村上春樹のベストセラー小説『ノルウェイの森』に登場する音楽といえば、もちろんビートルズが有名ですが、この小説には、ビートルズ以外の音楽もたくさん登場しています。
その中でも、ぜひ、おすすめしたいのが、1960年代後半に流行したアメリカのモダン・フォーク・ソングです。
今回は、村上さんの『ノルウェイの森』を読みながら、アメリカのモダン・フォークについて、ご紹介したいと思います。
村上春樹『ノルウェイの森』
『ノルウェイの森』は、1987年(昭和62年)に発表された、村上春樹の長編小説です。
村上さんにとっては5作目の長編作品で、過去に発表された、どの作品とも違う、村上文学初めての恋愛小説でした。
当時の「100パーセントの恋愛小説」というキャッチコピーは、村上さん本人が考案したもの。
1970年前後に大学生活を送った若者たちの恋愛を描いていて、当時の文化・風俗が非常に細かく登場しています。
「ノルウェイの森」は、もちろん、ビートルズの曲に由来しています。
それから彼女は「ノー・ホエア・マン」を弾き、「ジュリア」を弾いた。ときどきギターを弾きながら目を閉じて首を振った。そしてまたワインを飲み、煙草を吸った。「『ノルウェイの森』を弾いて」と直子が言った。(村上春樹『ノルウェイの森』)
主人公の彼女にとって、ビートルズの『ノルウェイの森』は、他の曲とは異なる、特別の曲だったんですね。
ちなみに、「ノルウェイの森」は、ビートルズのアルバム『ラバー・ソウル』に収録されています。
『ノルウェイの森』とモダン・フォーク
『ノルウェイの森』の中には、ビートルズ以外にも、たくさんの音楽が登場しています。
その中で、今回おすすめしたいのが、アメリカのフォーク・ソングです。
『ノルウェイの森』を読んだことがある人だったら、どんな場面で、この音楽が登場していたか、すぐにお分かりかもしれませんね。
それは、秋の始まりの日曜日、主人公の<僕>が、同じ大学に通う女子<緑>の自宅を訪ねたときのことです。
緑の手料理をご馳走になったあと、近所で火事が発生します。
<僕>は、逃げた方がいいと声をかけますが、緑は「死んだってかまわないもの」と言って、逃げようとはしません。
それどころか「一緒に死んでくれるの?」と、目を輝かせて<僕>に問いかけます。
緑は下から座布団を二枚と缶ビールを四本とギターを物干し場に運んできた。そして僕らはもうもうと上る黒煙を眺めつつビールを飲んだ。そして緑はギターを弾いて唄を唄った。(村上春樹『ノルウェイの森』)
このときに、緑の弾いた曲が、アメリカのフォークソングでした。
実は、緑の家を訪れるにあたって、<僕>は商店街の花屋で、水仙の花を手土産に買っています。
「私、水仙って大好きよ」と緑は言った。「昔ね高校の文化祭で『七つの水仙』唄ったことあるのよ。知ってる、『七つの水仙』?」「知ってるよ、もちろん」「昔フォーク・グループやってたの。ギター弾いて」そして彼女は「七つの水仙」を唄いながら料理を皿にもりつけていった。(村上春樹『ノルウェイの森』)
高校生の頃に、フォーク・グループで活動していた緑は、アメリカのモダン・フォークが好きだったんでしょうね。
火事の黒煙を眺めてビールを飲みながら、次々とフォークソングを歌います。
彼女は昔はやったフォーク・ソングを唄った。唄もギターもお世辞にも上手いとは言えなかったが、本人はとても楽しそうだった。彼女は「レモン・ツリー」だの「パフ」だの「五〇〇マイル」だの「花はどこへ行った」だの「漕げよマイケル」だのをかたっぱしから唄っていった。(村上春樹『ノルウェイの森』)
この日曜日の午後の、ささやかなフォーク演奏会は、『ノルウェイの森』という小説の中で、特に牧歌的で平和なことから、印象に残る場面でした。
1980年代の若者は、『ノルウェイの森』を読んで、こうした古いフォークソングを知った人たちも少なくなかったのではないでしょうか(僕自身がそうでした)。
モダン・フォークの時代
ところで、小説の中で緑が歌っている<フォーク・ソング>とは、一体なんでしょうか。
1950年代末期のアメリカで、ブラザーズ・フォアやキングストン・トリオ、ピーター・ポール&マリー、ジョーン・バエズといったフォーク・グループが登場します。
民謡復興運動で注目された伝統的なフォーク・ソングを、現代的な解釈で再構築した彼らの音楽は、「モダン・フォーク」と呼ばれるようになりました。
大学のキャンパスで生まれたモダン・フォークは、公民権運動やベトナム反戦など、当時の社会情勢と連動する形で、大きな潮流を作り上げていきます。
ただ懐かしいだけではない、現代的なポップス感覚と、時代の先端を歌う社会的メッセージ。
1960年代のアメリカで、モダン・フォークは、感度の高い若者たちに支えられた、流行の商業音楽としても大成功を収めたのです。
『懐かしの60’sフォーク』と全曲解説
そんな1960年代に流行したフォーク・ソングの名曲を集めたコンピレーション・アルバムが『懐かしの60’sフォーク』(1989年発売)です。
時代を越えて、永遠に歌いつがれる若者たちの叫び! 60sモダンフォークをギッシリ満載したスペシャル・オムニバス企画!
当時、SONYは<One’s One Collection>というシリーズのコンピレーションアルバムを、いろいろなジャンルの音楽で発売していました。
『懐かしの60’sフォーク』は、そのフォーク・ソング盤だったわけです。
その頃、僕は、村上春樹の『ノルウェイの森』を読みながら、このCDで1960年代のモダン・フォークを聴いていました。
こんなコンピレーション・アルバムが発売された陰には、もしかすると『ノルウェイの森』の影響も、少しはあったのかもしれませんね。

定番曲ばかり入っているので、モダン・フォーク初心者にも楽しめる内容になっています。
以下、CDの解説を参考に、収録曲をご紹介しましょう。
花はどこへ行ったの / ブラザーズ・フォア
ウイーヴァーズとしての民謡復興運動をはじめ、60年代フォーク・ブームにおける反戦運動や歌声運動で著名なピート・シーガーが、1955年、ミハイル・ショーロホフの小説『静かなるドン』(1934)に出てくるウクライナ地方のコサック民謡(「Koloda-Duda」)にヒントを得て作ったと言われる反戦歌です。
2022年、ロシアによるウクライナ侵攻の中、「世界で最も有名な反戦歌」として、再び注目を集めました。
ピート・シーガーのほか、ピーター・ポール&マリーやジョーン・バエズなど、多くのフォーク・グループが録音していますが、商業的にヒットしたのはキングストン・トリオ(1962)とジョニー・リヴァース(1965)でしょう。
当時のベトナム戦争に反対する運動とリンクする形で、この曲は「反戦歌」としての地位を確立し、日本ではピーター・ポール&マリー(1962)の曲としても人気がありました。
本CDでは、ブラザーズ・フォアの録音が収録されていますが、ブラザーズ・フォアにとっては「グリーン・フィールズ」と並ぶ代表曲となっています。
ちなみに「ブラザーズ・フォア」は兄弟ではなく、ワシントン大学のフラタニティの仲間たちによって結成されたフォーク・グループです。
平和と愛のフォーク歌手ピート・シーガーらしい、心温まる優しい反戦歌です。
七つの水仙 / ブラザーズ・フォア
ピート・シーガーと一緒にウイーヴァーズで活躍したリー・ヘイズが、1957年に作詞作曲した曲で、ウイーヴァーズの女性ボーカル、ロニー・ギルバートによって発表されました。
ポップス・シーンでは、ブラザーズ・フォアのヒットによって、広く知られています。
ちなみに、ウイーヴァーズは、1950年にデビューした、モダン・フォークの祖とも呼ばれるフォーク・グループです。デビュー曲は、レッドベリーの曲をカバーした「おやすみ、アイリーン」。
たとえ貧しくても、心が清らかであれば、いつの日か真の愛を得ることができるだろうという、純愛ソング。
フォーク・ソングに愛と青春の日々を託した日本のフォーク・ファンには、圧倒的な人気があった曲だそうです。

グリーン・グリーン / ニュー・クリスティ・ミンストレルス
9人編成のダイナミックなフォーク・コーラスで知られるニュー・クリスティ・ミンストレルス最大のヒット曲です(1963年夏)。
作曲者であり、メイン・ボーカルのバリー・マクガイアは、後に「明日なき世界」(1965)のヒットを飛ばすことになるフォーク・シンガー。
「明日なき世界」は、RCサクセションが『COVERS』(1988)で日本語カバーしたことで有名ですが、日本語詞の元ネタは、高石友也&ジャックス(1969)でした。
「グリーン・グリーン」は、草が緑と萌える希望の土地を求めて旅をするさすらいの人々を歌った作品です。
管理人世代は、合唱曲として、小学校の音楽の授業で習ったのが最初だと思います(♪ある日、パパと二人で話し合ったさ、この世に生きる喜び、そして悲しみのことを~)。
(2022/08/11 18:14:55時点 Amazon調べ-詳細)
パフ / ブラザーズ・フォア
ピーター・ポール&マリーのピーター・ヤーローと、コーネル大学の学生だったレオナール・リプトンによる作品。
ハナリーなるお伽の国に住むドラゴンと、少年ジャッキー・ペーパーとの交友を通して、愛とジェネレーション・ギャップを優しく歌っています。
PPMのヒット曲ですが、本CDではブラザーズ・フォアのバージョンを収録。
天使のハンマー / ピート・シーガー
1957年、ウイヴァーズ時代のピート・シーガーが、リー・ヘイズと合作した作品。
愛と自由と平和のメッセージソングで、日本でも「ハンマー・ソング」「ハンマーもったら」などのタイトルで歌われました。
商業的には、トリニ・ロペス(1963年)が全世界で1,000万枚を売り上げる大ヒットを記録しています。
ピーター・ポール&マリー(1962年)の録音も人気があります。
本CDでは、本家ピート・シーガーのライブ・バージョンが収録されていますが、観衆に強く連帯を呼びかけるような、高揚感溢れる歌い方は圧巻。

コットン・フィールズ / ニュー・クリスティ・ミンストレルス
南部黒人奴隷の間で歌われていた童謡を、レッド・ベリーがアレンジをして「コットン・ソング」のタイトルで発表した作品。
揺りかごで遊んでくれた母親と故郷の家を懐かしく思い出す郷愁と南部への憧憬。
この綿摘み歌は、レッド・ベリーの代表曲として有名な曲ですが、本CDでは、健康的で明るい南部讃歌として歌われているニュー・クリスティ・ミンストレルスの録音で収録されています。
朝日のあたる家 / ポゾ・セコ・シンガーズ
民謡研究家として名高いアラン・ロマックスが、ケンタッキーの炭坑夫の娘から採譜してきたという、売春婦の哀歌です。
<旭屋>と呼ばれる売春宿で働く女性の独白が、切々と歌われています。
日本では、ジョーン・バエズやオデッタの歌として人気を得ました(森山良子も人気があった)が、最も有名なのは、フォークソングではなく、イギリスのロックバンド、アニマルズによるブルース・ロックのバージョンでしょう。
本CDに収録されているポゾ・セコ・シンガーズは、テキサスのフォーク・トリオで、「タイム」(1965年)というヒット曲があります。
グリーン・フィールズ / ブラザーズ・フォア
ウイヴァーズと並ぶモダン・フォーク・グループの老舗イージー・ライダーズに憧れて結成されたブラザーズ・フォアが、1960年にデビューしたときのヒット曲です(全米2位)。
作品を提供したのは、ブラザーズ・フォアが憧れていたイージー・ライダーズ。
この曲のヒットによってブラザーズ・フォアは、「花はどこへ行ったの」のキングストン・トリオと並んで、モダン・フォーク・ブームを牽引する存在となっていきました。

漕げよマイケル / ブラザーズ・フォア
「トム・ドゥーリー」「花はどこへ行ったの」「グリーン・フィールズ」と並ぶ、初期フォーク・ブームのヒットナンバー。
原曲は、ジョージア州沿岸の奴隷によって歌われていた黒人霊歌で、ウイヴァーズによって紹介されました。
1961年、ハイウェイメンによって録音された盤が有名。
風に吹かれて / ニュー・クリスティ・ミンストレルス
ボブ・ディラン、1962年の名曲。
チャド・ミッチェル・トリオが採りあげたのが最初ですが、商業的にヒットを記録したのは、ピーター・ポール&マリーでした(1963年)。
500マイル / ブラザーズ・フォア
アメリカ民謡に多い、鉄道の歌の代表的な作品。
<トレイン・ソング>と呼ばれる、この種の曲は、囚人たちにとって「希望」と「自由」の象徴であり、一般庶民にとっては「放浪」と「別れ」の曲として人気がありました。
「500マイル」は、女性フォーク歌手のヘディ・ウェストが採譜した鉄道哀歌で、当初のタイトルは「レイルローダーズ・ラメント」でした(「500マイル」は副題だった)。
ミスター・タンブリンマン / ザ・バーズ
ボブ・ディラン、1964年のヒット曲。
ドラッグによる幻覚と高揚感を歌った、ビートニク的性格の強い作品です。
1965年の夏、ザ・バーズ初めての全米ナンバーワン・ヒットとなりました。
花のサンフランシスコ / スコット・マッケンジー
1967年、サイケデリック・サウンドやフラワー・ムーブメントの象徴として大ヒットした作品です。
スコット・マッケンジーは、モダン・フォーク・コーラス・グループのジャーニーメン出身。
この曲を共作したジョン・フィリップス(ジャーニーメン時代の仲間)は、当時、ママス&パパスのメンバーだった。
女性コーラスは、ママス&パパスのメンバーで、フィリップスの妻だったミッシェル・フィリップス。
太陽の当たる場所 / ニュー・クリスティ・ミンストレルス
スティービー・ワンダーによるリズム&ブルースの名作をモダン・フォーク・ソングとしてアレンジした作品。
フォーク・ソングからポップ・ミュージックへと、ニュー・クリスティ・ミンストレルスが変化していく過程の中で発表された。
勝利を我等に / ピート・シーガー
南部黒人公民権運動のテーマとして有名なプロテスト・ソング。
原曲は、黒人霊歌の「アイル・オーバー・カム・サムデイ」で、公民権運動の活動家が、詞を書いて歌ったものと言われています。
日本でも、新宿西口広場のフォーク集会などで、連帯を訴えて歌われました。
かなり古い漫画ですが、秋元治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の初期作品の中で、一日署長にやってきたチャーリー小林が、両さんの前で歌ったのもこの曲(「We shall over come」)です。

わが祖国 / ブラザーズ・フォア
ウディ・ガスリー、1950年代初めの作品。
<第2のアメリカ国家>とまで呼ばれる、ガスリーの代表曲です。
原曲は、1930年代にカーター・ファミリーが歌った曲で、ガスリーはこの曲をアメリカ讃歌に書き換えたと言われています。
モダン・フォークとしては、ニュー・クリスティ・ミンストレルスの録音が定番ですが、本CDでは、ブラザーズ・フォアによる演奏が収録されています。
かなり、ブラザーズ・フォア推しだったんですね、このCD。
1960年代のモダンフォークの魅力
1960年代の流行したフォークソングの魅力は、みんなで歌って楽しむことができる、ということでした。
楽器はフォークギターひとつあれば十分、歌詞もメロディも簡単だから、誰でも参加可能。
そして、同じ歌をみんなで一緒に歌うことによって、他者との連帯を感じることができる。
1960年代のフォークソングの大きなテーマが、つまり「民衆の連帯」でした。
簡単な歌詞の中には、歴史が紡ぎあげてきた物語があり、社会的なメッセージがあります。
歌を歌うことで、社会的な活動に参加することができたことも、60年代フォークの持つ、大きな意義のひとつでした。
中川五郎の『主婦のブルース』という日本版フォークソングの中に、「♪沈黙は共犯だと責めたてる~」というフレーズがありますが、フォークソングは歌うことによって、若者たちが声をあげることができるツールだったのです。
そうした意味で、当時のフォークソングは、大学生を中心的な支持者とするインテリジェンスな音楽でした。
ファッションでいえば、オシャレで上品なアイビールック。
知的な若者たちが、黒人奴隷の解放を歌い、戦争反対を歌うことに、モダン・フォークの魅力があったのかもしれませんね。
時代は大きく変わりましたが、今、1960年代のフォーク・ソングは、手軽にギターを弾いて、一人で楽しめる音楽です。
美しいメロディを奏でながら、『ノルウェイの森』の時代のことを思い出していると、何だか幸せな気持ちになってしまうんですよね。
まとめ
ということで、以上、今回は、村上春樹『ノルウェイの森』と、コンピCD『懐かしの60’sフォーク』について、ご紹介しました。
モダン・フォークはコード進行が簡単なものが多いので、アコギ初心者でも比較的簡単に挑戦できると思います(ストロークでジャンジャカ弾きましょう)。