1983年、鈴木英人と片岡義男が一緒に本を作りました。
本のタイトルは『南カリフォルニア物語』。
片岡義男が小説を書いて、鈴木英人がイラストを描く。
今回は、このいかにも1980年代的な大人の絵本を紹介いたします。
『南カリフォルニア物語』の概要
はじめに『南カリフォルニア物語』について、その概要を解説します。
鈴木英人の画集に片岡義男の短いコラム
『南カリフォルニア物語』は、片岡義男の小説と鈴木英人のイラストがコラボレーションした一冊の本の名前です。
実は二人には『On The Sunny Street』(1982年)という作品が先にあって、『南カリフォルニア物語』は、その第二弾ということになります。
帯文には「片岡義男がみずからの思い出をつづった6編のSHORT STORIES、鈴木英人の新作イラストレーション70枚、対談、エッセイをのせ、オールカラーでおくります」「鈴木英人+片岡義男」「さまざまなアメリカとの関わり方、カリフォルニアへの想いがある」「早朝の海岸線、気さくなハンバーガースタンド—アメリカはいつでもさりげない笑顔を見せてくれる」とあります。
片岡さんの6編の小説は、どれもが数ページ程度の短い物語なので、全体のメインは、やはり英人さんのイラストです。
鈴木英人さんの画集に、片岡義男さんの短いコラムが寄せられている。
全体的な印象は、そんな感じではないでしょうか。
鈴木英人+片岡義男+南カリフォルニア
テーマは、もちろん「南カリフォルニア」。
英人さんは片岡さんとの対談で「僕は南カリフォルニアを撮るだけで、十二~三回行ってます」と語っていますが、カラッと乾いた英人さんのイラストと、南カリフォルニアの風景は、最高のマッチングです。
片岡さんの小説もカラッと乾いているので、「鈴木英人+片岡義男+南カリフォルニア」という3ピースが揃えば、もはや怖いものなし。
『南カリフォルニア物語』のあらすじ
ここからは、英人さんのイラストと片岡さんの小説をお楽しみください。
カリフォルニアの海岸線のいたるところで、サーファーたちが狂喜した
カリフォルニアの海岸線のいたるところで、サーファーたちが狂喜した。
いくつも発生して数珠つなぎになった巨大な破壊力を持った嵐のどれもが、南へ降りてきているジェット・ストリームにむけて進路をとっていることを、気象の専門家たちは観測していた。
一九六九年以来の大波を自分の技量の可能なかぎりライドして陸へもどってきたそのサーファーは、嵐の海への立入りを禁じている警官から、違反キップをきられた。
そのキップは、いま、そのサーファーの自宅の居間の壁に、額におさめてかけてある。信じがたい大波の日々の、記念品だ。
いまぼくたちがいるこのピアだよ、と彼は言った
彼は、ポンコツ寸前の自動車に自分のわずかな荷物を積みこみ、十七歳のある日、カリフォルニアにむかった。
大西洋にむけてすこしずつ距離をつめていったその自動車による旅の日々を、彼は南カリフォルニアの海沿いの小さな町のピアで語ってくれた。
メイン・ストリートを走ってきた彼に、まず最初に見えたのは、太平洋のうえのまっ青に晴れた空だった。
メインストリートの終点にその青い空が見え、視界の左右にはメイン・ストリートの両側の町なみがあり、視界の底辺には、ピアの突端の軽食堂の建物が見えていた。
いまぼくたちがいるこのピアだよと、三十七歳の彼は二十年前の出来事をまるで昨日のことのように、ぼくに語ってくれた。
サンディエーゴのレコード店で買った、ハンプバック鯨の鳴き声を収録したLPを、ぼくはいまでも持っている
このトレッスルズは、カリフォルニアの海岸線にいくつもある、よく知られたサーフ・スポットのうちのひとつだ。
トレッスルズなんて大嫌いだとか、波にパワーがなくてどうしようもないよ、とトレッスルズをあまり評価しないサーファーも多いが、ぼくは嫌いではない。
稜線に駆けあがって切りかえすまでの一秒か二秒、波のむこうの空間が広く見渡せる。そして、自分のボートのボトムから蹴り出されてくる飛沫が白く輝く一瞬をへてボトムへ直滑降していくとき、サンディエーゴのポイント・ロマの沖でチャーター・ボートから見た鯨のことを、ふと、思ったりする。
サンディエーゴのレコード店で買った、ハンプバック鯨の鳴き声を収録したLPを、ぼくはいまでも持っている。
巨大な海の内部を感じさせる、神秘的な鳴き声だ。
南カリフォルニアでは、駐車場にサーフ・スポットがあるんだよ
ハンティントン・ビーチのパーキング・メーターのある駐車場で知り合った男は、ディヴィッドといった。
ディヴィッドは、南カリフォルニアの海沿いの町の、サーフ・スポットに近いいくつもの駐車場に興味を持っていて、その駐車場について文章を書こうとしているのだ、と言っていた。
「車にサーフボードを乗せて海へやって来て、駐車場に車をとめ、ボードを持って海という聖地へ入っていく。聖地へ入る直前の最後の陸地は駐車場なのだよ」
写真と文章によって、南カリフォルニアのサーフ・スポットの町の駐車場についての芸術的な本をまとめるのだ、とディヴィッドはぼくに語ってくれた。
「南カリフォルニアでは、駐車場にサーフ・スポットがあるんだよ」という彼のひと言を、今でもぼくは覚えている。
サンタ・クルーズという地名を見たり聞いたりするたびに、海の水の冷たさを思い出す
サンタ・クルーズという地名を見たり聞いたりするたびに、海の水の冷たさを思い出す。
秋から冬にかけて、そして冬のあいだずっと、波に乗るために沖に出ているとき、オニールのウエット・スーツをとおして全身に感じる海の冷たさを、思い出す。
ハワイのソース・ショアにいる友人から、このサンタ・クルーズにわざわざ長距離電話がかかったときのことを、ふと思い出す。
ヒョウまじりの雨が激しく降っている、秋深いころの早朝だった。
夏のハーモサ・ビーチは、若く美しい女性と、彼女たちが身につけるスイム・スーツの見本市だよ
「夏のハーモサ・ビーチは、若く美しい女性と、彼女たちが身につけるスイム・スーツの見本市だよ」と、ハーモサ・ビーチのまたべつの若いサーファーが、言っていた。
「女性のスイム・スーツは、人間の体という限定された立体のカンヴァスのうえに、いかにヴァラエティゆたかに美しさをつくり出すかの、アイディアの勝負だからね。そして、ありとあらゆるアイディアと美しさの水着を見ることができるのが、このハーモサなんだ」
鈴木英人のエッセイ
『南カリフォルニア物語』には、イラストレーター・鈴木英人のエッセイも収録されています。
写真家に限りなく近いイラストレーター / 鈴木英人
イラストレーターであるぼくの一歩前には、写真家であるぼくがいるように思う。
ぼくの写真はアメリカの、ごく普通の、よく働くアメリカ人の住んでいる、街が中心になる。
それも、どちらかというと、田舎の街だ。
人々の生活を、ほど良く支えているいろいろな店や、学校、病院等が点在していて、’50~’60年代に買い求められた乗用車やトラックが、今でも大切に使われている。
それらのごく普通の人々の行き交う様子を、撮るのだ。
ぼくは、そんなアメリカによくある景色を、そのまま描いている。
ぼくが描きたい普通のアメリカとは、良く働く、善良なアメリカ人の生活模様であり、たとえ人々が描かれていなくても、ほのかに香り見えてくるような風景なのだ。
こんなことを書くと、なんでもない事に随分と感激しているイラストレーターだなと思われるかもしれないが、ぼくの描いているイラストレーションは、この本もふくめて、ほとんどが、このなんでもないものや事柄に対する、思いなのだと思う。
今回の南カリフォルニア物語にも、まだこの倍くらい描きたい風景があったなあ。
鈴木英人と片岡義男の対談
『南カリフォルニア物語』には、鈴木英人さんと片岡義男さんの対談も収録されています。
ほんとうはカメラマンになりたくて、写真をイラストレーションに置き換えた(鈴木英人)
片岡
鈴木さんが、こういう描き方を始めたきっかけは、タッチをいっさい省略した省エネみたいなことですか?
鈴木
最初ぼくは、グラフィックデザイナーをやってまして、イラストを始めるとき、誰もやってないことを、まず探さなきゃと思ったんです。ほんとうはカメラマンになりたくて、写真をイラストレーションに置き換えたら、たまたま、うまくマッチしたわけです。
片岡
なぜ、アメリカなのですか? 絵になる風景が、アメリカにはたくさんあるという事ですか?
鈴木
そうですね。それとやはりアメリカが好きだし、最初は観光旅行で行って、いいなーと思って、その時に撮ってきた写真を絵にしようとしたのがキッカケですけどね。行く度に、行く度に良くなってくるんです。ごく普通の街並みなんかがいいんですね。
片岡
どこを見てもたいへんにアメリカ的で。どこを切り取っても、構図としてはそのままで既に成り立ってる訳だ。
鈴木
片岡さんとアメリカとの関わりっていうのは?
片岡
やはり最初は言葉でしょうね。子供の頃から慣れ親しんできた、ふたつのまったく異なった言葉ですね。
鈴木
初めて片岡さんの小説を読んだ時、今まで読んでいた小説と違って、スカッと肩すかしをくったような感じがして、そこがすごく良かったんです。後でよく考えたら、それはアメリカや英語との関わりがあるのかもしれないと思ったんです。これは、僕の絵とも通じてくる事だと思うんですけど。
まとめ
ということで、以上、今回は、鈴木英人さんと片岡義男さんとのコラボレーションな画集『南カリフォルニア物語』について、ご紹介しました。
2021年は、大滝詠一『A LONG VACATION』発売40周年ということで、ジャケットのイラストレーションを担当した永井博さんに注目が集まっていますが、その風の流れが、鈴木英人さんの方にも吹いてきているような気がします。
片岡義男さんともども、お二人とも未だ現役でご活躍中です。
再びのコラボレーションなんてあったりしたらなどと、夢のような企画を妄想の中で楽しんでいます。