『大いなる眠り』あらすじと考察|題名に隠されたマーロウと老人の友情
レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』は、私立探偵フィリップ・マーロウと、孤独な財産家スターンウッド将軍との、心の友情を描いた物語である。
この記事では、『大いなる眠り』のあらすじをわかりやすく整理するとともに、この作品のテーマについて、独自の視点から考察していきたい。
3行でわかる『大いなる眠り』
孤独な私立探偵・フィリップ・マーロウ
金や権力に左右されず、自分自身の良心に従って生きるマーロウは、老富豪スターンウッド将軍から、次女カーメンに絡む脅迫事件の解決を依頼される。
富豪一家の繁栄に隠された闇
脅迫事件の調査は、殺人や失踪が絡み合う謎へと広がり、マーロウは、豪華な屋敷の内側に潜む欲望と、金の力で覆い隠された一家の秘密に近づいていく。
スターンウッド将軍の孤独
スターンウッド家の闇を掘り起こしたマーロウは、残酷な真実を胸にしまい、孤独な老人スターンウッド将軍の安らかな眠りを守ろうとする。
『大いなる眠り』簡単なあらすじ
ロサンゼルスの私立探偵フィリップ・マーロウは、老富豪スターンウッド将軍の屋敷に呼び出される。依頼は、次女カーメンの借金を口実に金銭を要求してきた、書店主ガイガーへの対処だった。将軍はまた、親しくしていた長女ヴィヴィアンの夫ラスティ・リーガンが、姿を消したことを気にかけていた。
ガイガーの身辺を調べ始めたマーロウは、その商売の裏に隠された秘密を探り当てる。やがてガイガーの自宅で銃声を聞き、室内に踏み込むと、そこにはガイガーの死体と、薬物の影響で意識のはっきりしないカーメンがいた。
脅迫だけで済むはずだった調査は、次々と起こる殺人事件へとつながっていく。姉妹の不可解な言動や、賭博場を経営するエディ・マースの動きを追ううちに、マーロウはリーガンの失踪にも疑問を抱き、富豪一家の奥に隠された真実へと近づいていく。
【考察】「大いなる眠り」の意味とは?
本作『大いなる眠り』の主人公は、孤独な老人スターンウッド将軍である。
財産家である彼は、二人の美しい娘たちと暮らしているが、その生活は決して満たされたものではなかった。
「富裕層の闇」は、この物語の重要なテーマのひとつとなっている。
「私たちにも同じ血が流れているのよ。くそくらえだわ」彼女は鏡の中の私を、深い色をたたえた瞳で見つめた。(レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』双葉十三郎・訳)
行方不明の夫を持つリーガン夫人にも、ヌード写真のモデルとなったカーメンにも、それぞれの闇がある。
そして、彼らの闇を掘り返していくのが、私立探偵フィリップ・マーロウだった。
「僕は事件をひきうける。つまり生活のために売るべきものを売ってるわけです。神様からちょうだいしたちょいとばかりの勇気と知恵と、依頼人を保護しようと歩きまわる熱心さ、それだけですよ」(レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』双葉十三郎・訳)
一日25ドルと雑費で仕事を引き受けるマーロウが、大金持ちの闇を解き明かしていくところに、人生の不思議がある。
だからこそ、マーロウは、スターンウッド将軍の心を読んで、行方不明となったラスティ・リーガンの捜索にまで乗り出したのだろう。
結局、リーガンは、スターンウッド邸にある古い油田の跡で眠っていた。
そこは、油田で栄えたスターンウッド家の繁栄を象徴する場所だった。
君は死んでしまった。大いなる眠りをむさぼっているのだ。(レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』双葉十三郎・訳)
「大いなる眠り」は、スターンウッド家の繁栄と没落を象徴したものとして、読むことができる。
スターンウッドの血統は、彼らが生まれた油田の中で、静かな眠りについていくのである。
【解説】私立探偵フィリップ・マーロウの誕生
本作『大いなる眠り』は、私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする長編シリーズの第一作である。
チャンドラーは短篇を五年間書き続けた後、一九三八年、一冊の本になる長篇を書く計画をたてた。(フランク・マクシェイン『レイモンド・チャンドラーの生涯』清水俊二・訳)
チャンドラーが書こうとしていたものは、「推理小説の公式を用いた文学作品」である。
彼は、過去に発表した短篇『雨の殺人者』と『カーテン』を使って、長篇『大いなる眠り』を書きあげた。
「私の小説はたまたますじよりも人物に焦点がおかれた推理小説にすぎない。小説として自分の脚で立とうとしていて、かきに数滴のタバスコをふりかけたように謎がそえられている」(フランク・マクシェイン『レイモンド・チャンドラーの生涯』清水俊二・訳)
ストーリーよりもキャラクターに焦点が置かれているところに、フィリップ・マーロウ・シリーズの魅力があった。
チャンドラーは「推理小説」という器を使って、人生を描こうとしていたのだろう。
『大いなる眠り』を書き始めたとき、チャンドラーは既に五十歳で、作品の中のフィリップ・マーロウは三十三歳だった。
双葉十三郎・訳と村上春樹・訳の違い
現在、『大いなる眠り』は、双葉十三郎・訳(創元推理文庫)と、村上春樹・訳(早川書房)で読むことができる。
双葉十三郎・訳は、1956年(昭和31年)に刊行され、1959年(昭和34年)に創元推理文庫に収められたもので、訳文には時代を感じさせる言い回しが多く、現代の読者には古めかしく感じられるかもしれない。
一方、村上春樹の訳は2012年(平成24年)の新訳なので、現代小説として読んでも、ほとんど違和感がない。
ただし、いつでもそうなのだけれど、村上春樹の訳は正確性を求めるゆえに、小説としての生々しさに欠ける場合がある。
死者は大いなる眠りの中にいるわけだから、そんなことをいちいち気をもむ必要はない。(レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』村上春樹・訳)
思うに、小説というのは、多少の欠陥があってこそ、生々しさを生み出すことができるのではないだろうか。
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まとめ│高い評価を受ける『大いなる眠り』
本作『大いなる眠り』は、文学作品として高い評価を受けている作品である。
2014年には、英国紙ガーディアン掲載のロバート・マクラムによる『英語で書かれた小説ベスト100』に選ばれているし、2019年のBBC企画『100 Novels That Shaped Our World』でも、「Adventure」のカテゴリーで選ばれた。
2005年のTIME誌『All-TIME 100 Novels』での選出など、1939年の発表から長い時間を経過してなお、『大いなる眠り』は優れた小説としての地位を確保し続けているのである。
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