札幌の西線の電車通りに北海道ハイヤー会館がある。
ここは、『挽歌』の代表作で知られる女流作家・原田康子の暮らした町だ。
1968年(昭和43年)11月『月刊さっぽろ』に発表されたエッセイ「うつりかわり」に、当時のことが書かれている。
それから銀行の向かいにはタクシー協会とやらができた。高い建物ではないけれど、前庭をひろく取ってあり、大きな庭石などを配して、お天気のよい日は庭石はまぶしく輝き、なかなか立派である。(原田康子「うつりかわり」)
「タクシー協会」とあるのが北海道ハイヤー協会で、そのビルが北海道ハイヤー会館である。
大きな庭石を配した前庭は、しばしば地域のイベント会場としても開放されている。
札幌・西線電車通りの盆踊り大会
8月15日(土)・16日(日)の2日間、このハイヤー会館で盆踊り大会が開催された。
電車通りに面した壁に、協賛スポンサーの名前がずらりと並ぶのも、今や夏の風物詩と言っていい。
子どもたちの叩く太鼓の音が、電車通り一帯に反響している。
これは、まさしく地域のお祭りだ。
最初に「子供盆おどり唄」が流れて、次に「北海盆歌」、最後に再び「子供盆おどり唄」が流れる。
「子供盆おどり唄」を聴かなければ、お盆の感じがしないと主張する道産子は多い。
「子供盆おどり唄」は、夏の北海道を象徴する音楽なのだ。
そして、過去記事でも紹介しているとおり、「子供盆おどり唄」は北海道民俗の歴史でもあった。
▶『北海盆唄』と『子供盆おどり歌』北海道の盆踊り唄はなぜ卑猥だったのか
あれから長い時間を経て、「子供盆おどり唄」はすっかりと北海道の子どもたちに定着したらしい。
ハイヤー会館の盆踊り大会
電車通りに響く音楽に誘われて、近隣の人たちがハイヤー会館へと集まってくる。
南北へ走る市電の中からも、この盆踊り会場はさぞかし目立っていたはずだ。
西線電車通りと南九条通りとの角にあって、このハイヤー会館は地域のランドマークにもなっているのだから。
ここの盆踊り会場には、他の会場のように焼き鳥やビールを売る露店が立たない。
来場者はあくまで盆踊りを踊ることを目的として、この会場までやってきている。
あるいは、懐かしい音楽を聴くために。
陽が沈んで、盆踊りのやぐらが夕闇に包まれると、風はいつの間にか涼しくなっていた。
札幌の短い夏は、お盆とともに過ぎ去っていく。
まとめ│真夏の夜の夢のように
月曜日の朝の出勤時、盆踊りのやぐらは既になかった。
どうやら、昨晩のうちに撤去されたものらしい。
まるで真夏の夜の夢のような盆踊り大会。
ハイヤー会館の横を通り過ぎたとき、一瞬、夏の後ろ姿が見えたような気がした。
札幌の夏は、あまりにも短すぎる。
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札幌の盆踊りについては、次の記事でも紹介しています。
▶【札幌物語】札幌の盆踊り紀行|庄野潤三『明夫と良二』と、消えていく「当たり前」の風景




