音楽

CDジャーナル「村上春樹をめぐる100枚」小説から始まる音楽の世界を楽しむ

村上春樹の小説には、いろいろな音楽作品が登場してくることで有名です。

だから、村上春樹と音楽をテーマにした書籍も数々刊行されているのですが、音楽雑誌「CDジャーナル」の村上春樹特集も充実していました。

『CDジャーナル』2009年8月号「村上春樹をめぐる100枚」 『CDジャーナル』2009年8月号「村上春樹をめぐる100枚」

特集名は「村上春樹をめぐる100枚」。

『羊をめぐる冒険』以降、村上春樹関連の本のタイトルには「なんとかをめぐる冒険」みたいなパロディが多くなりました(笑)

でも、内容は本当に充実しているんですよ。

村上春樹をめぐる100枚

「村上春樹をめぐる」は、音楽専門誌「CDジャーナル」2009年8月号の特集タイトルです。

当時は、長編小説『1Q84』が空前のベストセラーを記録する中、特に、村上作品とクラシック音楽との関係性が注目されていました。

彼の小説にはあらゆる音楽が登場し、ときには時代の空気を映すBGMとして、ときには物語の鍵となる重要なファクターとして印象的に使われています。本特集では、そんな村上作品と音楽との切っても切り離せない関係に迫ります。

CDジャーナル「村上春樹をめぐる100枚」 CDジャーナル「村上春樹をめぐる100枚」

『1Q84』の鍵を握る「シンフォニエッタ」

「シンフォニエッタ」は、長編小説『1Q84』の中で印象的に登場する、ヤナーチェク作曲の作品です。

小説の中では、タクシーの中で、この曲を聴いた直後に、主人公の若い女性(青豆)が異世界(1984年ではなく1Q84年)へワープしてしまうという設定になっています。

レオシュ・ヤナーチェク(1854-1928)は、現在ではチェコの一部であるモラヴィア出身で、生涯を通じて西欧の音楽界とは距離を置いたまま、創作活動を続けた作曲家でした。

もっとも、日本では、決して有名な作曲家とは言えないですよね(僕も『1Q84』を読むまで知りませんでした)。

『1Q84』に登場するレオシュ・ヤナーチェク「シンフォニエッタ」 『1Q84』に登場するレオシュ・ヤナーチェク「シンフォニエッタ」

『1Q84』がベストセラーになった頃、ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』が収録されているCDも人気を集めました。

注目は、村上春樹との対談集も書籍化されている小澤征爾の指揮による『小澤征爾指揮シカゴso』。

小澤征爾はヤナーチェクを得意とする指揮者なので、村上さんも、案外小澤征爾の演奏を聴きながら、作品中にヤナーチェクを用いることを思いついたのかもしれませんね。

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『風の歌を聴け』にみる村上春樹の音楽的嗜好

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』は、1970年の夏を舞台にした青春小説です。

主人公の「僕」は東京の大学へ通う21歳の大学生で、夏休みを故郷の街(おそらく神戸)で過ごしている、という設定でした。

作品中では、1970年当時の若者たちが聴いていた、アメリカのヒット・ミュージックがたくさん登場していますが、もっとも大きなテーマ曲は、ビーチ・ボーイズの『カリフォルニア・ガールズ』。

大森一樹監督の映画『風の歌を聴け』でも、この曲が繰り返し使われていましたね。

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ビーチ・ボーイズが印象的だった『風の歌を聴け』 ビーチ・ボーイズが印象的だった『風の歌を聴け』

もちろん、『風の歌を聴け』では、ポップスやロック以外にも、グレン・グールドやマイルス・デイヴィスのレコードが登場しています。

ビーチ・ボーイズ、グレン・グールド、マイルス・デイヴィス。

音楽のジャンルは違っても、同時代(1960年代)に活躍したミュージシャンたちの存在が、『風の歌を聴け』という小説の通奏低音になっているんですね。

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村上春樹が描く”アメリカ”とそこにある批評性

村上春樹作品の重要なファクターとなっているアメリカン・ロック。

『ダンス・ダンス・ダンス』では、1980年代のアメリカン・ヒットチャートがこれでもかというくらいに登場してくるし、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、ボブ・ディランが重要な役割を果たしています。

村上春樹が描く 村上春樹が描く”アメリカ”とそこにある批評性

ノルウェーの森—ビートルズと村上春樹との間に

100%の恋愛小説『ノルウェイの森』のタイトルは、もちろん、ビートルズの作品名に由来しています。

当時の邦訳は『ノルウェーの森』で、片岡義男が翻訳したビートルズの歌詩集『ビートルズ詩集』でも『ノルウェーの森』として紹介されています。

ビートルズ『ノルウェイの森』のエピソードも楽しい ビートルズ『ノルウェイの森』のエピソードも楽しい

『ノルウェイの森』では、本当にビートルズ(特にアルバム『ラバー・ソウル』、とりわけ『ノルウェイの森』)が重要な役割を果たしていましたね。

ちなみに、1960年代にイギリスで使われていたマッチのほとんどがノルウェイ製で、マッチ箱には「Norwegian wood」と書かれていたそうです。

だから、ジョン・レノンは、マッチに着想を得て、『ノルウェイの森』という曲を作ったという説があるんだとか。

『ノルウェイの森』には、他にもエピソードがあって、もともとジョン・レノンはKnowing She Would」(彼女とやれることを知っている)と歌っていたのですが、不倫の歌はビートルズの健全なイメージに反するということで、五感の響きが似た「Norwegian wood」に改められた、という説もあるそうです。

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村上春樹とジャズ

『ポートレイド・イン・ジャズ』『意味がなければスイングはない』など、ジャズに関する音楽エッセイの書籍も人気の村上春樹。

趣味のレコード蒐集でも、その中心はやっぱりジャズになるんだとか。

村上春樹とジャズ 村上春樹とジャズ

村上春樹の小説が、都会的でオシャレに感じられたのも、作品中に登場するジャズ・ミュージックの影響が大きかったような気がします。

なかでも、スタン・ゲッツの爽やかでクールなジャズは、村上作品に欠かすことのできないBGM。

『1973年のピンボール』では、スタン・ゲッツの『ジャンピング・ウィズ・シンフォニー・シッド』が、二度に渡って登場していますが、「スタン・ゲッツとヘッド・シェイキング・アンド・フット・タッピング・リズム・セクション」というフレーズは、1951年に録音されたアルバム『スタン・ゲッツ・アット・ストーリーヴィルVOL.2』の原盤にあるライナーノーツからの引用。

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『国境の南、太陽の西』では、ナット・キング・コールの歌う『国境の南』が重要な役割を担っています。

ただし、ナット・キング・コールが『国境の南』を録音したレコードは、実際には現存しないそうです(このあたりが村上マジック、ほとんどワナです)。

もうひとつ、『海辺のカフカ』に登場するジョン・コルトレーンの『マイ・フェイヴァリット・シングス』。

村上さんは、本当にジャズが好きなんですね。

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映像で観る村上春樹

映画になった村上春樹作品といえば、カンヌ国際映画祭で四冠を達成した、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』。

大ベストセラー『ノルウェイの森』も、ベトナム出身のトラン・アラン・ユン監督によって映画化されています。

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忘れてはならないのが、大森一樹監督の『風の歌を聴け』。

山川直人監督は『パン屋襲撃』と『100%の女の子』をショートムービーで映像化しました。

自主映画の女王・室井滋が出演、『100%の女の子』のエンディングは、佐野元春の「朝が来るまで君をさがしている~」でした(笑)

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映像で観る村上春樹 映像で観る村上春樹

マニアックな人気を持っているのが、市川準監督の『トニー滝谷』。

イッセー尾形が主演で、全編に流れるピアノは坂本龍一。

村上春樹の小説には、ちょっとマニアックな映画の方が似合うみたいです。

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生きている女、と性的幻想の女

シンガーソングライター鈴木祥子は、本稿の中で「村上春樹世界における女性の造形に共感するところが少ない」と言います。

なぜなら、村上作品に登場する女性キャラクターは、様々な意味において理想化された女性であるからです。

『国境の南、太陽の西』に登場する主人公の妻・有紀子は理想化された母である一方で、島本さんは、男たちにとって都合の良い、性的に理想化された女であるように。

生きている女、と性的幻想の女 生きている女、と性的幻想の女

そして、村上作品の女性たちに共通するのは、知的で(外見的に)美しく、ロマンチックで芸術的感性に溢れているということ。

そして、そんな村上作品に出てくる女性キャラは、オフコースの歌や白樺派の小説に登場する女性たちに酷似していると、鈴木さんは指摘しています。

白樺派の作家にうっとりした女、オフコースの曲に涙する女、村上春樹の小説に耽溺する女。それは同じ線の上を歩く女である。細く透明なピアノ線のうえを綱渡りするように危うい足取りで。自分のココロの空虚を誰かの存在によって埋めようとする限り、その線はほそく、透明なままなのである。(鈴木祥子「生きている女、と性的幻想の女」)

つまり、村上春樹の小説が(特に女性の描き方が)、あまり好きではないんですね。

最後に、鈴木さんは、こんな感じで、この短いエッセイを締めくくっています。

それはかつて私の中にいた女、今もどこかに居る女、とてもよく知っている女だ。彼女によろしく。あたしはもう行くよ。村上春樹の本はここに置いていくよ。(鈴木祥子「生きている女、と性的幻想の女」)

村上作品に登場する女性キャラの中に、自分の求めているものを見つけたとき、そんな自分を認めることが、女性にとってはある意味で辛いのかもしれませんね。

村上作品に登場する100枚

さて、いよいよ、村上春樹の作品に登場する音楽を、CD100枚に精選して紹介するコーナーです。

村上作品を音楽で理解したい人には、最高のCDガイドだと思います。

作品中のどんな場面で登場したかの簡単なメモも付いているので、文学と音楽をリンクさせながら読むことができます。

村上作品に登場する100枚 村上作品に登場する100枚

『風の歌を聴け』からは、マイルス・デイヴィス『ザ・ミュージング・オブ・マイルス』や、グレン・グールド『ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番』(レナード・バーンスタイン指揮、コロンビア交響楽団)が登場。

ピーター、ポール&マリーの『イン・ザ・ウィンド』(「くよくよするなよ」収録)もいいですね。

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『1973年のピンボール』からは、ビートルズ『マジカル・ミステリー・ツアー』やミルドレッド・ベイリー『ロッキン・チェア・レディ』など。

初期の村上春樹作品では、ロックやポップスの登場が多かった 初期の村上春樹作品では、ロックやポップスの登場が多かった

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はボブ・ディランの名盤が多いけれど、モダン・ジャズ・カルテット『フォンテッサ』やロベール・カザドシュ『モーツァルト:ピアノ協奏曲撰修』(ジョージ・セル指揮、クリーヴランド交響楽団)なんかも紹介されています。

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『ノルウェイの森』では、ビル・エヴァンス「ワルツ・フォー・デビイ」やバド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』など、名盤が登場。

枚数が多いのが、やはり『ダンス・ダンス・ダンス』で、サム・クック『ベスト・オブ・サム・クック』やチェット・ベイカー『チェット・ベイカー・シングス』など、泣かせる選出があります。

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『ダンス・ダンス・ダンス』は、まるで音楽のカタログのようだった 『ダンス・ダンス・ダンス』は、まるで音楽のカタログのようだった

もちろん、スライ&ザ・ファミリー・ストーン『スタンド!』やブルース・スプリングスティーン『ザ・リバー』も。

『ねじまき鳥クロニクル』からは、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮、NBC交響楽団『ロッシーニ:序曲集』(歌劇「どろぼうかささぎ」収録)。

マイケル・ジャクソン『スリラー』(「ビリー・ジーン」収録)も。

『スプートニクの恋人』からは、エリザベート・シュワルツコップとワルター・ギーゼキングの『モーツアルト:歌曲集』(「すみれ」収録)が登場。

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後期の村上作品では、クラシック音楽が重要な役割を担っている 後期の村上作品では、クラシック音楽が重要な役割を担っている

シュリアス・カッチェンのピアノによる『ブラームス:ピアノ・ソナタ全曲集』(「四つのバラード」収録)もいいですね。

『アフターダーク』では、カーティス・フラー『ブルースエット』(「ファイブ・スポット・アフターダーク」収録)。

『1Q84』は、ルイ・アームストロング『プレイズ・W.C.ハンディ』。

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小澤征爾指揮、シカゴ交響楽団の『ヤナーチェク:シンフォニエッタ、ルトスワフスキ:オーケストラのための協奏曲』も、もちろん紹介されています。

『中国行きのスロウ・ボート』など、音楽から着想を得た短篇小説も多い 『中国行きのスロウ・ボート』など、音楽から着想を得た短篇小説も多い

最後に、短篇小説からは、ドアーズ『ハートに火をつけて』、ソニー・ロリンズ『ソニー・ロリンズ・ウィズ・ザ・モダン・ジャズ・クァルテット』(「スロウ・ボート・トゥ・チャイナ」)、スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト『ゲッツ/ジルベルト』(「イパネマの娘」収録)などが登場。

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なにしろ、100枚全部は書き切れませんが、いずれ劣らぬ名盤ばかりなので、ここに紹介されているCDを全部聴くだけで、幅広い音楽の世界に詳しくなることができそうですね。

村上春樹の小説から入っていく音楽の世界。

そんな楽しみ方のひとつのガイドブックとして、CDジャーナルの特集は、とても参考になる内容ですよ。

まとめ

ということで、以上、今回は、雑誌『CDジャーナル』の特集「村上春樹をめぐる100枚」をご紹介しました。

村上春樹ファンはもちろん、そうでなくとも、村上作品から導かれていく音楽の世界というのは、なかなか楽しめそうですね。

村上春樹の小説は、音楽の案内役としても、実は優秀な役割を担っていると思います。

たまには、作品中に登場する音楽だけに集中して、小説を読んでみてはいかがですか?

ABOUT ME
kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。