山川方夫「夏の葬列」を国語の教科書で読んで以降、すべての夏は「夏の葬列」の夏となった。
そこには「トラウマ」という言葉がしっくりくるほどの重たい読後感がある。
なぜこの短い戦争小説は、何十年も昔に授業で読んだきりの人の記憶にまで、爪痕を残し続けていくのだろうか。
本記事では、『夏の葬列』のあらすじを整理したうえで、作品の核心にある「罪」の構造について、詳しく考察していきたい。
山川方夫について
山川方夫は1930年(昭和5年)生まれ。
1965年(昭和40年)に34歳で交通事故により急逝した作家である。
慶應義塾大学在学中から創作を始め、文学雑誌『三田文学』の編集にも携わった。
短編・ショートショートの名手として知られ、『夏の葬列』はその代表作のひとつとして、長く中学校の国語教科書に採用されてきた。
戦争を直接的な悲惨さではなく、ひとりの男性の「内面の罪責感」として描いた点に、この作家の特徴がよく表れている。
『夏の葬列』基本情報
本作「夏の葬列」は、1962年(昭和37年)8月『ヒッチコック・マガジン』(第四巻第九号)に発表された短編小説である。
初出時の表題は「親しい友人たち・その7」(「親しい友人たち」のシリーズ名で発表された作品のひとつ)。
この年、著者は32歳だった(1965年、34歳で交通事故死)。
作品集としては、1963年(昭和38年)に講談社から刊行された『親しい友人たち』に収録されている。
『夏の葬列』あらすじ(ネタバレ要約)
サラリーマンになった「彼」は、出張の帰りに、かつて疎開していた田舎町へ十数年ぶりに足を運んだ。なだらかな丘のふもとで、喪服の人々が連なる葬列に行き合わせた「彼」の脳裏に、少年時代の苦い記憶がよみがえる。
戦時中、この町に疎開していた「彼」は、二つ年上の少女・ヒロ子さんと親しくしていた。気弱な「彼」をヒロ子さんはいつも気にかけ、実の姉のように世話を焼いてくれた。
ある夏の日、二人が並んで歩いていると、遠くに葬列が見えた。お悔やみを言えば供養のまんじゅうがもらえると聞いた「彼」は、食い意地から夢中で駆け出す。そのとき、上空に米軍の艦載機が現れ、機銃掃射が始まった。
とっさに芋畑に伏せた「彼」のもとへ、白いワンピース姿のヒロ子さんが「早く逃げるの」と駆け寄ってくる。だが「彼」は「目立てば狙われる」という恐怖から、とっさに「向こうへ行け」と叫び、全身の力でヒロ子さんを突き飛ばしてしまう。次の瞬間、強い衝撃とともに、ヒロ子さんの体がゴムマリのように宙に浮くのを「彼」は見た。
その翌日、戦争は終わった。「彼」はヒロ子さんの安否を確かめないまま、逃げるように東京へ帰っていったのだ。
十数年後の現在、目の前を通り過ぎる葬列の中の遺影に、彼は「老いたヒロ子さん」の面影を見つけ、「彼女は生きていたのだ」と安堵する。だが、居合わせた地元の少年によると、葬列はヒロ子さんの母親のものだった。米軍の艦載機に娘を殺されたショックで精神を病んだ母親は、一昨日、とうとう川へ身投げしてしまったのだ。
自分は二人の人間を殺してしまったのかもしれない――その事実を受け容れて、「彼」は静かに駅へと向かった。
【考察1】「艦載機」と「大きな石」――恐怖はどう文章化されたか
① なぜ「大きな石が飛び出したような気がした」のか?
物語の転換点となる空襲の描写で印象的なのが、丘の陰から現れた艦載機を、最初は「大きな石」のように見えたと表現している点だ。
正面の丘のかげから、大きな石が飛び出したような気がしたのはその途中でだった。(山川方夫「夏の葬列」)
少年の目には、それがすぐに軍用機だとは認識できないほど、艦載機はすごいスピードで現れている。
「石」という無機質で身近なものにたとえることで、状況をまだ理解しきれていない子どもの視点が、そのまま文章に写し取られているのだ。
② なぜカタカナの「カンサイキ」なのか?
そして「カンサイキだ」という叫び声とともに、それが「艦載機」――空母から発艦する米軍の戦闘機――だと判明した瞬間、平和な日常は一気に生死の境界線へと反転する。
叫び声があがった。「カンサイキだあ」と、その声はどなった。艦載機だ。(山川方夫「夏の葬列」)
「カンサイキ」と「艦載機」。
言葉の表現によって生み出された「落差」は、少年の恐怖を巧みに表現している。
【考察2】「ゴムマリ」と白いワンピース――身体感覚と色彩の演出
① なぜ「ゴムマリのように」だったのか?
「彼」がヒロ子さんを突き飛ばした直後、その体が「ゴムマリのように」宙に浮いた。
悲鳴を、彼は聞かなかった。(略)あたりに砂埃のような幕が立って、彼は彼の手で仰向けに突きとばされたヒロ子さんがまるでゴムマリのようにはずんで空中に浮くのを見た。(山川方夫「夏の葬列」)
人間の体を「ゴムマリ(弾む球)」に喩えることによって、「突き飛ばし」という行為の軽さと、その結果の重さとの間にある落差を、読者は感じなければならない。
②「白いワンピース」の効果とは?
さらに、ヒロ子さんが身につけていた「白いワンピース」も、重要な演出となっている。
緑の芋畑の中でも目立つ「白い服」は、優しい彼女のイメージを作るものである一方、戦闘機の標的にもなりやすい色でもあった。
「おーい、ひっこんでろその女の子、だめ、走っちゃだめ! 白い服はぜっこうの目標になるんだ、……おい!」(山川方夫「夏の葬列」)
男の叫び声が、少年の恐怖心をあおった(「白い服――ヒロ子さんだ。きっと、ヒロ子さんは撃たれて死んじゃうんだ」)。
「優しさ」の裏側に「死」の恐怖がある――。
それは平和な日常の中にさえ生命の危険が潜むという、戦争中の暮らしを象徴的に表していた。
【考察3】核心の問い――「彼」は有罪か、無罪か?
① ヒロ子さんを殺したのは誰か?
多くの読者が引っかかるのは、「彼」がヒロ子さんを突き飛ばした行為と、彼女が負傷した結果との因果関係だろう。
ヒロ子さんが傷を負ったのは「突き飛ばされたこと」そのものによるものなのか、それとも「機銃掃射の弾」によるものなのか。
作者は、その境界をあえて曖昧にしたまま、物語を進めていく。
そこに「戦争」が持つ難しさがある。
② 戦争によって露出する「人間の醜さ」
戦争中、人々は生き残ることに必死だった。
自分が生き残るために、あるいは家族を守るために、彼らは日本人としての倫理観さえ捨てなければならなかった。
それは「戦争」という非常時によって露わとなった「人間の醜さ」である。
③「エゴ」を抱えたままで生きるということ
人間が本来持っている「エゴ」が、艦載機の登場によって剥き出しになった。
少年を批判することは簡単かもしれない。
大切なことは、我々人間は、そうした「エゴ」を抱えたままで生きている、ということだ。
ヒロ子を突き飛ばした少年の姿は、もしかすると「僕たち」だったかもしれない。
つまり「罪」は、我々すべての中に潜んでいるのだ。
【考察4】もう一つの死――ヒロ子さんの母という二重の悲劇
①「母親の死」が意味するものとは?
物語の終盤、目の前の葬列がヒロ子さんのものではなく、彼女の母親のものだったという事実が明かされる。
娘を失った母親は、十数年ものあいだ悲しみを抱え続けた末に、自ら命を絶ったのだ。
「彼」にとって「母親の死」は、より重い罪の意識をもたらすことになる。
② 彼の中に埋葬される「ふたつの死」の意味とは?
ヒロ子さんひとりの死であれば、それは「戦争」という不可抗力のなかで起きた一つの悲劇として、どこかで割り切ることができたかもしれない。
しかし、残された母親の長い苦しみまで知ってしまうことで、「彼」の罪は時間的な広がりを持つものへと変わった。
彼は、葬列のあとは追わなかった。追う必要がなかった。この二つの死は、結局、おれのなかに埋葬されるほかはないのだ。(山川方夫「夏の葬列」)
ヒロ子さんを突き飛ばした、あのときの行動を受け容れて、彼は生きていかなくてはならない。
③「偶然の皮肉」が持つ意味とは?
夏の葬列に出会った彼は「偶然の皮肉」に茫然としている。
でも、なんという皮肉だろう、と彼は口の中でいった。あれから、おれはこの傷にさわりたくない一心で海岸のこの町を避けつづけてきたというのに。そうして今日、せっかく十数年後のこの町、現在のあの芋畑をながめて、はっきりと敗戦の夏のあの記憶を自分の現在から追放し、過去の中に封印してしまって、自分の身をかるくするためにだけおれはこの町に下りてみたというのに。……まったく、なんという偶然の皮肉だろう。(山川方夫「夏の葬列」)
この「偶然の皮肉」こそ、本作『夏の葬列』という短篇小説が持つ、ストーリーのおもしろさである。
ヒロ子さんの生存を確認して、罪の意識から解放されるはずが、ヒロ子さんだけではなく、その母親の死まで、彼は背負うことになった。
そこに人間の運命の不思議が隠されていると言えるだろう。
④「足どりを確実なもの」にしていた理由
二人の死を受け容れて、彼は駅へと向かった。
思いながら、彼はアーケードの下の道を歩いていた。もはや逃げ場所はないのだという意識が、彼の足どりをひどく確実なものにしていた。(山川方夫「夏の葬列」)
彼の足取りを確実なものにしていたものは、彼自身の「開き直り」である。
ヒロ子さんを殺したかどうか分からない、もしかすると殺していないかもしれないという漠然とした不安は、もはや確かな事実として確定した。
彼に「逃げ場所はない」のだ。
ある意味、彼は自分自身の戦争に、本当の意味で「決着」をつけたのである。
そのことが、この絶望の物語に、微かな希望を与えている。
彼は二人の死を弔いながら生き続けていくことだろう。
【考察5】「彼」と「おれ」という人称の違いの意味
①「彼」という三人称の効果とは?
本作『夏の葬列』は、「私」ではなく「彼」という三人称で語られる物語だ。
自分自身の「罪の記憶」を扱うにもかかわらず一人称を採らない語り方により、書き手と主人公との間に一定の距離感を置く効果が生まれている。
真夏の太陽がじかに首すじに照りつけ、眩暈めまいに似たものをおぼえながら、彼は、ふと、自分には夏以外の季節がなかったような気がしていた。(山川方夫「夏の葬列」)
それは「この物語は特定の誰かひとりの特殊な体験ではなく、誰にでも起こりうる普遍的な出来事だ」と感じさせる働きを持っていたかもしれない。
同時に、主人公自身が自分の過去の行為を、まるで他人の出来事であるかのように突き放して見つめようとしている――そんな心理的な距離感の表れとして読むこともできる。
② なぜ「おれ」が使われているのか?
三人称の小説にもかかわらず、作中にはときどき「おれ」という表現が使われている。
おれはまったくの無罪なのだ!(略)おれの殺人は、幻影にすぎなかった。あれからの年月、重くるしくおれをとりまきつづけていた一つの夏の記憶、それはおれの妄想、おれの悪夢でしかなかったのだ。(山川方夫「夏の葬列」)
それは「彼」という仮面の下に隠された、もうひとりの「彼自身」の声である。
ヒロ子さんを突き飛ばして以降、彼は罪の意識の中で生きていた。
あのときの自分を忘れようとして、あるいは、忘れたふりをしながら、彼は生きてきた。
しかし、ヒロ子が生きていたかもしれないという一瞬の期待は、本当の自分を蘇らせた。
「おれ」は「彼」のエゴであり、ヒロ子さんを突き飛ばしたあのときの「少年」である。
人間の内面を描くために、作者は「彼」と「おれ」という二つの人称を、ひとつの物語の中へ組みこんだのだろう。
『夏の葬列』が伝えたいことは何か?
本作『夏の葬列』に描かれているのは、単なる「戦争の悲惨さ」ではない。
作者が本当に伝えたかったことは、極限状況に置かれたとき、人は自分の身を守るために、かばってくれる相手さえ突き放してしまうことがある、という「人間の弱さ」そのものだった。
あるいは、それは「戦争の時代」を生きてきた人々にとって共通の「夏の葬列体験」だったかもしれない。
しかし、エゴは、いつでも我々の中に潜んでいる。
その恐怖そのものが、本作『夏の葬列』の、最も大きなテーマだったのかもしれない。
なぜ『夏の葬列』は国語の教科書に載り続けるのか?
この小説を僕は学校の授業でも習ったし、国語担当の塾講師として働いてきたときには、子どもたちに教える側にもなった。
『夏の葬列』が長年にわたり中学校の国語教科書で読まれ続けているのは、短編でありながら「あらすじを追うだけでは終わらない」構造を持っているからだ。
本作『夏の葬列』は、裏読みが求められる小説である。
印刷されている文章だけではなく、文字として書かれてはいない「行間を読むこと」が必要な物語なのだ。
表面的な出来事の裏側に、視点の距離感や象徴表現、因果関係の曖昧さといった、読み解きの余地が、幾重にも仕込まれている。
授業で扱いやすい短さと、大人になってからも読み返すたびに新しい発見がある奥行きを併せ持つ点が、教材として選ばれ続けている理由だと考えられる。
『夏の葬列』よくある質問
Q. 『夏の葬列』の全文はどこで読める?
著作権保護期間が満了しているため、青空文庫で全文を無料で読むことができる。
Q. 結局、ヒロ子さんは生きていたのか?
物語の中では、彼女のその後は直接描かれない。
「彼」が目にした葬列は母親のものであり、ヒロ子さん自身の生死は明言されないまま終わる。
しかし、子どもたちの証言から推測すると、ヒロ子さんはあのとき死んでしまったのだろう。
「だってさ、あの小母さん、なにしろ戦争でね、一人きりの女の子がこの畑で機銃で撃たれて死んじゃってね、それからずっと気が違っちゃってたんだもんさ」(山川方夫「夏の葬列」)
Q. 実話がもとになっている作品なのか?
作者・山川方夫は、戦時中に疎開を経験しているが、本作自体は事実そのものの記録ではなく、創作された短編小説である。
まとめ│『夏の葬列』に描かれているもの
『夏の葬列』は、戦争という特殊な状況を借りて、誰の中にもある自己保身の弱さと、その記憶がもたらす罪の重さを描いた作品である。
あらすじだけを知って終わるにはもったいない、深読みを楽しみたい文学作品だ。
国語の授業で読んだきりの人も、この機会にもう一度、青空文庫でその文章に触れ直してみてはいかがだろうか?
すべての夏は『夏の葬列』の夏なのだから。

文学ブログ『時空標本』では、昭和時代の小説の紹介に力を入れています。
詳細は、まとめ記事「【昭和文学のおすすめ名作30選】高校生に読んでほしい初期〜後期の小説を時代別に徹底解説」をご覧ください。



