時間の地層に埋れたエピソードを発掘する「地層の読書コラム」。
今回は、村上春樹の小説『羊をめぐる冒険』に登場する「羊博士」のモデルとなった人の話です。
仔羊亭と羊博士──村上春樹の「羊博士」は実在した!?
1994年、亜瑠西社から『新版・札幌食べたい読本』(札幌AJi倶楽部)という本が出版された。
札幌市内の飲食店を紹介する「グルメガイド」だが、その中に村上春樹の『羊をめぐる冒険』に関するコラムが収録されている。
タイトルは「仔羊亭と羊博士──村上春樹の「羊博士」は実在した!?」というものだ。
その頃、札幌市内に「仔羊亭」というジンギスカン料理の店があり、その店主・忠海光朔さんが、村上春樹の「羊博士」を知っている、というストーリーだった。
果たして、「羊博士」は実在したのだろうか?
「羊博士」のモデルは元・道職員の平山秀介さん
忠海光朔さんが紹介してくれたのは、滝川畜産試験場の場長が連れてきた人物・平山秀介さんだった。
「羊博士」こと平山秀介さんは昭和9年生まれ。
かつては道職員として、滝川畜産試験場でめん羊の研究に取り組んでいたという。
平山さんが転属した1966年(昭和41年)当時、食肉としての羊の研究はまだ始まったばかりで、「ラム肉」という言葉さえ世間では通用しなかった。
羊肉の知名度が上がり始めるのは、1976年(昭和51年)の減反政策により生まれた休耕田の有効利用として、めん羊の飼育が注目され始めてからのことだ。
平山さんのもとに、全国各地から羊に興味を持つ若者たちが集まり始めたのも、この頃のことだったらしい。
村上春樹の『羊をめぐる冒険』が出版されたのと同じ1982年(昭和57年)、平山さんは『めん羊 有利な飼育法 (特産シリーズ 48)』という著作を出版している。
村上春樹の『羊をめぐる冒険』北海道取材旅行
『羊をめぐる冒険』の執筆にあたり、村上春樹は北海道内を取材旅行で訪れている。
秋に北海道に取材に行った。(略)札幌の役所で羊飼育に関する資料を調べたり、士別というところの牧場に行って、羊の飼育を研究されている先生にいろいろとお話を伺ったりした。(村上春樹「自作を語る・新しい出発」)
それは、1981年(昭和56年)の秋のことだった。
取材旅行の中で、村上春樹は平山秀介さんとも会ったらしい。
そんな中、東京の出版社から紹介でやってきたヒッピー風の若夫婦が、1日だけ滞在したことがあった。めん羊の勉強をしたいというので、羊を飼うためと信じ込んだ平山さんは、彼らに一生懸命説明したという。(札幌AJi倶楽部『新版・札幌食べたい読本』)
もちろん、当時「村上春樹」の知名度は、一部の文学好きの間で知られているものだった。
よほどの文学好きでなければ、「村上春樹」という名前にピンとこなかったとしても不思議ではない。
しばらくして、平山さんのもとに1冊の本が送られてきた。それは著者のサインが入った『羊をめぐる冒険』だった。平山さんは、その時初めてかのヒッピーが村上春樹夫妻だったことに気づいたそうである。(札幌AJi倶楽部『新版・札幌食べたい読本』)
それまでジャズ喫茶経営との兼業作家だった村上春樹が店を手放し、専業作家として初めて執筆に挑む作品が『羊をめぐる冒険』だった。
取材旅行のイメージが薄い村上春樹も、当時は綿密な執筆計画を立てていたのだろうか。
ご本人に本を読んだ印象を尋ねてみると、「よく分からなかったなあ。本人の印象と本の内容は随分違っていたけど(略)」と懐かしそうに話してくれた。(札幌AJi倶楽部『新版・札幌食べたい読本』)
逆に、平山秀介さんの印象は、そのまま『羊をめぐる冒険』に登場する「羊博士」として反映されていたのかもしれない。
まとめ│北海道の「羊博士」伝説
このコラムのポイントは、地元のグルメ・ガイドブックが、村上春樹の小説とつながっていたということだ。
地元飲食店に興味がなければ、この「羊博士伝説」に出会うこともなかったかもしれない。
しかも、それは「ジンギスカンの名店紹介」の脇を固める周辺記事として登場していた。
こんなところにも、北海道の奥深さみたいなものが潜んでいるような気がする。
北海道の文学好きにとって、村上春樹の『羊をめぐる冒険』は、やはり特別な小説だった。
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村上春樹の『羊をめぐる冒険』については、別記事「村上春樹『羊をめぐる冒険』完全考察│「羊」の正体・鼠の自殺・爆発の意味を読み解く」に、詳しい紹介があります。
