穂村弘「人魚猛獣説」スタバと短歌と恋とクリスマスとダークチェリーモカ

今でこそ、イオンなんかに入って庶民的なお店になった感じのあるスタバですが、2000年代初頭というのは、スターバックスコーヒーといえば<オシャレな人たちだけが入店を許される特別な空間>というイメージがありました。

当時の小市民の困惑を一冊の本にまとめたのが、穂村弘の『人魚猛獣説—スターバックスと私』です。

今回は、日本進出当初のスタバが、どんなに特別な空間であったのか、振り返ってみたいと思います。

文化系女子に大人気だった穂村弘さん

『人魚猛獣説』の著者・穂村弘さんは、日本の歌人です。

当時の穂村さんは、<まるで何もできないダメな男>というキャラクターでエッセイを書いていて、そのポンコツぶりから、多くの女性に支持されている歌人でした。

文化系女子と呼ばれるサブカル系女子からの人気は、特に高かったような気がします(本当は、そんなにダメな男ではなかった)。

ちなみに、1986年(昭和61年)、俵万智が『サラダ記念日』で角川短歌賞を受賞したとき、惜しくも次点だったのが、この穂村さんです。

スターバックス三十一文字解析

『人魚猛獣説』は、2008年のクリスマスに、スターバックスコーヒーのWEBサイトで連載された「スターバックス三十一文字解析」という穂村さんのエッセイを書籍化したものです。

穂村弘『人魚猛獣説』初版(2009)穂村弘『人魚猛獣説』初版(2009)

スタバの日本進出は1996年(平成8年)で、この新しい形態のお洒落なカフェは、1990年代後半から2000年代にかけて盛り上がった、日本のカフェブームを牽引することになります。

もっとも、当時のスタバは、<感度の高いオシャレな人たちが集まる空間>みたいなイメージが強くて、一般庶民には、はっきり言ってハードルの高い店でした。

非日常感が強いから店に入るまでが大変だし、オーダーの方法も謎めいていて、ましてやカスタマイズなんてロープレの呪文のように思えたほどです。

タゾ・チャイ・ティー・ラテのショートサイズ

スタバ初心者の、そんな戸惑いを書いたのが、穂村弘さんの「クリスマス・ラテ」というエッセイでした(2003/『本当はちがうんだ日記』所収)。

スターバックス・コーヒーで、タゾ・チャイ・ティー・ラテのショートサイズ(シロップ控えめ)を飲みながら、ぼんやり将来のことを考える。将来、何になろう。どこに住もう。誰と暮らそう。何をしよう。そこで、ふっと思い出す。あ、もう、今が将来なんじゃん。俺、四十一歳だし。何になろうってのは、総務課長になってるんだし。どこに住もうってのは、十八歳のときとおんなじ町のおんなじ家のおんなじ部屋に住んでるんだし。誰と暮らそうってのは、七十過ぎた両親と三人で暮らしてるんだし。何をしようってのは、スターバックスでタゾ・チャイ・ティー・ラテのショートサイズ飲んでるんだし。シロップ控えめだし。そうか、そうか。考えなくてもいいんだ、もう。将来のことなんか。(穂村弘「クリスマス・ラテ」)

その頃、穂村さんは会社員をしながら短歌を作っていたのですが、こうしたエッセイの面白さに着目したスタバ側が、穂村さんにエッセイ連載を依頼。

読者から投稿された短歌を軸に、穂村さんがエッセイを書いていくというクリスマス企画が始まったのでした。

スタバの公式サイトで穂村弘のエッセイが連載されていた頃のものスタバの公式サイトで穂村弘のエッセイが連載されていた頃のもの

ところで、上記のエッセイで気になるのは「スターバックスでタゾ・チャイ・ティー・ラテのショートサイズ飲んでるんだし」という表現のところ。

当時は「スタバ」という呼称が、まだ定着していなかったのかもしれませんね。

ショートとトールとグランデ

スタバのオーダーの難しさのひとつが、ドリンクのサイズでした。

「ショート」とか「トール」とか「グランデ」とか、それまでの日本にはなかった新しいサイズで商品を注文することが、スタバでは求められたからです。

おばちゃんが英語はだめと言いながらサイズは大で大でと叫ぶ(麻倉遥)

これ、すっごく情景が目に浮かびますよね。

仮に英語が話せたって「ショート」とか「トール」とか、初めての人に通じるんでしょうか。

カップのね大きさ四つあるけれどGはグランデ、ジャイアントじゃない(赤めがね)

グランデの「G」は「ジャイアント」だと思った人もいたそうです。

スタバに「いらっしゃいませ」はない

スタバでは「いらっしゃいませ」を使わず、「こんにちは」という言葉でお客さんを迎えるそうです。

さすが、フレンドリーなカフェ!

だけど、このフレンドリーな雰囲気が、コミュ障の中年男子には、大きな心理的負担になっているんだそうです。

2008年のホリデーシーズン限定ドリンクはダークチェリーモカだった2008年のホリデーシーズン限定ドリンクはダークチェリーモカだった

コーヒー買いに行って、いきなり若くてかわいい女の子から「こんにちは!」って声をかけられたら、何て返事をすればいいんだろう、、、

こんなことで悩むというのも、スタバ黎明期という感じがしますね。

NHKに「スタバ」はない

穂村さんがNHKの短歌番組に選者として出演したとき、「スタバ」という言葉の入っている作品を採用しようとしたところ、NHK側からストップがかかったそうです。

「スタバ」は企業名であり、NHKでは企業名を放送してはいけないから。

オリジナルのタンブラー台紙が付いていたオリジナルのタンブラー台紙が付いていた

コーヒーを片手に手帳開く人きっと仕事ができるのだろう(シナモン)

いかにもスタバで見かけそうな雰囲気ですよね。

スタバの窓際の席で本を読んでいる女性

スターバックスの窓際の席に座ってひとりで本を読んでいる女性は、とても素敵にみえます。

本の上を移動する視線、揺れる髪、ふっと浮んだ微笑み。

思わず「そのカフェモカ、僕に奢らせてください!」と言いそうになるけれど、スタバは先払い。

どうか、彼女が男性と待ち合わせしているのではありませんようにと、心の中で念じます。

「お待たせ」と云って彼女に相応しくない変な相手が現れたらショック。

「お待たせ」と云って彼女にお似合いの素敵な相手が現れてもショック。

、、、って、穂村さんの妄想はおもしろすぎる(笑)

双葉って聞きまちがえて笑われた独身だったころのあなたに(本多響乃)

「あなた」の結婚した相手が、果たして、この歌を読んだ女性だったのか、それとも違う女性だったのか。

すごく深読みさせてくれます。

スターバックス・コーヒーには恋の歌が似合うスターバックス・コーヒーには恋の歌が似合う

ガツガツとスコーン頬張りポロポロとそんなあなたが大好きだった(37)

スタバには、やっぱり恋の歌が似合いますね。

「煤」「スイス」「スターバックス」「すりガラス」「すぐむきになるきみがすきです」(やすたけまり)

尻取りなのに爽やか。

言葉の選び方が素晴らしくて、さりげなくスタバが織り込まれています。

スタバでバナナ

穂村さんは、初めてスタバのレジカウンターの前にバナナを発見したとき、ドキッとしたそうです。

スタバのレジカウンターの前にバナナ?

ただのバナナ?

フラペチーノじゃなくて?

これ、全然記憶にないんですけど、、、

パートナーに憧れた日々

スターバックス・コーヒーで店員さんは「パートナー」。

多くの若者が、「いつかはスタバのパートナーになりたい」と憧れていたものです。

そう、スタバのパートナーは、憧れの職業でもあったのです。

いつの日も変わらぬ笑顔に憧れた 今は私が誰かの未来(nico)

スタバでクリスマス

クリぼっち—ひとりぼっちのクリスマス。

クリスマスだからって、何もかもが特別なわけじゃない。

三国志読んで終わったクリスマス さんまの塩焼き食べてから寝る(そうそう)

スターバックスのクリスマス短歌を募集したのに、こんな短歌が送られてきて、そんな短歌を紹介している。

そんなところも、穂村さんの魅力でした。

イラストもかわいいイラストもかわいい

同じのを あたしのあとにそう頼む君はいないけどがんばるからね(しゅ)

まるで柴門ふみの漫画に出てきそうなシチュエーション。

まるでユーミンの歌に出てきそうなシチュエーション。

彼はもういないけど、彼女は前を向いている。

そう、クリスマスのスタバで、季節のドリンクなんかをオーダーしながら。

赤い天使のスターバックスカード

僕、赤い天使のスターバックスカード、持ってるんですよ。

赤い天使のスターバックスカード?

2003年のバレンタインシーズンに販売された、エンジェルローズのスターバックスカード。

当時は、スタバのグッズも、まだお買いもとめやすかったんですよね。

なにしろ、敷居の高い、特別なお店でしたからね、スターバックス・コーヒーって。

穂村さんのエッセイのおかげで、久しぶりに、あの頃のスタバを思い出しました。

楽しかったなあ、ちょっと特別な空間だった頃のスターバックス・コーヒー。

まとめ

ということで、以上、今回は、穂村弘さんのエッセイ集『人魚猛獣説—スターバックスと私』をご紹介しました。

何か特別のことが始まりそうな非日常的な空間。

それが、あの頃のスタバだったような気がします。

今では、スタバもすっかり庶民派になりましたね!

created by Rinker
¥1,430
(2022/11/26 19:07:08時点 Amazon調べ-詳細)

ABOUT ME
kels
バブル世代のビジネスマン。読書と音楽鑑賞が趣味のインドア派です。お酒が飲めないコーヒー党。洋服はアーペーセーとマーガレット・ハウエルを愛用しています。