宇野千代『おはん』あらすじと考察|なぜおはんは夫を待ち続けたのか?
宇野千代『おはん』は、優柔不断な男に翻弄された女性の物語である。
この記事では、本作『おはん』のあらすじを整理するとともに、控えめに生きた「おはん」の人生について考察してみたい。
3行でわかる『おはん』
発端(七年ぶりに再会した妻)
妻のおはんを捨て、芸妓のおかよと暮らしていた男は、七年ぶりにおはんと再会し、自分との間に生まれた息子・悟の存在を知る。
展開(二人の女の間で揺れる男)
おかよと別れきれない一方で、おはんへの思いを募らせた男は、母子と三人で暮らそうと考え、新しい家を用意する。
結末(息子の死と取り返せない別れ)
新生活を始めようとした日に悟が川へ落ちて亡くなり、おはんは男の前から姿を消したことで、男は結局、おかよのもとへ戻るのであった。
『おはん』簡単なあらすじ
物語は、ある男が過去の出来事を回想する告白の形で語られる。男には「おはん」という妻がいたが、芸妓の「おかよ」に惹かれ、身重のおはんを残して家を出てしまった。それから七年ほどが過ぎたころ、男は偶然おはんと再会する。おはんは男を恨む様子もなく、別れたあとに生まれた息子・悟を一人で育てていた。
再会をきっかけに、男はおはんとのよりを戻すようになる。慎ましく生きるおはんと、初めて会う我が子への愛情が深まるにつれ、男は母子と三人で暮らしたいと思い始める。しかしその一方で、長年暮らしてきたおかよとの関係を断ち切ることもできない。男は二人の女性の間を揺れ動きながら、おかよには本心を告げられないまま、おはんと悟を迎えるための新しい家を用意していた。
やがて男は、おはんと悟を新居へ連れて行こうとする。ところがその日、激しい雨のなかで思いがけない悲劇が起こり、悟が川へ落ちて命を失ってしまう。ようやく父・母・子の三人で暮らせるはずだった矢先、その未来は一瞬にして失われてしまったのだ。
おはんは男を激しく責めることもなく、別れの言葉を残して去っていく。そして男は、おはんとの生活を取り戻すこともできないまま、再びおかよのもとへ戻る。こうして物語は、二人の女性を愛しながらどちらか一人を選びきれなかった男が、自ら招いた喪失を振り返る形で閉じられていく。
【考察】『おはん』が語りたかったもの
本作『おはん』は、しばしば「ダメな男の懺悔録」と評されることがある。
しかし、作品名が「おはん」であるように、この小説は、おはんという一人の女性の生き方を綴った物語だったのだ。
①ダメな男に惹かれる女性の心理
物語の語り手は、芸妓に惑わされて妻を棄てた、クズのような夫である。
物語は、男の懺悔とともに語られていくが、おはんとおかよという二人の女性の間で、男はいつまでも自分の態度を決めかねている。
要するに、これほどまでにダメな男に、相変わらず惹かれ続けている女性が「おはん」という妻だったのだ。
自分を棄てて他の女と一緒に暮らしている夫を、妻は忘れることができない。
そこに、複雑な女性心理の難しさがある。
②耐え忍ぶ女性の強さと美しさ
なにより、おはんは耐え忍ぶ女性である。
夫が家を出たときも追いかけたりはしないし、いつか夫が芸妓に飽きて戻ってきたときのために、じっと夫を待ち続けている。
作者は、そこにおはんという女性の美しさを描きたかったのではなかっただろうか。
一人息子・悟を事故で失ったあとで、おはんは実家を離れる。
本当の意味で、おはんは「独りで生きること」を決意したのだ。
なんという、おはんの強さだろう。
ダメな夫とその愛人に翻弄されながらも、おはんは自分を見失うことなく、毅然として生き続けた。
読者は、そんなおはんの生き方に惹かれてしまうのである。
③「おはん」と「おかよ」の対比
おはんは強い女性である。
おかよのように男を奪い取ったりしない代わりに、独りでじっと耐え続けることができる。
むしろ、男を奪い取ったおかよこそ、内面では弱い女性ではなかったか。
おかよは、男に精神的に依存しなければ生きていけない。
おかよの存在によって、おはんの強さは、さらに強調されていく。
④作者の分身としての「おはん」
ある意味で、二人の女性は作者自身の投影である。
いや、ダメな夫も含めて、三人の主人公はそれぞれに作者の分身だったのだろう。
本作『おはん』は、生きることの不思議を、これ以上ないほどに美しく描いた物語だった。
そして、主人公のおはんは、昭和を代表する女性として、日本の文学史に刻まれたのである。
【解説】歴史に刻まれた『おはん』
本作『おはん』は、宇野千代を代表する傑作との評価が高い。
筑摩現代文学大系42『岡本かの子・宇野千代集』(1978)の「人と作品」で、山本健吉は「『おはん』は宇野氏の、戦後における唯一の業績である」と評価している。
①完成まで十年を要した『おはん』
1947年(昭和22年)に初めて発表された『おはん』は、1957年(昭和32年)になって、ようやく完成された。
中央公論社の社長である嶋中鵬二は、ときどき、作品の出来を催促し、「題名が悪いんですよ。『おはん』なんだから、どうせ半分で、尻切れとんぼになるんでしょうよ」などと、皮肉を言ったりして、それでも最後の一枚が出来上がるまで、殆ど十年間、待っていてくれたのであった。(宇野千代『生きて行く私』)
作者である宇野千代自身、「この『おはん』も、つい、手にとって読み返すのであるが、そのたびに、好い出来上がりだなあ、と思うのである」と綴っている(『生きて行く私』)。
②仲間たちの推薦文
1957年(昭和32年)に中央公論社から刊行された単行本『おはん』の帯には、仲間たちによる推薦文が付けられている。
亀井勝一郎
あくまで古風な、日本の庶民の、或は凡夫の、懺悔心をひそめた「かきくどく」調子で全篇がつらぬかれている。
河上徹太郎
木で熟した果実は速成とは味が違う。二人の女にひかれる男の情痴の浅ましさを極度に抽象して、ほとんど観念的な美にまで昇華して描いている。
久保田万太郎
宇野さんはこの小説を書くのに十年の時間をかけたという。時間をかけた仕事のいみじさを、はっきり感じる。(略)一つの作にこれだけ打ち込んだ宇野さんに敬意を表したい。
小林秀雄
作者は、時も場所も不問に附し、不思議な魅力を持った話術を創案して、言葉が言葉だけの力で生き長らえたいと言っている様な、一種の小説的幻想世界を発明している。事実に屈服した現代小説界では珍しい事である。
本作『おはん』は、作者・宇野千代の故郷である山口県岩国を舞台にしていると考えられるが、言葉(方言)の美しさが、本作のひとつの魅力となっている。
岩国出身の河上徹太郎は、岩国市川西町出身の宇野千代とほぼ同郷と言っていいし、久保田万太郎は、後に『おはん』を舞台化している。
古風な日本情緒は、まったく亀井勝一郎好みの世界であったし、小林秀雄による絶賛を誰よりも喜んだのが、作者の宇野千代だった。
この一作を書いたことによって、宇野千代の名前は、日本の現代文学に長く刻まれていくのかもしれない。
まとめ│時代を超越して生きていく
本作『おはん』は、時代を超越した物語である。
逆説的に言えば、おはんは、いつの時代にも生き続けている女性の姿だったのだ。
ときに、それは「古い女性像」と言われるかもしれない。
それでも、「おはん」は「おはん」としての生き方を棄てたりしなかった。
なぜなら、それこそがつまり「おはん」という生き方だったからである。
果たして、今頃おはんは、どこにいるのだろうか?
もしかすると、おはんは、今も我々の世の中で、さまよっているのかもしれない。
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文学ブログ『時空標本』では、宇野千代の紹介に力を入れています。
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