小川洋子の『博士の愛した数式』は、支え合う社会の将来像を描いた物語である。
孤独な高齢者やひとり親家庭が互いに支え合う、少子・高齢社会の未来。
子どもたちやお年寄り、シングルマザーは、果たして、どのように生きていくべきなのか?
その鍵が、本作品にはある。
2004年に「第1回本屋大賞」を受賞した名作が伝えているものを、改めて読み解いてみたい。
伝えたいことは「互いに支え合う地域社会」
本作『博士の愛した数式』は、ひとり親家庭の少年、シングルマザー、病気の高齢者の物語である。
彼らはそれぞれに孤独であり、その孤独を彼らは互いに埋め合おうとする。
主人公の「私」は、18歳でシングルマザーとなった。
私は十八歳で、無知で、独りぼっちだった。分娩代に上がるまで続いた悪阻のために頬はこけ、髪は汗で嫌な臭いがし、パジャマには破水した時の染みがついたままだった。(小川洋子「博士の愛した数式」)
彼女自身、ひとり親家庭で育てられたが、たった一人の身内である母は早くに亡くなり、彼女は一人で息子を育てている。
「ご心配には、及びませんよ」できるだけ穏やかに、私は言った。「もっとうんと小さい頃から、ずっと二人でこうしてやってきたんです。十歳になれば、何でも一人でできます」(小川洋子「博士の愛した数式」)
彼女の仕事は、派遣の家政婦だった。
1992年3月、彼女は、記憶障害を持つ高齢者男性の家へと派遣される。
「義弟の記憶の蓄積は、一九七五年で終わっております。それ以降、新たな記憶を積み重ねようとしても、すぐに崩れてしまいます。(略)簡潔に申せば、頭の中に八十分のビデオテープが一本しかセットできない状態です」(小川洋子「博士の愛した数式」)
かつて数学の研究者だったという「博士」の記憶は1975年で停まっており、最新の記憶はわずか80分しか持たない。
主人公に息子がいると知ったとき、博士は激しく動揺した。
「いかん、いかん、いかん」食卓を回るスピードを早め、博士は私の言葉を遮った。「子供を独りぼっちにしておくなんて、いかなる場合も許されん。もし、ストーブが倒れて火事になったらどうする? もし飴玉を喉に詰まらせたら、誰が助けてやる? ああ、考えただけでも恐ろしい」(小川洋子「博士の愛した数式」)
こうして、シングルマザー(私)とその息子(博士から「ルート」と呼ばれた)、そして病気の高齢者(博士)との奇妙な交流が始まる。
やがて、仕事やボランティアという枠を超えて、彼らは互いの絆を深めていった。
「とぼけてもらっては困るなあ。とんでもない間違いを犯したそうじゃないか。例の数学の先生の部屋に、泊まったんだって?」「間違いなんか犯してません。誰ですか、そんな下品な勘繰りをするのは。全く滑稽です。不愉快です」(小川洋子「博士の愛した数式」)
熱を出した博士を息子と二人で看病したとき、母屋で暮らす未亡人(義姉)の判断によって、彼女は博士の家から追い出されてしまう。
さりげなく示唆される未亡人と博士との「過去」は、この物語に深い陰影を刻みこむものだ(映画の浅丘ルリ子は説明しすぎだったが)。
ここに描かれているのは、社会的に弱い立場にある人たちによる、純粋な助け合いの物語である。
社会の中にある「見えない壁(アンコンシャス・バイアス)」を乗り越えて、彼らは互いを必要としていた。
「友だちだからじゃありませんか」私は言った。「友だちの家に、遊びに来てはいけないんですか」「誰と誰が友だちだと言うのですか?」「私と息子と、博士がです」(小川洋子「博士の愛した数式」)
「少年と老人」「男性と女性」という「見えない壁」を乗り越え、友愛の絆で結ばれた彼らの姿こそ、少子・高齢社会を突き進む日本に求められた「地域社会」の姿ではなかっただろうか。
現在の日本に足りないものを、この物語は鋭く指摘している(2003年の小説だが)。
この物語が伝えたかったもの、それは、互いに支え合う社会のあり様なのだ。
博士の愛した数式は「調和」だった
もちろん、この作品を「物語」として成立させているのは、「博士」の語る数学である。
この世で博士が最も愛したのは、素数だった。素数というものが存在するのは、私も一応知っていたが、それが愛する対象になるとは考えた試しもなかった。(小川洋子「博士の愛した数式」)
博士にとって、素数は「子どもたち」だった。
彼はルートを素数と同じように扱った。素数がすべての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた。(小川洋子「博士の愛した数式」)
なぜ、子どもたちを大事にしなければならないのか。
博士は、数学によって、その意味を説くことができる。
タイトルになった「博士の愛した数式」とは、「オイラーの公式」のことだ。
「いかん。子供をいじめてはいかん」そうしてポケットから取り出したメモ用紙に、何やら書き付けたかと思うと、それを食卓の真ん中に置き、部屋から出て行った。(略)《e^πi+1=0》もう誰も余計な口をきかなかった。(小川洋子「博士の愛した数式」)
《e^πi+1=0》が意味しているものは、一見無関係な3つの定数(「e」「π」「i」)の集まりによる「調和」である(「予期せぬ宙から π が e の元に舞い下り、恥ずかしがり屋の i と握手をする」)。
つまり、孤独な3人の支え合いを、博士は《e^πi+1=0》という美しい公式に象徴して見せたのだ。
オイラーの公式は暗闇に光る一筋の流星だった。暗黒の洞窟に刻まれた詩の一行だった。そこに込められた美しさに打たれながら、私はメモ用紙を定期入れに仕舞った。(小川洋子「博士の愛した数式」)
「数学」が、彼ら3人を結びつける重要な要素となっていて、そこに、この物語の素晴らしさがある。
博士にとって数式は一篇の詩であり、その数式が、この美しい文学作品を支えているという事実は、驚愕にさえ値するのではないだろうか。
1975年の江夏豊と1992年の亀山努
この物語に、さらなる深みを与えているのが、阪神タイガースの江夏豊だ。
ピッチャーの割には指が短く、ライバルの王から最も多くの三振を取るとともに最も多くのホームランを打たれ、しかし王に一度もデッドボールを与えず、一九六八年、シーズン奪三振401の世界新記録を打ち立て、一九七五年(博士の記憶が止まった年)シーズン終了後、南海へトレードされた……(小川洋子「博士の愛した数式」)
江夏豊の実績と博士の記憶障害を結びつけるあたり、村上春樹の『羊をめぐる冒険』っぽい印象を受ける。
もしかすると、「博士」には「羊博士」の影響があったのかもしれない。
江夏がトレードされた年に、博士が記憶を失ったというエピソードも、いかにも象徴的だ。
だが、上記の文章で凄いのは「しかし王に一度もデッドボールを与えず」の一文である。
「ライバルの王から最も多くの三振を取る」のに「一度もデッドボールを与えず」というところに、作者・小川洋子の「江夏豊」という投手に対するリスペクトの理由を感じることができる。
作者は、江夏豊の実績だけではなく、その「投げる姿勢」に魅了されているのだ。
作者の野球愛は、グラウンドで見た「金網にしがみ付いている亀山ファンの男」にも表れている。
打球はすばらしい勢いでベースの間を抜け、芝生の上を滑ってゆき、追い掛ける外野手たちは最早小さな黒い影にしか過ぎず、亀山の打ったボールだけがカクテル光線の祝福を浴びていた。(小川洋子「博士の愛した数式」)
亀山のヒットを描写したどんなルポルタージュよりも、小川洋子の文章は美しい。
純文学に描かれる亀山努のヒット(なんて贅沢なんだ)。
しかも、この亀山努は、1992年の亀山努だった。
一九九二年のシーズン、タイガースは優勝できなかった。ヤクルトとの最終二連戦に連勝すればまだ可能性はあったのだが、十月十日、2対5で敗れ、二位に終わった。優勝したヤクルトとのゲーム差は2.0だった。(小川洋子「博士の愛した数式」)
1975年の江夏のトレードと、1992年の亀山のヘッドスライディング。
博士の語る「無機質な数式」と対照的な「泥臭い阪神タイガース」の選手たちが、この物語を完成させた。
ひとり親家庭と病気の高齢者が「壁」を乗り越えて絆を深めたように、数学とスポーツもまた「壁」を乗り越えて、ひとつの物語を支えていたのである。
まとめ│ニッポンの行く末にあるもの
主人公の息子ルートは「のけ者」を見つけるのが得意だ。
「僕、思ったんだけど……」ふと、ルートが言った。「1から10までの中で、10だけちょっと、のけ者なんだよね」(小川洋子「博士の愛した数式」)
ルートは「のけ者」に愛情を注ぎ、そこから新しい発見を生み出している。
現代社会に必要なものは、知らず知らず「のけ者」となっている人たちを見つけだし、互いに支え合うことではなかっただろうか。
寺尾聰と深津絵里の映画では描き切れなかったものが、原作小説にはある。
「ルートのような素直さを持ってすれば、素数定理の美しさは更に輝く」博士の幸福は計算の難しさには比例しない。どんなに単純な計算であっても、その正しさを分かち合えることが、私たちの喜びとなる。(小川洋子「博士の愛した数式」)
これは、新しい日本を生きる、私たちの物語なのだ。
「どんなに単純な計算であっても、その正しさを分かち合えることが、私たちの喜びとなる」という博士の言葉は、今を生きる私たちにこそ必要な言葉だったのではないだろうか。
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『博士の愛した数式』の次に読みたい本
『博士の愛した数式』は、地域社会の在り方を世に問う名作でした。
最後に『博士の愛した数式』を読んだ後におすすめの本を3冊紹介します。
小川洋子『完璧な病室』
小川洋子さんのデビュー作「揚羽蝶が壊れる時」と、芥川賞候補作「完璧な病室」を収録。研ぎ澄まされた文章は、この頃から注目されていました。
村上春樹『羊をめぐる冒険』
記憶を失った数学の博士と同じように「羊博士」が登場。村上春樹初期の大人気作で、小川洋子さんも村上春樹ファンだったそうです。
庄野潤三『夕べの雲』
『博士の愛した数式』とは対照的に「家族の絆」を描いた物語はいかがでしょうか。小川洋子さんも庄野潤三を愛読していることで知られています。