』の原作小説である『マクリーンの川』は、映画に劣ることのない、素晴らしい小説です。

僕は映画を観た後で原作小説を読んだのですが、映画に負けないほどの感動がありました。

映画化にあたって、原作者ノーマン・マクリーンは、陳腐な家族映画になることを恐れて、脚本にも非常に厳しい注文をつけていたらしく、映画は大筋において原作小説に忠実に描かれています。

原作小説『マクリーンの川』ノーマン・マクリーン原作小説『マクリーンの川』ノーマン・マクリーン

監督ロバート・レッドフォードは、原作のフレーズをそのまま引用するために、物語の語り手であるノーマンのナレーションを入れることにしたそうなので、原作のイメージと大きな違いがないのも当然ですよね。

映画では説明のない子細な部分も、小説ではかなり丁寧に触れられています。

例えば、ポールが<マクリーン>という名前にある<L>の綴りを大文字に変えたことが、父親にとって、どうして許しがたいことだったのか、など。

映画に感動した人は、原作小説を読んでみることをお勧めします。

映画から離れて、文学作品としても高い評価を受けている作品です。

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オリジナル・サウンドトラックのCD

映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、オリジナル・サウンドトラックのCDが発売されていました。

全31トラックが、映画の進行と同じ順序で収録されているので、映画の余韻に浸るのにぴったりですね。

曲名を眺めているだけで、映画のシーンが思い起こされます。

リバー・ランズ・スルー・イット
長老派教会の投票
ランド・フィルド・ウィズ・ワンダー
小道をかけおりて
サマー・オブ・ランバー・アンド・フィッシング
急流下り
スリー・フィッシャーマン
見知らぬ土地への旅
フォー・カウント・リズム
アラビアの酋長
バイ・バイ・ブラックバード(唄はブルーデンス・ジョンソン)
ジュ・セ・ヌ・クヮ
スイング・ミー・ハイ、スイング・ミー・ロウ
想い出の場所
リマーク・ワズ・パスト
ラギド・クロス
マスクラット・ランブル
ローハイド
ワイルド・ライド
早朝の出発
草原の輝き
ジェシーとノーマン
ロロ
ハイ・ロード
イエス、クワィト・ア・デイ
ファイン・フィッシャーマン・アンド・ビッグ・ブラックフット・リバー
永遠の瞬間
トウ・ディープ・フォー・ティアーズ
最後まで理解できずに
峡谷の薄暗い光の中で
川の水に取り憑かれて

早朝の釣りを思わせる、透明感のある曲が多いので、朝のBGMにもぴったりだと思います。

特に、バイオリンの美しい旋律が素晴らしいメイン・テーマ「リバー・ランズ・スルー・イット」は名曲。

1920年代の雰囲気を醸し出す、古いジャズ・ナンバー(ラグタイム)もカッコいいですね。

『リバー・ランズ・スルー・イット』オリジナル・サウンドトラック『リバー・ランズ・スルー・イット』オリジナル・サウンドトラック

映画を観て、原作小説を読んで、サントラCDを聴いて。

この夏も、僕は『リバー・ランズ・スルー・イット』の虜です(笑)

まとめ

ということで、以上、今回は、ブラッド・ピット主演のフライ・フィッシング映画『リバー・ランズ・スルー・イット』についてご紹介しました。

基本的にファミリー・ストーリーなので、釣りに興味関心がない人でも、全然楽しむことができます。

なにより、モンタナの大自然の美しい映像に癒されますよ。

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ABOUT ME
kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。