読書体験

福原麟太郎「第三のクラブ」チャールズ・ラムを愛した男の生き方

福原麟太郎「第三のクラブ」あらすじと感想と考察

「第三のクラブ」という書名は、著者(福原麟太郎)が敬愛するヂョンソン博士に由来している。

18世紀の英国を代表する文学者であったヂョンソン博士は、晩年、高級な名士たちとの付き合いを重荷に感じるようになり、気軽な隠居の場として過ごせるクラブを作った。

現役中のヂョンソン博士には二つのクラブがあったから、この隠居の場は「第三のクラブ」と呼ぶべきものであるが、著者は自分の晩年を綴ったこのエッセイ集に、隠居の場としての「第三のクラブ」という題名を付したものらしい。

本書の発行は昭和52年で、著者は既に83歳であったから、なるほど晩年を彩る著作の題名としては、福原麟太郎らしいものであったかもしれない。

本書に収録されたエッセイは、昭和39年から昭和51までの間に新聞や雑誌で発表されたものだが、そのほとんどは昭和40年代に書かれたものであり、特に昭和40年代後半の作品が中心になっている。

個人的な懐旧談や社会時評、文学談話など、昭和の日本を代表するエッセイストらしい幅広い話題で、ひとつひとつのエッセイには文学作品としての潤いがある。

「随筆ばやり」というエッセイでは、当世の随筆流行の機運をとらまえた上で、手に入れたばかりのテープレコーダーの難しさを、楽しく綴ってみせる。

気軽なだけではない、情感のあるエッセイは、イギリスの歴史的なエッセイスト・チャールズ・ラムに魅せられた福原麟太郎ならではの手腕だろう。

チャールズ・ラムに魅せられて

街の騒音の方がはるかに快い、というところにラムに対する親近感をそそるものがあるのではないか。彼は言葉を続けて、もっとも、音楽の始まりのころは実に心をなごやかにする美妙なものを感じる。しかしあとがいけない。つらくなるのだ、とも書いているが、それは私にもそのままあてはまるような気がする。(「騒音を楽しむ」)

福原麟太郎のエッセイには、チャールズ・ラムの作品に触れたものが多い。

良き理解者としてラムの作品の普及に努めた福原麟太郎の功績は計り知れないが、ラムについて触れた著者のエッセイには、やはり名作が多いような気がする。

本作は、ラムの「耳の説」という随筆を引用したもので、「実は、それほど人々に、愛好される音楽が、私には快楽であると申すよりむしろ苦痛であることを白状します」をいう一節を紹介しながら、著者自身も「私は決して音楽的ではない」と、ラムの文章に心を寄せてみせる。

「ラムのように音楽に耳がない」ことを理解していた著者は、「岡倉先生の言いつけどおり、できるだけ音楽会やオペラへ通った」が、「ワグナーが最も難物であった」と述懐している。

後年になって、ラジオ番組で「わたくしはワグナーを聞くたんびに眠くなって困りました」「ワグナーは困りものです」と話している人がいて、これを聞いていた著者は「これはすばらしい人がいるものだ、やはり日本は良い国だ」と感激する。

「プログラムを見たら、その話をした人は田村寛貞氏、当時東大の音楽の先生であった」と締めくくってみせるところは、さすがにエッセイの達人である。

まだ読まない本に対する道案内

ちかごろ読んだ本で面白いと思ったのは、田中美知太郎氏の『時代と私』(文藝春秋社)、庄野潤三氏の『絵合せ』(講談社刊)であった。(略)この小説(絵合せ)は八つの短篇から成り、すでに読んだものも読まないものもあった。(「読書覚え書き」)

読書感想は、エッセイの主要なテーマの一つとも言えるだろう。

優れたエッセイは、まだ読まない本に対する道案内のひとつであり、優れたエッセイが導いてくれる読書の世界は無限な広がりを見せてくれる。

福原麟太郎のエッセイは、まさしく読書の水先案内人のようなもので、氏のエッセイを読んでいるだけで、現在では埋もれてしまった昭和の名著をいくつも探すことができる。

ここで紹介されている庄野潤三の「絵合せ」は、その後、庄野文学を代表する名作の一つとして数えられることになるが、このエッセイが書かれた時点で、もちろん著者はそのことを知らない。

率直に読んで面白かった小説の感想が述べられているだけであり、簡素な描写と会話文で構成されているシンプルな作品の一部分を取り上げて、「この微妙な文章の術は学ぶべきである」と、庄野文学の細部に注目をしてみせる。

人生と文学の酸いも甘いも知り尽くした識者が、一人の読者として小説の一説に喜んでいるのは、まさに読書の楽しさと喜びを自然体で伝えるものだろう。

決して高慢にならない気軽なエッセイを、著者は最後まで貫き通した。

チャールズ・ラムを愛した男の、それが生き方だった。

書名:第三のクラブ
著者:福原麟太郎
発行:1977/6/10
出版社:求龍堂

ABOUT ME
みづほ
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。