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『ライ麦畑でつかまえて』は銃弾の出ない戦争文学である|サリンジャーのトラウマと帰還兵の疎外感

『ライ麦畑でつかまえて』は銃弾の出ない戦争文学である|サリンジャーのトラウマと帰還兵の疎外感

サリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』は、弟(アリー)を病気で亡くした主人公の少年(ホールデン・コールフィールド)の再生物語である。

それにしても、なぜ、作者(サリンジャー)は、このような物語を書かなければならなかったのだろうか?

その理由は、作者(サリンジャー)の人生と重ね合わせて、この物語を読むことで理解することができる。

結論から言うと、本作『ライ麦畑でつかまえて』は、銃弾が一発も発射されない「戦争文学」だった。

今回は、サリンジャーの評伝『サリンジャー 生涯91年の真実』を参考にしながら、戦争文学としての『ライ麦畑でつかまえて』について考察していきたい。

なお、『サリンジャー 生涯91年の真実』については、別記事「スラウェンスキー『サリンジャー―生涯91年の真実』サリンジャー文学の教科書ガイド」で詳しく紹介しているので、興味のある方は併せてご参照いただきたい。

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【考察1】兄(D.B)の戦争体験

青春小説でありながら、本作『ライ麦畑でつかまえて』の中には頻繁に「戦争」の話が登場する。

① サリンジャーの投影としてのD・B

ホールデンの兄(D.B)は従軍経験者だった。

兄貴のD・Bは四年間も軍隊に入ってたんだ。おまけに戦争にも行ったんだけど──兄貴はノルマンディ上陸作戦やなんかにも参加したのさ──でも、戦争より軍隊をいっそうきらってたようだったな。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

作家であるD・Bは、もちろん作者(J.D.サリンジャー)自身の体験が投影されている。

詳細については、別記事「『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』戦争PTSDが変えた作家の人生」を参考にしていただきたいが、サリンジャーの戦争体験は非常に過酷なものだった。

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② 戦争に対する拒絶反応

兄(D・B)の体験を踏まえて、ホールデンは戦争に対する拒否反応を見せる。

今度また戦争があって僕が引っぱり出されたら、いっそ、射撃部隊の前に立たしてもらったほうがいいね。僕は反対しないよ。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

主人公(ホールデン)の、戦争に対する拒絶反応は、サリンジャー自身の拒絶反応だったに違いない。

③ 原子爆弾とホールデン

広島や長崎を破滅させた原子爆弾についても、ホールデンは触れている。

とにかく僕は、原子爆弾が発明されて、うれしいみたいなもんだ。今度戦争があったら、僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ。自分から志願してやってやる。誓ってもいいや。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

彼は、自ら「僕は原子爆弾のてっぺんに乗っかってやるよ」と誓っている。

戦争に参加するよりも先に戦争で殺されることを、彼は望んでいたのだ。

【考察2】サリンジャーの戦争体験

サリンジャーの戦争体験については、評伝『サリンジャー 生涯91年の真実』に詳しい。

① ヨーロッパ戦線という地獄

従軍経験の中で、特にサリンジャーに大きな影響を与えたのが「Dデー(ノルマンディー)上陸作戦」だった。

1944年6月6日はサリンジャーの人生の大きな転機だった。(略)戦争、その恐怖、苦痛、そして教訓は、人間としてのサリンジャーのあらゆる面に焼きついて、作品の中で鳴り響いている。(ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史・訳)

戦場でサリンジャーが見たものが「地獄」だった。

歴史に伝えられる「シェルブールの戦い」は、作家としてのサリンジャーに大きな影響を与えることになる。

6月6日にサリンジャーとともに上陸した連帯の兵士は3,080名、そのうち生存者はわずか1,130名だった。(略)第二次世界大戦のヨーロッパ戦線に参加したアメリカの部隊のなかで、サリンジャーの部隊は最高の比率で死傷者を出した。(ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史・訳)

サリンジャーにとって「戦争」とは、生き残ることだった。

さらに、サリンジャーは「ヒュルトゲンの森の戦い」にも参加しなければならなかった。

彼らの敵は、ヒトラー率いるナチス・ドイツである。

ヒュルトゲンの経験はサリンジャーに甚大な影響をあたえたが、同様の経験をした者はみんなおなじだった。(略)ヘミングウェイはヒュルトゲンのことを公然と非難したが、ほとんどの生存者は二度と口にしなかった。(ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史・訳)

地獄の戦争体験は、その後のサリンジャーという作家の作品に、大きな影響を与えることになる。

② サリンジャーと戦争PTSD

バルジの戦いを経て地獄を生き延びた彼は、やがて重篤なPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えて帰国する。

戦争が、サリンジャーの精神に与えた影響は深刻なものだった。

戦後、サリンジャーは数々の戦争小説を発表するが、そこに登場する若者たちは、みんな戦争に傷ついている。

1945年の夏、ジェリー・サリンジャーの戦争体験、兵役の延長、突然の孤独、それでも苦しみを表現したくないことなどが重なって、彼に悲惨な結果をもたらした。(ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』田中啓史・訳)

当時、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という診断名は、まだなかった。

③ 帰還兵の苦しみ

1946年5月、4年ぶりに帰国したアメリカで、サリンジャーは厳しい現実社会に直面することになる。

彼らは、帰還兵たちの苦しみを理解することはできなかった。

多くのアメリカ国民にとって戦争は、遠い異国のおとぎ話か、映画の中の物語くらいにしか、とらえられていなかったのだ。

サリンジャーは、PTSDで自分自身の内面と戦い、帰還兵に対する無理解という点で社会と戦わなければならなかった。

それは、サリンジャーの生涯の最後にまで付きまとうことになる苦しみだった。

【考察3】戦争文学としての『ライ麦畑でつかまえて』

そんなサリンジャーが1955年に発表した小説が、本作『ライ麦畑でつかまえて』である。

帰還から9年という時間が経っていた。

① ホールデンはなぜ「映画」を憎んでいるのか?

ホールデン・コールフィールドは、ガールフレンド(サリー・ヘイズ)と一緒に、「戦争」の芝居を観ている。

亭主は戦争に行くが、細君にはのんだくれの弟がある。どうもおもしろくなかったな。つまり、その家族の誰かが死のうとどうしようと、僕にはどうでもよかったんだ。どうせ、みんな俳優がやってることじゃないか。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

「どうせ、みんな俳優がやってることじゃないか」と、ホールデンは言い放つ。

実際に戦争を体験しているサリンジャーにとって、映画の中の戦争など「インチキ」以外の何物でもなかった。

ホールデンがこだわっているのは、「戦争」に対する世間の無関心である。

世の中にとって「戦争」は映画の中の物語であり、芝居の中の物語だった。

どこにも現実感がない「アメリカ社会の中の戦争」に、彼は傷ついていたのだ。

僕は、血を流したりなんかしてる僕に、ジェーンが煙草をくわえさせてくれる情景を思い描いたね。映画の野郎の影響さ。映画ってのはひとをだめにする。決して嘘じゃないよ。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

死にかけた兵士が「最後に煙草を一本吸わせてくれ──」と言う。

それは、映画によって歪められた戦争の「美しすぎる幻想」だ。

戦場から戻ったサリンジャーは、戦後、何度も何度も「戦争を美化するインチキな社会」を訴える作品を書き続けた。

②「戦争」に対する無理解という「インチキ」

本作『ライ麦畑でつかまえて』は、置き換えられた戦争文学である。

ホールデン・コールフィールドは戦場をさまよう兵士であり、戦場で生きる彼は常に死と向き合い続けていた。

今までいろんな学校やなんかをやめて来た僕なんだけど、みんな自分で知らないうちにやめちまったみたいな感じなんだな。そいつがいやなんだよ。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

戦場に、もちろん「さようなら」はない。

人間は、ある日、突然に死んでいくだけだ。

そうあってほしくないんだな、僕は。全体にそうであってほしくない。「幸運を祈るよ!」なんて、僕なら誰にだって言うもんか。ひどい言葉じゃないか、考えてみれば。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

「幸運を祈るよ」という言葉は、戦場で活動する兵士の命を「運」に委ねるものでしかない。

ホールデンが許せないのは、気軽に「幸運を祈るよ」などという言葉を使う、無神経でインチキなアメリカ社会だった。

実際、多くの仲間たちが、サリンジャーの周りで死んでいった。

そのときはひどかったな。アリーの墓石にも雨が降る。あいつの服の上の芝生にも雨が降る。そこらじゅうが雨なんだ。墓参に来てた弔問者たちは、みんな、いちもくさんに駆けだして、めいめいの車に逃げこんだんだ。それを見て僕は気が狂いそうになったね。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

戦争に無理解な人々を、彼は許すことができない。

だからこそ、彼は「赤いハンティング帽子」を被ったのだ。

「インチキで欺瞞に満ちた社会」を撃ち抜くために。

【考察4】『ライ麦畑でつかまえて』が意味するもの

『ライ麦畑でつかまえて』を戦争文学として読むと、それまで見えていなかったものが見えてくる。

つまり、謎解きの観点として「戦争」は非常に有効なキーワードだったのだ。

① ホールデンの疎外感は「帰還兵」の疎外感だった

メンタルを病んだホールデンは、死んだ弟(アリー)と会話を交わすことで、精神の安定を保とうとする。

「アリー、僕の身体を消さないでくれよ。アリー、僕の身体を消さないでくれよ。アリー、僕の身体を消さないでくれよ。お願いだ、アリー」(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

もちろん、この物語は青春小説であって、戦場小説ではない。

深読みしなければ、それが「戦争文学」であるなんて誰も思わないだろう。

しかし、ホールデン・コールフィールドの疎外感は、間違いなく「帰還兵の疎外感」が置き換えられたものだった。

短編「バナナフィッシュにうってつけの日」で自殺する主人公(シーモア・グラース)が抱えていた疎外感と同じものを、やはり彼(ホールデン)も抱えていたのだ。

なお、『ライ麦畑でつかまえて』の次に読んでほしい「バナナフィッシュにうってつけの日」については、別記事「サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」なぜ青年は自殺したのか?」で詳しく考察しているので、併せてご覧ください。。

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② なぜストラドレーターやアクリーが懐かしいのか?

物語の最後の段落でホールデンは、ストラドレーターやアクリー、モーリスのことを懐かしく思い出している。

僕にわかっていることといえば、話に出てきた連中がいまここにいないのが寂しいということだけさ。たとえば、ストラドレーターやアクリーでさえ、そうなんだ。あのモーリスの奴でさえ、なつかしいような気がする。おかしなもんさ。(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

あの嫌な連中が、どうして懐かしく思い出されるのだろうか?

サリンジャーの評伝は、みな、この場面に注目した。

サリンジャーには虐殺された仲間たちの記憶を呼び起こすことができないから、ホールデンがジェームズ・キャッスルのつぶれた死体を思い浮かべる。サリンジャーには彼らを悼むことができないから、ホールデンがアックリーとストラドレイターのことを懐かしく思う。(ディヴィッド・シールズ、シェーン・サレルノ「サリンジャー」坪野圭介/樋口武志・訳)

サリンジャーにとって『ライ麦畑でつかまえて』は、戦場で死んだ仲間たちに捧げる追悼文学である。

今、ここに(この世界に)いないからこそ、彼らは懐かしく、尊い存在となっているのだ。

③ なぜ『ライ麦畑でつかまえて』は現在も読み継がれるのか?

発表当時『ライ麦畑でつかまえて』は若者たちだけではなく、多くの従軍経験者たちからも支持されたという。

彼らにとって『ライ麦畑でつかまえて』は、やはり戦争のトラウマを癒す小説だったのだ。

そして、アメリカはいつの時代も戦っていた。

「さあ、もうよせよ」と、僕は言った。「誰も僕を殺しやしない。誰も僕を──さあ、フィービー、そんなもの、頭からとれよ。誰も僕を殺しやしないよ」(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン紛争、湾岸戦争。

第二次大戦が終わった後も、アメリカの若者たちにとって戦争は常に現実だった。

いつか戦場に立つかもしれない彼らは、いつでもホールデン・コールフィールドになり得たのだ。

「君をおどかすつもりはないんだがね」先生はそう言った。「しかし、僕には、君が、きわめて愚劣なことのために、なんらかの形で、高貴な死に方をしようとしていることが、はっきり見えるんだよ」(J.D.サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」野崎孝・訳)

「愚劣な戦争」のために、祖国を(アメリカ国民を)守るという形で、多くの若者たちが「高貴な死に方」を選んでいった。

ホールデン・コールフィールドの流す涙は、彼らのために流す涙である。

同時に「敵地だけが戦場ではない」ということも、現代を生きる若者たちにとっての真実だった。

なぜなら「息の詰まるような現代社会」そのものこそ、多くの若者たちにとっての「戦場」だったからである。

だからこそ『ライ麦畑でつかまえて』は時代や国境を越えて、今も愛され続けているのだろう。

まとめ│戦場のような現代社会を生き抜くために

本作『ライ麦畑でつかまえて』は戦争文学である。

それは、作者(サリンジャー)自身の体験を踏まえたものだった。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』としてこの作品を翻訳した村上春樹は、『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』の中で「この小説は作者の自伝だ」と指摘している。

村上 単純に言ってしまえば、もう完全なサリンジャー自身のオートバイオグラフィー(自伝)的なものですよね。(略)本の中にいろんなやつが出てきますよね。(略)でもそういう人々って、注意深く読んでみると、明らかに多かれ少なかれサリンジャー自身の投影でもあるんですよね。(村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」)

サリンジャーは、自分自身の体験や苦しみを小説の中へ投影するタイプの作家だった。

『ライ麦畑でつかまえて』をよく理解できなかったという方こそ、続けて他のサリンジャー作品に挑戦してみてほしい。

『ライ麦畑でつかまえて』だけを読んだときには分からないことも、他のサリンジャー作品を読むことで、きっと理解できるはずだから。

なお、本作『ライ麦畑でつかまえて』については、別記事「『ライ麦畑でつかまえて』徹底考察│ホールデンの怒りと3つのメタファー、結末の意味を解き明かす」で詳しく考察しているので、併せてご覧ください。

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