1980年代

長渕剛「ろくなもんじゃねえ」絶望の淵から這い上がろうとする希望の歌

最近、80年代の長渕剛を聴いています。

当時の長渕は本当に屈折していていいですね(笑)

まあ、今の気分にぴったりです。

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「長渕の歌もずいぶん変わっちゃったなあ」と思った<ろくなもんじゃねえ>

長渕剛の「ろくなもんじゃねえ」が発売されたのは、1987年(昭和62年)5月のことである。

レコードジャケットには「TBS・TVドラマ 親子ジグザグ主題歌」とある。

B面は「勇次(1987.7.12 日本武道館ライヴ・バージョン)」だった。

当時、僕は大学2年生で、小説を読んだり書いたりするようなサークルに入っていた。

サークル仲間のネキ君は、カラオケへ行くと、必ず長渕の「ろくなもんじゃねえ」を歌った。

長渕の曲は、僕も嫌いではなかったけれど、どちらかというと僕は「夏の恋人」や「恋人時代」のような、爽やかな青春ソングの方が好きだった。

小児麻痺で片足の悪かったネキ君は、「勇次」とか「ろくなもんじゃねえ」などといった、挫折して屈折した若者の歌の方が好きだったのかもしれない。

ネキ君が「ろくなもんじゃねえ」を歌うたびに、僕は「長渕剛の歌もずいぶん変わっちゃったなあ」と思った。

割と女性的な透明感のある声で「順子」とか「涙のセレナーデ」とか「ヒロイン」を歌っていたときの印象が強かったからだろう。

当時、僕の周りでも、長渕の変化に対する賛否両論の反応があったようである。

相原コージの漫画の中でさえ、馬鹿にされていたからなあ。

長渕剛「ろくなもんじゃねえ」 長渕剛「ろくなもんじゃねえ」

「ろくなもんじゃねえ」は、思い切りひねくれて、心のねじ曲がってしまった若者の歌である。

愛はいつも大嘘つきに見えて、知らないうちに一人が好きになってた。

夢中で転がりやっとつかんだものに心を引き裂かれちまった。

悔しくて、悲しくて、こらえた夜。

大嫌いだぜ、大嫌いだぜ、ろくなもんじゃねえ。

暗い。

暗すぎる。

いったい、当時の長渕は、何に対して、そんなに苛立っていたのだろう。

♪ぴいぴいぴい~というスキャットは、もう完全に、辛くて悲しくて泣いているんだという、若者の気持ちを表している。

暗すぎる。

だけど、自分がとんでもない困難に直面して、今まさに挫折しようとしているとき、この曲を聴くと、これが素晴らしく良い曲になるのだ。

ビジネス上の些細なトラブルでイライラしているようなときでさえ、この曲は、僕の心に寄り添ってくれる。

泣いたっていいんだぜっていうように。

絶望の中から何かをつかみ取ろうという希望の歌

この歌は絶望の歌ではあるけれど、絶望の中から何かをつかみ取ろうという希望の歌でもある。

どん底から這い上がってやるぞという気迫に満ちた歌でもある。

負け犬が「負け犬のままで終わってたまるか」と思うたくましいエネルギーが、この歌を支えている。

そういうことが分かったのは、大学を卒業して、社会人となり、初めての就職をしたときのことだった。

それからは、随分と救われましたね、この曲に。

僕が自動車の中なんかでこの曲を聴いていると、嫁は「だいぶストレスが溜まっているなあ」と、分かるそうである。

まあ、そんな音楽が、僕にはいくつかあるわけなんだけど。

大人になって、すっかりと好きになった「ろくなもんじゃねえ」だけど、会社の飲み会で歌うのは避けた方がいいようである。

会社の飲み会で長渕を歌うんだったら、社会的に認知されている「とんぼ」くらいにしておいた方がいい。

ひねくれているという意味では似たようなものだけど、大ヒットした「どんぼ」は既に歌謡曲である。

会社の飲み会で中年が歌うのにぴったりの曲である。

ところで、先述したネキ君のことだけれど、大学を卒業したあと、<JT>という名称になったばかりの<日本たばこ産業>に就職した彼は、入社後間もなく、出張中の中国でひどい交通事故に遭い、そのまま現地で亡くなってしまった。

だから、彼の歌う「ろくなもんじゃねえ」は、僕の中では今も、20代前半の頃のままだ。

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kels
ちょっと懐かしい本や雑誌、CDの感想を書いています。好きな言葉は「広く浅く」。ブックオフが憩いの場所です。