吉行淳之介『札幌夫人』あらすじと考察|サッチョン族が求めたもうひとつの人生
吉行淳之介『札幌夫人』は、札幌で現地妻を探す東京のサラリーマンの物語である。
この記事では、本作『札幌夫人』のあらすじを整理するとともに、物語の背景となっている「札幌での単身赴任生活」について考察してみたい。
3行でわかる吉行淳之介『札幌夫人』
発令(札幌への転勤)
新たな北海道支社の一員となったZ商事社員・東野は、薄野の外れにあるツブ焼き小屋で、同じく東京から単身赴任している会社員・西田と知り合いになる。
愛人契約(札幌の現地妻)
西田に連れられていった地下室のバーで、東野は若いホステス・エミ子と馴染みになり、月4回の肉体関係を交わす愛人契約を結んだ。
現地妻の反逆
エミ子が入院した時、病室に集まった男たちと顔を合わせて、東野は、エミ子の愛人は自分だけではなかったことを悟り、複雑な気持ちになる。
吉行淳之介『札幌夫人』簡単なあらすじ
Z商事会社では、新たに北海道支社を設置することになり、東野も新支社に配属されるメンバーとして発令された。東野は二年間の札幌生活を「札チョン(サッチョン)」として楽しもうと考える。
「サッチョン」とは、東京に妻子ある男性が、札幌での単身赴任中は「チョンガー(独身)」として楽しむ、そんな暮らしを意味していた。
しかし、高給取りでもない東野が、高級バーのホステスにもてるわけもない。彼は、ススキノの外れにあるツブ焼き小屋で、同じく単身赴任中の会社員・西田と出会い、この界隈でも私娼を斡旋していることを知る。
その後、西田に連れていかれた地下室のバーで、泥酔した西田が、ホステスのエミ子を金でどうにかしようとしている様子を、東野は冷静に観察してしまう。「サッチョン」はみな札幌での性生活に悩んでいるようだった。
ある日、エミ子に誘われて支笏湖まで出かけた東野は、その日のうちに彼女と肉体関係を持った。彼はエミ子と愛人契約を交わすことにしたのだ。それは、月四回の性交渉に対して一万円を渡すという内容で、東野が東京に帰る際は、面倒なことを言わずに契約を終了するというものだった。
やがて、雪の季節に転倒してケガをしたエミ子が入院したとき、東野はエミ子の病室で西田と鉢合わせしてしまう。どうやらエミ子の愛人は、東野だけではなかったらしい。病室には、さらに二人とは別の中年紳士が訪れていた。
【考察】サッチョン族とは?札幌で「もうひとりの自分」を求めた男たち
「サッチョン族(札チョン族)」とは、北海道・札幌市に単身赴任していたサラリーマン(男性)を指す俗語のことで、「札幌(さっぽろ)」と、独身者を意味する俗語「チョンガー」を掛け合わせた造語として知られている。
「精しいことは知らないが、札幌にいる間だけの独身者、札幌チョンガーつまり札チョンだね。なんでも、大切にされてひどくモテるそうだ。札幌夫人になりたがる女性も、うじゃうじゃいるそうだ」(吉行淳之介『札幌夫人』)
「サッチョン族」の流行は、高度経済成長期で、札幌に各企業の進出が相次いだ1959年(昭和34年)頃のことで、主人公・東野が勤めるZ商事会社も、そんな企業のひとつだった。
既にジェット機が飛んでいたとはいえ、札幌は遠い街である。
「君、北海道はいいよ。ロマンチックな土地だ。原始林、たくさんの湖、アイヌ、熊……」「札幌には、熊のいる原始林はないだろう」「それならば、鈴蘭、バター、ジャガイモ、そしてラーメンだ」(吉行淳之介『札幌夫人』)
本作『札幌夫人』の初出は、1962年(昭和37年)10月号『小説・中央公論』で、北海道は、まだまだ秘境という時代だった。
川端康成の『雪国』が、越後湯沢を日常から切り離された異界として描いた作品だったとしたら、吉行淳之介の『札幌夫人』は、札幌を異界として描いた作品だったと言っていい。
東京の男たちは「もうひとりの自分」を求めて来札し、東京とは異なる生活を、札幌の女たちに求めているのだ。
もしかすると、「サッチョン族」とは、めまぐるしく変わる高度成長の時代に、日常からの脱出を夢見た男たちの、ささやかな希望を可視化した言葉だったのかもしれない。
【解説】1960年代のすすきのと札幌の風俗
本作『札幌夫人』では、ススキノの外れにあった私娼街が、重要な舞台となっている。
東野は、寺院の横の界隈に歩を運んだ。(略)寺院の塀に沿った道と直角に交叉した道には、ハンドバッグを提げた女が暗闇の中に佇んでいる。(吉行淳之介『札幌夫人』)
ススキノの外れにある「つぶ焼き小屋」周辺の描写は、この作品でも特に秀逸なスケッチになっている。
戦後と高度成長の狭間で消えていった原風景のひとつが、まさにすすきのの「つぶ焼き小屋」だったからだ。
そして、つぶ焼き小屋の奥に立っている街娼たちも、また、札幌の戦後を象徴する存在だったかもしれない。
1952年(昭和37年)といえば、闇市の名残りの屋台が夜の街に並び、豊平川には「さむらい部落」と呼ばれる集落で、河原居住者たちが生活を営んでいた時代である。
言ってみれば、高度経済成長で賑わう都会の闇を描いた作品が、本作『札幌夫人』という作品だった。
東京からやってきたサラリーマンたちは、この不思議な都会の闇で、束の間の冒険を楽しんでいたのだろう。
まとめ│東京の男たちが札幌で暮らすということ
本作『札幌夫人』は、自宅を離れて札幌で暮らす、東京の男たちの物語である。
「サッチョン族」と呼ばれる彼らは、ささやかな「第二の人生」を求めて、「札幌夫人」を探した。
彼らにとって、札幌は「異界」である。
異界としての札幌を描く上で、ススキノのつぶ焼き小屋は、いかにも効果的な舞台だったかもしれない。
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文学ブログ『時空標本』では、札幌が舞台となっている小説の紹介に力を入れています。
また、昭和文学については、次の記事で詳しく解説しています。
