トーベ・ヤンソン「ムーミン谷の夏まつり」読了。
本作「ムーミン谷の夏まつり」は、1954年(昭和29年)に発表された長編小説である。
この年、著者は40歳だった。
洪水に流されていく劇場は、人生そのもののようなもの
平和な6月のムーミン谷を突如として襲った嵐。
大洪水に巻き込まれたムーミン一家とその仲間たちは、流されてきた建物へ移り住む。
その建物は、かつて「劇場」として使われていたもので、劇場内には「エンマ」という劇場ネズミが住みついていた。
「ここには、わけのわからないことが、いっぱいあるわ。だけど、ほんとうは、なんでも自分のなれているとおりにあるんだと思うほうが、おかしいのじゃないかしら?」(トーベ・ヤンソン「ムーミン谷の夏まつり」下村隆一・訳)
洪水に流される劇場内で暮らすうち、「ムーミントロール」と「スノークのお嬢さん」と「ちびのミイ」は、みんなと離れ離れになってしまう。
洪水に流されていたミイは、旅を続けてきたスナフキンに拾われて、その後の行動を一緒にすることになる。
さらに、ムーミントロールとスノークのお嬢さんは、孤独な「フイリフヨンカ」と出会い、一緒に夏まつりのイブを祝う。
その日は、夏至の前の夜で、夏まつりのイブには親しい人たちと一緒に御馳走を食べる習慣があったのだ。
しかし、楽しく夏まつりのイブのお祝いをしているムーミントロールたちに、思いがけない災難が降りかかる(その原因が、スナフキンにあったということをムーミントロールたちが知るのは、もちろん、ずっと後のことになるのだが)。
一方、ムーミントロールたちとはぐれてしまったパパとママは、エンマの指導を受けながら、ホムサやミーサやミムラねえさんたちと一緒に芝居をすることになる。
楽しいお芝居で人を集めれば、きっとムーミントロールたちと再会することができると、彼らは考えたのだ。
そして、夏まつりの日、ムーミンパパが脚本を書いたお芝居に、たくさんの観客が集まって来る。
するとエンマが、思いがけないことに、ものわかりのいいところを見せました。「もうこうなりゃ、くそおちつきに、おちつくことさ。そしたら、ひとりでに、うまくいくわい。それにな、お客ちゅうもんは、なんにもわからんのじゃ」(トーベ・ヤンソン「ムーミン谷の夏まつり」下村隆一・訳)
その中には、もちろんムーミントロールやスナフキンの姿もあったのだが、物語は意外な展開を辿っていくことになる、、、
嵐によって引き起こされた大洪水という災害に遭いながら、登場人物たちはそれぞれの個人的なトラブルと向き合いながら、洪水に流され続けていくという、奇妙な「旅」を続ける。
奇妙な旅は、いつしか日常となり、劇場で暮らす登場人物たちは、共同生命体として他者との関わり方を学んでいくのだが、彼らをひとつの集団としてまとめる役割を果たしているのが、すなわち「お芝居」である。
人は日常の中でも何かを演じ続けているものだとしたら、洪水に流されていく劇場は、我々の人生そのもののようなものかもしれない。
いつ沈むとも、どこへ流れつくとも知れぬのが、我々の人生というやつなのだから。
夏まつりのイブの夜のたき火
ムーミン谷の夏まつりは、フィンランドの夏至祭りを思い出させる。
「夏まつり、おめでとう!」と、スノークのおじょうさんがいいました。「どうも、ごしんせつさま。夏まつり、おめでとう」と、フィリフヨンカは、どぎまぎして、いいました。(トーベ・ヤンソン「ムーミン谷の夏まつり」下村隆一・訳)
6月の夏至の夜、フィンランドの人々は焚き火でお祝いをする習慣があるというが、ムーミントロールたちも、スナフキンが引き抜いて捨ててしまった公園の立札を集めて、夏まつりの焚き火をして楽しむ。
北欧の夜だから、外はまだ明るくて「太陽はしばらく休んでいましたが、あすの日を待って、赤いすじだけは残しておきました」などという描写は、いかにも緯度の高い地方の夏を思わせてくれる。
日本の花火大会やお盆のお祭りとは趣きの異なる、北欧ならではの夏の情緒を楽しみたい物語である。
書名:ムーミン谷の夏まつり
著者:トーベ・ヤンソン
訳者:下村隆一
発行:2013/12/15
出版社:講談社青い鳥文庫