ゼロ年代の頃、僕が特に大きな影響を受けた作家の一人が、沼田元気だった。
たくさんの著作があるヌマ伯父さんだが、最大のお気に入りは「ぼくの伯父さんの東京案内」(2000年、求龍堂)である。
人生で一番長く、そして楽しい、中年という時間の伯父さん的生き方入門書
「東京案内」だからガイドブックみたいなものをイメージすると、これがまったく違う。
表紙のキャッチコピーをじっくり読むと「人生の嗜好帖・生活の童話!」「だれにも迷惑かけずにわがままに生きるには」などのフレーズがある。
さらに、まるで詩のようなこんな文章も。
もう若くはないが
老人になるには少し間がある
まだ一寸欲望も残っており
幸いそれをコントロールする力もある
人生で一番長く、そして楽しい
中年という時間の
伯父さん的生き方入門書
そう、つまり、本書は東京案内のガイドブックなどではない。
東京という大都会で生きる一人の中年男性をロールモデルとして描く<中年という時間の伯父さん的生き方入門書>なのだ。
最近の言葉で言うと、ライフスタイル。
誰にも迷惑をかけないで自由に生きる方法のヒントが、この本の中にはある。
それは、もちろん、人生を楽しく過ごすことのヒントでもある。
そして、僕は、この本のおかげで、30代から40代にかけての中年という時代を、実に楽しく生きることができた。
「人生」イコール「趣味」であるという伯父さんの生き方において、一般的な趣味をもつということは稀だ。
特別の提案があるわけではない。
「人生の嗜好帖」という言葉があるとおり、自分の好きなことをして生きる。
伯父さん的生き方の基本は、たった、それだけだ。
長屋で暮らす。
妄想旅行を楽しむ。
路線バスに乗って、東京都内を散策する。
遊園地に行って一人で遊ぶ。
大衆食堂で食事をする。
商店街で買い物をする。
時には、東京都内の旅館に泊まってみる。
古本屋で古本を買う。
喫茶店でコーヒーを飲む。
水族館へ行って一人でブラブラする。
すべてが日常生活であって、すべてが人生の楽しみである。
それが、沼田元気が提案する<伯父さん的ライフスタイル>だ。
「人生」イコール「趣味」であるという伯父さんの生き方において、一般的な趣味をもつということは稀だ。つまり好きなことや楽しいこと、そのほとんど全てを仕事にしてしまうので、趣味それ自体が生きる目的となってしまい、人生イコール趣味だなんてのたまうのである。(沼田元氣「ぼくの伯父さんの東京案内」)
自分の好きなこと(趣味)を仕事にしている人は、あるいは、それほど少なくはないかもしれない。
だけど、仕事以上に趣味を優先するような生き方をしている人は、そんなに多くはないのではないだろうか。
なぜなら、仕事とは多かれ少なかれ、自分の中の何かを犠牲にすることで成り立っているからだ。
自分の好きなことを、自分な好きなようにやって、それを仕事にできている人というのは、おそらく稀で、よほど幸運な人だと思う。
一冊まるごとが、沼田元氣的ライフスタイルの教科書だ
本書に登場する<伯父さん>は、そんな稀な人間の一人だけど、自由に生きている代わりに、安定した生活を手にすることはできない。
「自由に生きること」と「安定した生活」とは、基本的に相反する存在となるからだ。
安定した生活がないからこそ、自由に生きていけるという言い方もある。
すべてのページに、自由な生き方について書かれたヌマ伯父さんの文章があり、おそらくは<オリンパスペンF>で撮影したと思われる、ヌマ伯父さんの写真が掲載されている。
一冊まるごとが、沼田元氣的ライフスタイルの教科書だ。
この本から、僕は何を学ぶことができたのだろうか。
その答えは、あまりに多すぎる。