太宰治と佐藤春夫の芥川賞事件|川端康成への激怒と決裂の真相
太宰治が佐藤春夫に宛てた「全集未収録の手紙」が確認されました。
手紙は、太宰治の親友・山岸外史の結婚式に出席した佐藤春夫に対する礼状(1941年7月1日)で、「芥川賞を巡って疎遠となっていた両者」が再び交流していたことを示す貴重な資料だと報道されています。
「芥川賞を巡って疎遠となっていた両者」とあるとおり、太宰治と佐藤春夫は芥川賞を巡って深い確執を抱えていました(いわゆる「芥川賞事件」です)。
この記事では、太宰治と佐藤春夫の「芥川賞事件」について解説していきます。
太宰治が芥川賞を渇望した理由
1935年(昭和10年)、『文藝春秋』誌上において「芥川龍之介賞」の創設が発表され、太宰治の『道化の華』と『逆行』が候補作としてエントリーされた。
尊敬する作家・芥川龍之介の名前を冠した文学賞だっただけに、太宰治は芥川賞の受賞に異常なまでの執着心を見せたという。
当時の太宰治の様子は、親友・檀一雄の書いた『太宰治』に詳しい。
太宰が、芥川賞という文壇のお祭り興行に、必死にすがりつこうとしたのは、可憐なほどだった。(檀一雄『太宰治』)
▶檀一雄『小説 太宰治』女郎屋通いで育まれた若き作家たちの友情
1935年(昭和10年)3月、都新聞社の入社試験に落ちた直後、太宰治は縊死(首吊り自殺)を図るが失敗。
4月には盲腸炎の手術後に腹膜炎を併発して重態に陥っている。
なんとか体調は回復したものの、患部の苦痛を緩和するために病院から処方されたパビナールが中毒症状を引き起こし、以後、パビナール中毒に苦しめられることになる。
太宰治がパビナール中毒で苦しんだときのことは、井伏鱒二の『太宰治』に詳しい。
太宰君は篠原外科退院後、すぐに入院した経堂病院で「ダス・ゲマイネ」を書きあげた。もうそのころは、篠原病院で受けた注射の副作用で、いくらか麻薬中毒の症状になっていた。(井伏鱒二「『太宰治集上』解説」)
▶井伏鱒二『太宰治』井伏鱒二が見た、人間・太宰治の孤独と素顔
自殺未遂、腹膜炎による重篤、パビナール中毒と、太宰治の生活は、まさに「生きることとの戦い」だった。
芥川賞創設が発表されたのは、そんな時期のことで、太宰治は芥川賞の受賞によって、名誉回復と借金返済の両方を目論んでいたらしい。
自身の再生のために、太宰治は芥川賞受賞を必要としていたのである。
太宰治と川端康成との確執
第一回の芥川賞選考委員会で太宰治を推したのは、佐藤春夫である。
井伏鱒二も、太宰治に対する佐藤春夫の評価を知っていた。
佐藤さんも太宰君の才筆を高く買って居られた。私も太宰君同道で何回となく佐藤さんの宅に伺った。(井伏鱒二「『太宰治集上』解説」)
第一回芥川賞の選考委員は、川端康成、菊池寛、久米正雄、小島政二郎、佐佐木茂索、佐藤春夫、瀧井孝作、谷崎潤一郎、室生犀星、山本有三、横光利一。
佐藤春夫は太宰治の『道化の華』を推していた。
ところが、瀧井孝作による予選段階で『道化の華』が落ちて『逆行』が本選に残ったため、佐藤春夫としても、太宰を強く推すことはできなかったという。
「道化の華」は自分の推挙にも拘わらず、当時の予選者たる瀧井川端両氏から無視されてしまった。(佐藤春夫『或る文学青年像』)
井伏鱒二『太宰治』にも、当時の回想がある。
昭和十年九月、第一回芥川賞銓衡委員会のとき、佐藤さんは「道化の華」を選び、滝井孝作氏と川端氏は「逆行」を選んだ。(井伏鱒二「『太宰治集上』解説」)
川端康成と相談した瀧井孝作が、太宰治の作品を落選とした背景には、太宰の破天荒な暮らしぶりがあったらしい。
この二作は一見別人の如く、そこに才華も見られ、なるほど「道化の華」の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。(川端康成『第一回芥川賞』選評より)
もともと太宰は、自身の落選について「新人作家ではなかった」ことが原因だと受け止めていた。
義弟で画家の小館善四郎に宛てた手紙の中で、太宰は「自分は有名だからダメだった」と主張している。
芥川賞はずれたのは残念であった。「全然無名」という方針らしい。(略)ぼくは有名だから芥川賞などこれからも全然ダメ。へんな二流三流の薄汚い候補者と並べられたのだけが、たまらなく不愉快だ。(太宰治より小館善四郎宛て書簡(1935/08/13)より)
パビナール中毒による体調不良もあって、この頃の太宰治は、情緒不安定が激しかったようだ。
川端康成の選評を知った太宰は、当然のごとく激怒する。
八月の末、文藝春秋を本屋の店頭で読んだところが、あなたの文章があった。「作者目下の生活に厭な雲ありて、云々。」事実、私は憤怒に燃えた。(太宰治『川端康成へ』)
文藝春秋社発行の『文芸通信』に「川端康成へ」と題する抗議文を投稿した。
小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。(太宰治『川端康成へ』)
「作品の出来」ではなく「生活態度」によって、芥川賞に選ばれることがなかった太宰治。
それが、太宰治という作家に対する、当時の文壇の評価だったのだ。
太宰治と佐藤春夫との確執
第一回の受賞を逃した太宰は、なおも芥川賞に執着し、第二回での受賞に向けて、佐藤春夫宛て長い手紙を書いている。
一言のいつわりもすこしの誇張も申しあげません。佐藤さん一人がたのみでございます。お笑いにならずに、私を助けてください。(太宰治より佐藤春夫宛て書簡(1936/02/05)より)
1935年(昭和10年)8月、山岸外史に伴われて佐藤春夫の自宅を訪ねて以来、太宰治はこの大先輩を師として慕っていた。
佐藤春夫も、太宰治の第一創作集『晩年』を高く評価していたらしい。
▶太宰治『晩年』小説が好きすぎて狂った男たちはデフォルメされた自画像だった
しかし、結局のところ、第二回芥川賞の候補者として「太宰治」の名前が入ることはなかった(第二回芥川賞は、1936年3月12日発表)。
佐藤春夫先生 芥川賞候補すべて、活やくして居るのに、私、ひとりのけ者です。(太宰治より佐藤春夫宛て書簡(1936/05/18)より)
執拗に芥川賞受賞を求める太宰治の対応には、佐藤春夫もかなり辟易していたらしい。
この事は芥川賞の第二回の詮衡の時にも幾分その兆を現わして自分を悩ましていたが、第二回の授賞者無しですんだ時には、自分は救われたような気がした。(佐藤春夫『或る文学青年像』)
第三回芥川賞に向けて、太宰の要請活動は、さらに激化していった。
しかし直ぐ第三回の時期になつて自分は全くやり切れなくなった。太宰からの日文夜文は或は数枚つづきのはがき或は巻紙一枚を書きつぶしたもの、しまいには手に取り上げて見るのも忌わしい気持であった。(佐藤春夫『或る文学青年像』)
当然のことながら、1936年(昭和11年)8月に発表された第三回芥川賞にも、太宰治の名前はない。
芥川賞、菊池寛の反対らしい。とうとう極点まで掘って掘って、突き当たった感じ。(太宰治より小館善四郎宛て書簡(1936/08/22)より)
太宰治は、既に芥川賞の候補となる作家ではなかったのだ。
ところが、『新潮』1936年(昭和11年)10月号に発表した短編『創世記』が、今度は佐藤春夫の逆鱗に触れることになる。
なぜなら、太宰治の小説『創世記』では、第二回芥川賞の選考にあたり、佐藤春夫が太宰の作品(短編集『晩年』)を強く推したこととなっていたからだ。
先日、佐藤先生よりハナシガアルからスグコイという電報がございましたので、お伺い申しますと、お前の「晩年」という短篇集をみんなが芥川賞に推していて、私は照れくさく小田君など長い辛棒の精進に報いるのも悪くないと思ったので、一応おことわりして置いたが、お前ほしいか、というお話であった。(太宰治『創世記』)
この作品を読んだ佐藤春夫が激怒した話は、佐藤春夫の『芥川賞』という短篇(のちに『或る文学青年像』と改題)に書かれている。
ちなみに、佐藤春夫が「ハナシアルスグコイ」という電報で太宰治を呼びつけた要件は、芥川賞とは何ら関係のない、太宰の『狂言の神』雑誌掲載に関するものだった。
『創世記』を発表した直後から、太宰のパビナール中毒症状が悪化し、井伏鱒二の強い勧めを受け容れて太宰は武蔵野病院に入院することになる。
後に『人間失格』として描かれることになる、精神病院への入院だった。
▶太宰治『人間失格』あらすじ要約|3分でわかる結末と登場人物の相関
まとめ│芥川賞を受賞できなかった太宰治
芥川賞の創設は、「太宰治と川端康成」「太宰治と佐藤春夫」という、いくつもの確執を生み出した。
パビナール中毒で錯乱状態にあったとはいえ、太宰治の言動は、やはり尋常ではない。
当時の太宰治が書いた手紙を読むと、佐藤春夫や井伏鱒二の苦渋に満ちた顔が目に浮かんでくるようだ。
芥川賞を受賞できなかった太宰治は、1939年(昭和14年)1月、井伏鱒二夫妻の媒酌により石原美知子と結婚後、精神的な安定を取り戻し、『富嶽百景』や『女生徒』など、優れた作品を量産するようになる。
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しかし、本当の意味で、太宰治が文壇に復讐するのは、戦後のベストセラー作品『斜陽』と『人間失格』だったかもしれない。
▶太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察
▶太宰治『人間失格』あらすじ要約|3分でわかる結末と登場人物の相関
芥川賞を受賞しなかったことで、太宰治は「太宰治」というオリジナルの作家像を確立していったのである。
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文学ブログ『時空標本』では、太宰治の紹介に力を入れています。
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