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【深読み考察】太宰治『走れメロス』の友情美談を「おかしい」と感じる感覚こそ正解。登場人物の心理から紐解く裏のテーマ

太宰治「走れメロス」あらすじ・感想・考察・解説

太宰治「走れメロス」は、数ある太宰作品のうち、日本で最も有名な作品の一つである。

理由は、国語の教科書に全編が掲載されているからだ。

同じく太宰の代表作である『人間失格』は、タイトルは知っていても、作品を通読したことのある人というのは、決して数多くはないだろう。

そして、「走れメロス」は、読み終えた者に「若干の違和感」を抱かせるということでは、非常に印象に残りやすい作品でもある。

今回は、この物語が与える「おかしい」という違和感の正体を、「太宰治の生きづらさ」という観点から考察してみたい。

【作品概要】太宰治『走れメロス』とはどんな小説なのか?

本作「走れメロス」は、太宰治の短篇小説である。

初出は、1940年(昭和15年)5月号『新潮』。

この年、作者は31歳だった。

作品集としては、1940年(昭和15)6月に河出書房から刊行された『女の決闘』に収録されている。

前年1939年(昭和14年)1月に結婚したばかりの太宰治にとって「安定期の作品」とされている。

「走れメロス」簡単なあらすじ(300文字)

本作「走れメロス」は友情の物語である。

① 身代わりとなった親友セリヌンティウス

暴君ディオニスの政治に激怒した青年(メロス)は、王城へ押し入るが、たちまち拘束されてしまう。

ディオニスはメロスに死刑を言い渡すが、メロスは「妹の結婚式が終わるまで、3日間だけ待ってくれ」と命乞いを申し出る。

メロスは親友セリヌンティウスを身代わりに置いて、村へ戻った。

② 妹の結婚と幸福な祝宴

メロスは妹の結婚相手を説得して、直ちに結婚式を挙げる。

それは、メロスにとって最高に幸せな祝宴だった。

しかし、既に「自分の体ではない」メロスは、3日目の朝、王城へ向かって出発する。

③ 王城へ向かって走るメロス

セリヌンティウスの待つ王城へ向かうメロスの行く手を、氾濫した川や山賊が邪魔をする。

疲労困憊となったメロスは、一度はあきらめかけるが、最後の力を振り絞って城へと走る。

約束どおり戻ってきたメロスとセリヌンティウスとの友情に感動した暴君ディオニスは改心し、町の人々も王の改心を祝福する。

「走れメロス」主な登場人物一覧

本作「走れメロス」の登場人物は少ない。

主人公メロス、親友セリヌンティウス、暴君ディオニスの関係が中心となる。

人物名 主な役割など
メロス 主人公。職業は「村の牧人」。シラクスから十里離れた村で暮らしている。父母や妻はなく、妹と二人暮らし。正義感が強く、感情的に行動する。人を疑うことと嘘をつくことがきらい。
セリヌンティウス メロスの親友。王城のあるシラクスに住んでいる。職業は「石工」。
ディオニス 国王。シラクスにある王城で暮らしている。
メロスの妹 16歳。名前はない。内気な性格で、兄の不在時に羊番をしている。
妹の花婿 メロスの妹の結婚相手。職業は「村の牧人」。律儀な性格。
山賊の一隊 メロスの行く手をはばむ。4人以上いるが、正確な人数は不明。
フィロストラトス セリヌンティウスの弟子の若い石工。

【考察1】「もっと恐ろしく大きいもの」とは何か?

本作「走れメロス」の軸は二つあって、一つは「暴君ディオニスとメロスの関係」、もう一つは「メロスと親友セリヌンティウス」の関係である。

① あらすじの違和感

邪悪な王様ディオニスは、「必ず戻ってくる」というメロスの約束を最初から信じていないし、メロスが約束どおりに戻ってきたことで、期待を大いに裏切られる。

一方、メロスとセリヌンティウスは固い信頼で結ばれているから、相手が約束を破るなんて夢にも考えていない。

この二つの関係が縦軸と横軸となって、物語を立体的に仕上げているのだが、太宰の作品としては、あらすじにかなりの無理があるようにも思える。

② 太宰治らしい「あきらめ」の心理

そもそも、この小説で、最も太宰治らしい場面は、メロスが約束を放り出して、何もかもあきらめてしまう部分である。

正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。(太宰治「走れメロス」)

偽悪家の太宰にとって、これはいかにも太宰治らしい台詞である。

しかし、メロスは湧き出る清水を飲んだことで、命を吹き返す。

③「もっと恐ろしく大きいもの」の正体

セリヌンティウスの弟子フィロストラトスに制止されても、メロスは走り続ける。

それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。(太宰治「走れメロス」)

「もっと恐ろしく大きいもの」とは、セリヌンティウスとの友情であり、もっと突き詰めると、それは、「友だちから信頼されている」という事実である。

他人から「信頼されている」という事実ほど、太宰を恐れさせたものはないのだろう。

なぜなら、信頼を裏切り続けることこそが、太宰治という人間の生涯だったからである。

「走れメロス」で描かれているのは、美しい友情の物語ではなく、信頼関係で結ばれることに対する作者の恐怖心だったのだ。

【考察2】なぜディオニス王はあっさり改心したのか?

「走れメロス」で、もっとも議論の的となるのが、暴君ディオニスが、最後にあっさりと改心してしまうところだろう。

①「万歳、王様万歳」と感激する群衆の正体

散々庶民を殺してきたうえ、今まさにセリヌンティウスを処刑しようとしていたくせに、二人の友情に感動したからといって「わしも仲間に入れてくれ」は、さすがに、オッサン、どうにかしてるだろうって感じである。

さらに「万歳、王様万歳」と感激する群衆も、あまりに単細胞で頭が悪すぎる。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい」どっと群衆の間に、歓声が起った。「万歳、王様万歳」(太宰治「走れメロス」)

読者はここに違和感を持つのだが、太宰が狙ったのはまさしく、この違和感である。

この物語に描かれた「愚かな王様と愚かな群衆」を、太宰はそのまま「日本という国」の中に見ていたのだ。

②「走れメロス」の正体は「戦争中の日本」

この小説が発表された1940年(昭和15年)、日本は既に中国と戦争状態にあった。

翌年の1946年(昭和16年)には、アメリカを相手に「太平洋戦争」を始めようとしている時代である。

国家という存在に対し、小説家として太宰治は、きっと言いたいことが山ほどあったはずだ。

大日本帝国に対するシニカルな怒りは、惨めすぎるほどに滑稽な王様と民衆の姿として描き出される。

ただし、熱い友情の美談という見えないオブラートにくるまれた状態で。

③ なぜ「おかしい」と思う感覚が正解なのか?

溶けたオブラートの中から現れるのは、王様と民衆の愚かさと、そんな国家に対する怒りである。

ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。(太宰治「走れメロス」)

だから、この「走れメロス」という小説は、「おかしい」と思う感覚こそ正解なのであって、これを友情の美談として素直に受け止められる人は、かなり幸せな人だと思う(それはそれで結構なことだけれど)。

大体、あの太宰治が、熱い友情の美談なんて書くはずがない。

もしも、これ(「走れメロス」)が志賀直哉の書いた作品だとしたら、太宰はきっとこう吐き捨てるだろう。

「げっ、恥ずかしい!」

【考察3】「走れメロス」は実話なのか?元ネタの正体

本作「走れメロス」には、太宰治自身の体験が下敷きになっている。

【元ネタ】親友・檀一雄に対する太宰治の裏切り

熱海の旅館に滞留している太宰を檀一雄が迎えに行ったとき、宿代を支払えなかった太宰は、壇を身代わりに置いて、東京の井伏鱒二のところへ金を借りに出かけた。

何日経っても戻ってこない太宰にしびれを切らした檀が井伏家へ乗り込むと、太宰は井伏さんと二人、悠々と将棋を指していたという。

キレた檀に向かって太宰が言った一言が「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね」

これこそ、まさしく等身大の太宰治であって、「走れメロス」は、そんな太宰が描いた夢物語(ファンタジー)の世界である。

※この実話を収録した檀一雄の小説『小説 太宰治』については、別記事「檀一雄『小説 太宰治』女郎屋通いで育まれた若き作家たちの友情」で詳しく紹介しています。

檀一雄「小説 太宰治」女郎屋通いで育まれた若き作家たちの友情
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まとめ│愚劣な王様こそ「太宰治」の姿だった

そもそも、太宰だって、そんなに美しい友情が実際に存在するとは考えていなかっただろう。

悪い人間がそんな簡単に改心するなんて思ってもいなかったに違いない。

「走れメロス」は、しょせんは小説の中だけで成立する架空の物語なのだ。

ただ、もしかすると、、、と思うのは、太宰は、実は自分自身こそが変わりたいと思っていたのではないだろうか?、ということである。

なぜ「暴君ディオニス」が太宰治なのか?

愛し合った女性との間で、互いに信じあうことのできる美しい純愛を、太宰は求めていた。

しかし、女性を信じきることのできない自分を、太宰は変えたいと願っていたのだ。

もしかすると、愚劣な王様の姿こそ、作者自身(太宰治)が投影されたものではなかったか。

愛する妻に裏切られた過去を持つ太宰だからこそ、そんな発想があってもおかしくはない、、、としたらおもしろいけれど、太宰だったら「変わる必要があるのは自分じゃなくて女の方だ」とか言い出しそうな気もする(笑)

まあ、そうやって読んでいくと「走れメロス」も、意外と悪くない作品だと思う。

💡「友情と裏切りの物語」をもっと読みたい方へ

■夏目漱石『こころ』

夏目漱石の代表作『こころ』は、若者の友情と裏切りをリアルに描き出した青春小説です。

太宰治の「走れメロス」を読んだあとで夏目漱石の『こころ』を読むと、「友情」って何だろうと考えさせられますよ。

夏目漱石『こころ』なぜKと先生は自殺したのか?

■日本近代文学の名作おすすめ50選(まとめ記事)

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作品名:走れメロス
書名:教科書で読む名作 走れメロス・富嶽百景ほか
著者:太宰治
発行:2017/04/06
出版社:ちくま文庫

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ジェン
文芸コラム担当。感想以上、批評未満。深読み癖あり。感想はX(@jiku_hyohon)にてお待ちしています。