夏の終わりの季節というのは、人々にいろいろな気持ちを与えてくれる。
今回はかつて浮浪者だったある詩人の物語である。
夏の終わりには「生活の柄」を思い出す
夏の終わりになると、高田渡の「生活の柄」という歌を思い出す。
高田渡はもう15年くらい前に死んでしまったフォーク歌手だけれど、現代詩人の作品にメロディを乗せて歌うということが得意な人だった。
この「生活の柄」という曲も、山之口貘という沖縄出身の詩人の作品をフォークソングにしたもので、1971年発表のアルバム「ごあいさつ」に収録されている。
考えてみると、今から50年近く昔の曲ということになるのだけれど、作品は全然古びていないし、時代とともに輝きを増している感じさえある。
佐藤春夫の「放浪三昧」に登場
山之口貘という人はその作品を読むと分かるとおり、いつも「生活の困窮」と向き合っているような人で、若い頃は「浮浪者」として放浪生活を続けていた。
佐藤春夫の小説に「放浪三昧」という短編があるけれど、この短編小説の主人公になった浮浪者が山之口貘その人である。
そして、この小説の中では「生活の柄」という山之口貘の詩が紹介されている。
それは浮浪者として生きる詩人の生活を描いた詩である。
歩き疲れては、
夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝たのである
草に埋れて寝たのである
「夜空と陸との隙間にもぐり込んで寝る」という表現は、おそらく実際にそれを体験した人間でなければ書けないフレーズではないだろうか。
それも突発的な野宿ではない。一日が暮れて、さあ、そろそろ寝ようかと言って、普通の人々が布団にもぐり込むのと同じような感覚で、作者は夜空と陸との隙間にもぐり込んでいく。
それは一切の非日常性も特殊性も感じさせない、作者としての日常風景である。
秋からは浮浪者のままではいられない
しかし、季節が巡ると、やがて夏は終わり秋がやってくる。
秋がやってきたとき、浮浪者は初めて自分が浮浪者であることに気付かされる。
このごろはねむれない
陸を敷いてはねむれない
夜空の下ではねむれない
揺り起されてはねむれない
この生活の柄が夏むきなのか!
寝たかとおもふと冷気にからかはれて
秋は、放浪人のままではねむれない。
布団の代わりに陸を敷いて寝ていた生活は秋の冷たい風が邪魔をする。
そのとき初めて詩人は自分の生活の柄が夏向きであったことを知るのだ。
そして、秋からは浮浪者のままではいられない自分の生活の未来を(それもごく近い未来)を案じるのである。
山之口貘「楽になった話」
作者の山之口貘は「楽になった話」という随筆の中で、この頃の生活のことを「朝から晩まで歩き回ってばかりいた屋根なしの生活」と述懐しているけれど、こうした生活から感じられる生々しい人間性が、おそらく高田渡という歌手の琴線にも触れたのかもしれない。
高田渡はメロディに乗せるため山之口貘の作品に手を加えながら、それを自分のフォークソングとした。
だから「生活の柄」が山之口貘という詩人の作品であるということは知っていても、その歌詞は原作とは随分違ったものになっているということを知っている人は案外少ないようである。
高田渡は「生活の柄」という作品をとても有名にしたけれども、同時に「生活の柄」という作品のフレーズが少し間違って人々の心に記憶されるという混乱も巻き起こした。
可能であれば、詩人の作品には手を加えるべきではなかったのだ。
言い知れぬ明日への不安
いろいろな問題はあるとしても「生活の柄」は間違いなく高田渡の代表作となった。
今でも多くのミュージシャンにカバーされ続けているし、高田渡の名前を知らなくても「生活の柄」という曲は知っていると人も多いに違いない。
不思議なのは、浮浪者の生活を詠ったこの作品が、どうしてここまで多くの人々の共感を得ることができたのかということである。
おそらく、人は自分の中のどこかに落ち着く当てのない自分自身を抱えているのではないだろうか。
そして、定職に就いていても屋根の下で暮らしていても、明日への不安を持たぬ人はいない。
言い知れぬ明日への不安という意味で、この詩は多くの人間が共通に抱えているもやもやした気持ちを、一人の浮浪者の暮らしという形で表現したものととらえることができる。
まして、バブル経済破綻後の日本人は、自分たちの生活が決して盤石ではないということをしっかり学習した。
いつか秋が来て冬がやってくるということを僕たちは知っているし、秋はもうすぐそこまで来ているような気もする。
浮浪者のままではいられないという、あの秋が。