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現状を打破したい人にオススメの映画『シング・ストリート 未来へのうた』テーマは閉塞感からの脱出

現状を打破したい人にオススメの映画『シング・ストリート 未来へのうた』テーマは閉塞感からの脱出

近年観た映画の中でいちばんのお気に入りは、ジョン・カーニー監督の『シング・ストリート 未来へのうた』。

2016年に公開されたアイルランド映画で、1985年のダブリンが舞台となっている。

16歳の少女に恋をした15歳の男子高校生が、ロックバンドの活動を通して成長していく。

そんな青春音楽映画だ。

閉塞感から脱出するために

『シング・ストリート 未来へのうた』ブルーレイ(初回特典版)『シング・ストリート 未来へのうた』ブルーレイ(初回特典版)

この映画のラストシーンは重い。

主人公(コナー)は、恋人になった少女(ラフィーナ)と一緒に、小さなモーターボートで海峡を渡る。

大不況のダブリンを脱出して彼らは、夢と希望に満ち溢れたロンドンを目指すのだが、それは、兄(ブレンダン)の叶えられなかった夢を肩代わりする代償行為であり、さらには、父や母、そして姉までを含めた家族全員が持つ希望への挑戦でもあった。

15歳の少年は、一家の祈りを背負って、イギリスへ向かっていくのだ。

もうひとつ、ダブリン脱出は、ギターのエイモンをはじめとするバンドメンバーたちの願いでもある。

「♪僕は運命など信じない~」「なぜ信じない?」「ロンドン行きは、彼女の夢だし、運命だったはずだ。でも捨てたら、、、運命じゃない」「お前が連れてけよ」「飛行機代は?」「、、、そうだな」「だいいち、バンドは?」「好都合さ。レコード契約を取って、俺たちを救い出せ」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

この映画で大きな背景となっているのは、大不況下にあったダブリンの閉塞感である。

カオスのようなシング・ストリート高校も、ラフィーナのモデルへの夢も、コナー両親の破綻も、すべてはダブリンという街の混乱を象徴するものだ。

主人公コナーは、ロックンロールという武器を手にして、閉塞感でいっぱいのダブリンに闘いを挑んだ勇者として描かれている。

ラフィーナが、年上の恋人(エヴァン)とロンドンへ旅立ったことで、コナーが絶望のどん底にあったとき、妻(ペニー)を失った父親(ロバート)も、やはり、大きな失意を抱えていた。

愛する女性を失ったという一点において、二人の男たちは共鳴していたのだ(少なくとも、互いの事情を理解しているコナー少年は)。

ダブリンを脱出するとき、眠っている母親に、コナーは「大好きだよ、母さん」とつぶやく。

ARBの初期の名曲「淋しい街から」を思い出すシーンだ。

おふくろが きらいになったんじゃない
この家が いやになったんじゃない
今は ただ
この灰色に褪せた街を 出てゆきたいだけ

(ARB「淋しい街から」)

どんなに崩壊していても、コナーは家族を愛していた。

その象徴として重要な役割を果たしているのが、ロックンロールの助言者とも言うべき兄(ブレンダン)である。

かつて、家出を阻止された経験を持つブレンダンの言葉は、弟に勇気を与え続ける。

もちろん、ブレンダン自身、大きな葛藤と屈折を抱えていたことは間違いない。

「お前は末っ子、”イカれた家族” って密林を、俺が切り開いた後を歩いた。だが、俺は6年間ひとり。連中の異常さは、20代後半の頃からだ。2人のカトリック教徒が、セックスしたさに結婚した。愛なんかない。その2人の間で、俺は1人。でも、お前が生まれ、たどって来た。俺が切り開いた密林の道を。俺の気流に乗って」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

彼もまた、挫折した夢と失意を背負って生きる「ダブリンの被害者」だった。

一家の苦悩は、そのままコナー少年に投影されており、家族では最年少のコナー少年が、新しい未来を切り開くというところに、この映画のメッセージがある。

新しいバンドを始めるにあたり、コナーはバンド・コンセプトを「未来派バンド」として打ち出す。

ここにも、また、ダブリンの現況を打破しようとする少年のメッセージが現れている。

「未来派バンド」の結末は、モーターボートによるアイルランド脱出だったのだ。

小さな船で荒波の海峡へと漕ぎ出したコナー少年が背負っているものは、恋人ラフィーナの夢だけではない。

1985年にアイルランドで生きるすべての人々の祈りが、コナー少年に託されていたのだ。

波を浴びてびしょ濡れになるコナーとラフィーナの姿は、1985年を生きるアイルランドの若者たちの姿でもある。

閉塞感からの脱出。

映画『シング・ストリート 未来へのうた』のメッセージは明確だ。

そして、その閉塞感は、少年が大人になるとき、誰もが一度は感じるものではなかっただろうか。

逆に言うと、不況下のダブリンそのものが、不安定な少年たちの投影だったと観ることもできる。

1980年代という時代設定も、アイルランドという地域設定も越えて、この作品は、かつて少年だった(あるいは少女だった)すべての人々の心に訴えかけてくる。

人は、いくつになっても、現状からの脱却を求め続ける生き物なのだ。

80年代ポップ・ミュージックが人生を変える

『シング・ストリート 未来へのうた』オリジナル・サウンドトラック『シング・ストリート 未来へのうた』オリジナル・サウンドトラック

ロック少年たちの未来を象徴するのは、ミュージック・ビデオである。

「この未来は堕落だ。見ろよ、彼は歌ってもいない」「ミュージック・ビデオだ。アートさ。最近の流行だ。音楽と映像の、この完璧な融合。簡潔で明快だ。見ろよ。どんな独裁者も勝てない」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

『トップ・オブ・ザ・ポップス』で、デュラン・デュラン『リオ』のミュージック・ビデオを観ながら、ブレンダンは未来を語っている(「未知数だけど、すげえバンドだ」)。

作品タイトル『シング・ストリート 未来へのうた』は、ジョン・カーニー監督『はじまりのうた』(2013)に対応したものだが、実際、この映画は未来への希望に満ち溢れている。

そして、次々に登場する80年代のポップ・ミュージックが、彼らの持つ未来への希望を支えている。

デュラン・デュランに触発されて「未来派バンド」を掲げたコナーは、デヴィッド・ボウイのビジュアルに影響を受けて、髪を染め、メイクをきめる(バクスター校長の逆鱗に触れた)。

さらに、孤児として生きるラフィーナの啓蒙によって、「悲しみの喜び」に目覚める。

「楽しい曲も作ってね。笑いたいの」「僕が不幸でも?」「”悲しみの喜び” を知って。それが愛よ。喜びと悲しみは一緒なの」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

兄(ブレンダン)は、「悲しみの中にも、幸せを見つけるってことさ」と言って、ザ・キュアーのアルバム『The Head On The Door』を渡してみせる。

ザ・キュアーとの出会いは、ビジュアルだけではない、ロックンロールのメッセージを、コナーに与えた。

「”悲しみと喜びは一緒” って何だよ?」「バカやイジメっ子だらけのクソだめだけど、生きてく。いいな? それが人生だ。僕は何とか受け入れて、アートをやってく」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

ザ・キュアーを通じて、ラフィーナの思いを音楽で表現したコナーは、確実に成長を遂げている。

バリーのイジメと真正面から向き合うようになる。

「君はオスカー・ワイルド似だ」「いつか殺す」「ムリだ。君は存在してない。僕の世界にいるとしても、歌詞のネタさ」「次に言う言葉に気をつけろ。ブン殴る」「やれよ。君は暴力だけだ。何も生まない」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

音楽的にも精神的にも成長したコナーは、バンドの代表曲となる「Drive It Like You Stole It(思いきりアクセルを踏め)」を完成させる。

それは「残骸から去ったのが許せないんだね」というフレーズから始まる、家族の崩壊と正面から向き合った曲だった。

ダリル・ホール&ジョン・オーツの「マンイーター」にインスパイアされたこの曲は、間違いなくシング・ストリート(バンド名)の代表曲となっている。

この曲のMV撮影で、コナーは夢を見る。

それは、学校の生徒やバクスター校長、家族、恋人ラフィーナなど、みんなが一体となって踊る名場面だ。

おそらく、コナーは、すべての人たちと和解したかったのだ(両親はもちろん、バクスター校長やイジメっ子たちを含めて)。

現実との乖離が大きい、このシーンは、だから切ない。

残骸から去ったのが許せないんだね
人生を変えたわけが理解できないのさ
僕は君との競争を終わりにしたかった
でも君は認めず もっと戦おうとする

僕は自由を求めて出てく 振り返らずに
ブルーのキャデラックで
エンストしたとき 天使の声がした

これは君の人生 どこでも行ける
ハンドルを握って アクセルを踏んで
これは君の人生 何にでもなれる
さあ かっ飛ばせ スピードを上げて
アクセルを踏め 思いきり踏め

ぬかるみにハマり 進めないこともある
傷やこすれに 速度を落とすことも
でも 待ってても 黄金は手に入らない
前に進まないなら 路上に置いていく

僕は自由を求めて 生意気もやめて
ブルーのキャデラックで
エンストしたとき 天使の声がした

これは君の人生 どこでも行ける
ハンドルを握って さあ かっ飛ばせ
アクセルを踏め

これは君の人生 どこでも行ける
ハンドルを握って アクセルを踏んで
これは君の人生 何にでもなれる
さあ かっ飛ばせ スピードを上げて
アクセルを踏め 思いきり踏め

シング・ストリート「思いきりアクセルを踏め」

歌詞とメロディで思いを可視化するロックンロールは、ひとつのアートだ。

その大切さを、コナーは、兄(ブレンダン)から教えられた。

「こいつは最低だ。最低の音楽はクズと一緒だ。セックスしたいだろ? 目的は彼女だろ? 他人の曲で口説くな。セックス・ピストルズが上手か? お前はスティリー・ダンか? 上手にやろうと思うな。それがロックだ。必死で練習しろ。カバーはよせ。パブでも結婚式でも、そこでもカバー・バンドが出るが、奴らオヤジは、真剣に音楽をやったことなんかない。曲を書く根性もない。ロックは覚悟を持て。冷笑されると」(ジョン・カーニー監督『シング・ストリート 未来へのうた』)

「ロックは覚悟を持て。冷笑されると」は、ブレンダン最高の名言だ(Rock n Roll is a risk. You risk being ridiculed.)。

以後、コナーは、学校内で嘲笑されることを恐れなくなる(「ホモ!」)。

彼は、大きな覚悟を持ったからだ。

兄ブレンダンは、ロックンロールを通して、弟コナーに人生を教えていたのだろう。

『シング・ストリート 未来へのうた』のオリジナル・サウンドトラックには、未来への希望を示す楽曲がラインナップされている(80年代の音楽なのに)。

80年代のグラマラスなポップスター像の象徴たるデュラン・デュラン「Rio」や、「愛はハッピーでサッドなもの」というラフィーナの主張をブレンダンが解釈した、ザ・キュアー「In Between Days」はじめ、ダリル・ホール&ジョン・オーツ「Maneater」、ジョー・ジャクソン「Steppin’ Out」、ザ・ジャム「Town Called Malice」、オープニングを飾ったモーターヘッド「Stay Clean」など、80年代の空気感を伝える名曲が並ぶ。

そして、こうしたラインナップに溶け込んで、80年代のポップ・シーンを見事に再現したシング・ストリートのオリジナル曲もいい。

ニュー・ロマンティック系ブリッシュバンドへのオマージュ「The Riddle Of Model」、ザ・ジャムの『The Gift』から生まれた「Up」、ザ・キュアーの影響を受けた「A Beautiful Sea」、ニューウェイヴ・ロックの「Girls」、バクスター校長批判の「Go Now」、ラフィーナに捧げるバラード「To Find You」など、聴きどころ満載。

ラスト・シーンを飾る「Go Now」は、『はじまりのうた』の主題歌「ロスト・スターズ」の延長線上にある曲で、アダム・レヴィーン(マルーン5)のボーカルを楽しむことができる。

映画を観ていない人でも、80年代のポップ・シーンが好きだという人には、ぜひオススメしたい、これは、80年代というひとつの時代のサウンドトラックである。

音楽が人生を変えてくれる。

それは、決して幻想ではない。

大切なことは、良いタイミングで、良い音楽と出会えるかどうか、ということだ。

僕たちの人生は、いつだって変化というチャンスを待ち続けているのだから。

ABOUT ME
みつの沫
バブル世代の文化系ビジネスマン。源氏パイと庄野潤三がお気に入り。