友部正人は「一本道」で知られるフォーク歌手だが、本当の代表曲は「はじめぼくはひとりだった」である。
なぜなら「はじめぼくはひとりだった」は、少年のままで大人になった歌手(友部正人)その人を象徴する作品となっているからだ。
友部正人は孤独な少年である。
はじめぼくはひとりだった
線路端にもたれ大きな月を見ていた
話しかけるのもぼくならば
それに答えるのもぼくだった
目の前を貨物列車が通りすぎていった
(友部正人「はじめぼくはひとりだった」)
自分独りだけの世界で、少年は幸福に生きている。
そこは、父も母も入ることのできない彼だけの世界だ。
本作「はじめぼくはひとりだった」は、そんな自分だけの世界に生きる少年の孤独を歌った作品である。
一度だってさびしいと思ったことはなかった
生きていることは愛なんかよりずっと素敵なことだった
話しかけるのもぼくならば
それに答えるのもぼくだった
目の前を貨物列車が走りすぎていった
(友部正人「はじめぼくはひとりだった」)
いくつもの貨物列車が、目の前を走りすぎていく(ただ走りすぎていくだけだ)。
多感な少年時代、「自分の孤独」を認める以上の孤独が、この世に果たしてあっただろうか?
「一度だってさびいしいと思ったことはなかった」 と少年は言い切り、「話しかけるのもぼくならば、それに答えるのもぼくだった」と繰り返す。
真の孤独を知らない人が「自分はなんて孤独なんだ!」と嘆いてみせたところで、本当に孤独な人へ伝わるものは生まれたりしない。
本当の孤独を知っているからこそ、友部正人の孤独は深く、そして優しい。
実際、友部正人以上に「孤独」を歌えるミュージシャンを、僕たちは知らない。
彼は孤独な少年であり、孤独な少年のままで大人になった、唯一人の大人なのだ。
本当の孤独は、最後のフレーズで訪れる。
ある日ぼくは素敵なことばを見つけた
そしてはじめてさびしさを知った
(友部正人「はじめぼくはひとりだった」)
孤独であることが辛いのではない。
孤独故に背負わなければならない「さびしさ」にこそ、孤独の本当の悲しさがあった。
ある日、「素敵なことば」を知った僕は、初めて「さびしさ」を知る。
少年が知った「素敵なことば」とは、いったい、どんな言葉だったのだろうか?
例えば、それは「友だち」という言葉だったかもしれない。
「友だち」という言葉は、人と人とを繋げる「なことば」だ。
少年は「友だち」に誘われて、自分だけの孤独な世界から踏み出していこうとするだろう。
そして、彼は見つけたかもしれない。
他人が他人を理解することの難しさというやつを。
自分に話しかけていれば、きっと返ってきただろう答えは、他人である「友だち」から返ってくることはない。
なぜなら、友だちは彼自身ではないし、彼もまた友だち自身ではなかったからだ。
そこに、人間社会を生きることの難しさがある。
「はじめぼくはひとりだった」は、そんな僕たちの「わかり合うことの難しさ」を歌った作品である。
「友だち」という言葉が素敵すぎるが故に、わかり合えないことの「寂しさ」が浮き彫りにされる。
そんな「さびしさ」を背負ったままで大人になった少年が、つまり、友部正人という「フォークの詩人」だったのだ。
「はじめぼくはひとりだった」という言葉には、おそらく続きがあったはずだ。
はじめぼくはひとりだった
そして、今もぼくはひとりのままだ――
孤独な少年のままで大人になった彼は、今でも孤独な少年のままである。
だからこそ、僕たちには見えるのだ。
「はじめぼくはひとりだった」を歌う友部正人の隣で、線路端にもたれて大きな月を見ている少年の寂しい後ろ姿が。
だけど、この歌の本当に凄いところは、作者が「孤独」をまったく恐れていないというところにあるのではないだろうか。
誰かと繋がっていなければ不安だと言われるスマホ時代、この孤独を受け入れることのできる大人が、果たしてどのくらいいるだろうか。
だけど、気づいてほしい。
本当は「人間はみな孤独なのだ」ということを。
友部正人は、孤独を歌うフォーク・ミュージシャンである。
「はじめぼくはひとりだった」と歌う友部正人の孤独は、そのまま僕たちの孤独だったのかもしれない。
作品名:はじめぼくはひとりだった
ミュージシャン:友部正人
収録アルバム:1976


