宮沢賢治『銀河鉄道の夜』あらすじと考察|「本当の幸い」とは何か?
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』は、孤独を抱える少年が新しい自分を探す「自分探しの物語」である。
主人公ジョバンニが見つけた幸せは、「誰かのために生きる」という自己犠牲の幸福だった。
この記事では、本作『銀河鉄道の夜』のあらすじを整理するとともに、この物語が伝えているテーマについて、独自の視点から考察していきたい。
(初回投稿日:2025年9月22日)
3行でわかる『銀河鉄道の夜』
孤独な少年ジョバンニ
貧しい家庭を支えながら学校に通うジョバンニは、父親の不在や友人たちからのからかいによって、強い孤独を抱えている。
カムパネルラとの銀河旅行
星祭りの夜、ジョバンニは親友カムパネルラとともに銀河鉄道に乗り込み、さまざまな人々と出会いながら、「本当の幸い」とは何かを考えていく。
別れと現実への帰還
旅の途中でカムパネルラは姿を消し、目を覚ましたジョバンニは、彼が川で溺れた友人を助けようとして行方不明になったことを知る。
『銀河鉄道の夜』簡単なあらすじ
主人公のジョバンニは、病気の母親と二人で暮らす少年である。父親は遠くへ出かけたまま帰ってこず、ジョバンニは学校に通いながら活版所で働き、家計を支えている。
学校では父親のことをからかわれ、親友のカムパネルラとも以前のように親しく話せなくなっていた。星祭りの夜、友人たちの輪に入れなかったジョバンニは、一人で町外れの丘へ向かう。
やがてジョバンニは、不思議な銀河鉄道の列車に乗っていることに気づく。隣にはカムパネルラが座っていた。
二人を乗せた列車は、銀河の中を進んでいく。途中で鳥を捕る男や、船の事故で命を落とした青年と姉弟など、さまざまな乗客と出会う。彼らとの交流を通して、ジョバンニは「本当の幸いとは何か」「人のために生きるとはどういうことか」を考えるようになる。
ところが旅の終わり、カムパネルラは突然ジョバンニの前から姿を消してしまう。
気がつくと、ジョバンニはもとの丘に一人で倒れていた。町へ戻ると、カムパネルラが川に落ちた友人ザネリを助けようとして水に入り、そのまま行方不明になったことを知る。
銀河鉄道の旅は、ジョバンニがカムパネルラと過ごした最後の時間だったのである。
『銀河鉄道の夜』主要登場人物【一覧表】
| 登場人物 | 人物紹介 |
|---|---|
| ジョバンニ | 物語の主人公。病気の母親と暮らしながら、学校に通い、活版所でも働いている少年。父親が長く不在であることなどから友人たちにからかわれ、孤独を抱えている。 |
| カムパネルラ | ジョバンニの親友。ザネリたちと行動をともにしているが、ジョバンニのことを気にかけている。銀河鉄道ではジョバンニとともに旅をし、「本当の幸い」をめぐる問いに深く関わる。 |
| ザネリ | ジョバンニの同級生。父親のことを持ち出してジョバンニをからかう。星祭りの夜、川に落ちたところをカムパネルラに助けられる。 |
| ジョバンニの母 | 病気のため家で寝ている。ジョバンニは母親のために牛乳を取りに行くなど、家のことを支えている。 |
| ジョバンニの父 | 長く家を離れている人物。物語には直接登場しないが、その不在はジョバンニの孤独や、周囲との関係に大きな影を落としている。 |
| 鳥捕り | 銀河鉄道の旅の途中で出会う不思議な乗客。鳥を捕まえて食べ物にする仕事をしている。 |
| 青年 | 銀河鉄道に乗っている乗客の一人。幼い姉弟を連れている。海難事故によって命を落としたことが語られている。 |
| タダシ | 青年とともに銀河鉄道に乗っている少年。姉のかおる子とともに海難事故に遭った。 |
| かおる | タダシの姉。青年、タダシとともに銀河鉄道に乗っている。ジョバンニたちとの会話を通して、信仰や幸福、生と死に関わる問題が語られる。 |
『銀河鉄道の夜』は何が言いたい作品なのか
本作『銀河鉄道の夜』は、「本当の幸せとは何か?」という問題に向き合った物語である。
様々な形で現れる登場人物は、それぞれが「著者の投影」であり、同時に「読者自身の姿」でもあった。
つまり、鳥を殺して商売にしている鳥捕りも、イタチから逃げたサソリも、すべては「読者の心の中」に潜んでいるものの「化身」なのだ。
逆に言うと、ジョバンニが手に入れた「緑色の紙(ジョバンニの切符)」は、「誰もが持っている」ということでもある。
人は「本当の幸福とは何か」を探すために、生きていかなければならない。
そこに、この物語に込められた大きなテーマがある。
【考察1】「銀河鉄道」とは何か?
本作『銀河鉄道の夜』は、大きな喪失感を抱えた少年の「自己救済の物語」である。
①「らっこの上着」の意味
ジョバンニは、孤独を抱えた少年である。
北方へ漁に出かけているらしい「父の不在」が、少年が抱える喪失感の大きな要因となっていた。
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ」さっきのザネリがまた叫びました。「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ」すぐみんなが、続いて叫びました。(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)
ジョバンニにとって「らっこの上着」は、父の不在を象徴する言葉だった。
②なぜジョバンニは銀河鉄道に乗れたのか?
積み重なっていく疎外感を抱えて、大きな星空を見上げたとき、ジョバンニは銀河鉄道の中にいた。
「銀河鉄道」は、ジョバンニの心の奥深いところに生まれた、ジョバンニだけの列車である。
ジョバンニが銀河鉄道を生み出していたのだ。
なぜなら、彼は自分の中の喪失感を、自分自身の力によって癒さなくてはならなかったからだ。
言い換えると、「銀河鉄道」は、誰の心の中にもあるということだろう。
「銀河鉄道の旅」は、ジョバンニにとって「自己再生の旅」だったのである。
【考察2】「ほんとうの幸」とは何か?
①「本当の幸」はなぜ難しいのか
列車の中で、最初に出会ったのが、親友のカムパネルラだった。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸(さいわい)になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)
「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか」「誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う」と、自問自答するカムパネルラ。
友だちの命を救うために、自分の命を投げ出した行為に、カムパネルラは大きな自己矛盾を抱えている。
「本当の幸」の難しさは、この自己矛盾の中にあった。
②「ほんとうの幸」の意味
氷山に衝突して沈んだ旅客船に乗っていた黒服の青年は「このまま神の御前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だ」と告白している。
「蠍の火」は「こんなにむなしく命をすてずにどうかこの次にはまことのみんなの幸のためにわたしのからだをおつかい下さい」と、神に祈っている。
カムパネルラ、沈没事故で死んだ三人組、そして、蠍の火。
彼らに共通しているのは「自己犠牲の精神」だった。
彼らの犠牲体験を通して、ジョバンニの心は少しずつ浄化されていく。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)
「僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」とあるのは、この物語のクライマックスである。
なぜなら、弱さを克服しようとする少年の覚悟が、「ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」という言葉に象徴されていたからだ。
「銀河鉄道の旅」を通して、孤独な少年ジョバンニは「新しい自分」を獲得していたのである。
【考察3】『銀河鉄道の夜』が伝えていること
本作『銀河鉄道の夜』に描かれているのは、「本当の幸せ」を見つけることの難しさである。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」ジョバンニが云いました。(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)
この物語で、作者が伝えたかったことは「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」という読者への問題提起である。
本当の幸福とは、いったいどのようなものなのか?
「それを考える旅こそ、人生というものだ」ということを、作者は伝えたかったのだ。
だから「本当の幸せは何か?」という問いに対する「正解」は、作品中には書かれていない。
それは、著者から読者に与えられた宿題であり、答えはおそらく「人生の数だけ」あるはずだ。
ただし、その根本にあったものは、「ほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」という、あのジョバンニの誓いだったのではないだろうか。
「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』)
「あんな大きな暗(やみ)」とあるのは、主人公の心の闇であり、人生の闇でもあった。
「自分の幸福」ではなく「家族の幸福」でもなく、「みんなの幸福」を探しに行くことこそが、「ほんとうの幸」だという答えを、ジョバンニは見つけていたのである。
【解説】ブルカニロ博士の見解
本作「銀河鉄道の夜」は、1934年(昭和9年)に文圃堂書店から刊行された『宮澤賢治全集 第三巻』に収録された短篇小説である。
生前未発表の作品であるため、完成稿はなく、初期系(第一次稿~第三次稿)と最終形(第四次稿)が発表されているが、近年刊行されるものは「最終形(第四次稿)」が基本となっている。
著者の宮沢賢治は、1933年(昭和8年)9月に37歳で他界している。
①「初期形(第三次稿)」と「最終形(第四次稿)」
どの原稿を「完成形」と見なすかについては、専門家の間でも諸説あって、現在の「最終形(第四次稿)」が定着するまで、一般に流通する文庫本には、「初期形(第三次稿)」による『銀河鉄道の旅』が収録されていた(1980年代以前)。
ブルカニロ博士が登場する「第三次稿」では、自己犠牲の精神が強調されているものの、物語のプロットを、ブルカニロ博士が分かりやすく解説してくれている。
「みんながめいめいじぶんの神さまが本当の神さまだというだろう、けれどもお互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それからぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するだろう。そして勝負がつかないだろう。けれどももしおまえがほんとうに勉強して実験でちゃんとほんとうの考えとうその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまればもう信仰も化学と同じようになる」(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(第三次稿))
「第三次稿」では「本当の神さま論争」についての見解も示されているので、読み比べてみることで、新たな発見があるかもしれない。
②「カムパネルラ」や「ジョバンニ」の由来
なお、『銀河鉄道の夜』には、作者・宮沢賢治の生活が反映されている。
「川へ烏瓜を流すケンタウルス祭」は、宮沢賢治の故郷(花巻)に伝わる風習(お盆に北上川へ灯火を流す風習)を思い出させる。
白い十字架(北十字)を通りすぎるとき、旅人たちが唱える「ハルレヤ、ハルレヤ」の言葉は、キリスト教の敬虔な祈りをイメージさせる効果を上げている(「ハレルヤ」ではない)。
もっとも、「カムパネルラ」や「ジョバンニ」といった名前は、南欧をイメージして付けられたものらしい。
「どんなのだス」「銀河旅行ス」「ワア、銀河旅行すか、おもしろそうだナ」「場所は南欧あたりにしてナス。だから子供の名などもカンパネラという風にしあんした」(菊池武雄「『注文の多い料理店』出版の頃」)
北十字星(はくちょう座)から南十字星(みなみじゅうじ座)までをたどる銀河鉄道の旅は、南ヨーロッパのイメージとともに生まれたのだ。
まとめ│自分の孤独を乗り越えるために
ジョバンニの抱える孤独は、現代を生きる我々の孤独でもある。
ジョバンニは、他者のために生きることで、自分の孤独を克服しようとした。
この生きづらい時代を、我々はどのように生きていくべきなのだろうか。
***
文学ブログ『時空標本』では、宮沢賢治の紹介に力を入れています。
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著者:宮沢賢治
書名:宮沢賢治コレクション1「銀河鉄道の夜──童話Ⅰ・少年小説ほか」
発行:2016/12/25
出版社:筑摩書房

