夏目漱石『三四郎』は、田舎の高等学校を卒業したばかりの青年が、見るものすべてに戸惑いながら、東京という都市の中に自分の居場所を探していく物語である。

熊本の高等学校を卒業して東京へ出てきた青年・小川三四郎の孤独と混乱。

この記事では、夏目漱石『三四郎』のあらすじと登場人物を、初めて読む方にも分かりやすく解説していきたい。

【作品概要】『三四郎』とはどんな作品なのか

①『朝日新聞』連載小説

本作『三四郎』は、1908年(明治41年)9月から12月まで『東京朝日新聞』『大阪朝日新聞』に連載された長篇小説である。

連載の年、作者・夏目漱石は41歳だった。

連載開始前、作者は『朝日新聞』の担当者に宛てて、次のような「予告文」を送付している。

小生のはじめつけた名は「三四郎」に候。「三四郎」尤も平凡にてよろしくと存候。(田舎の高等学校を卒業して東京の大学に這入った三四郎が新しい空気に触れる、そうして同輩だの先輩だの若い女だのに接触して色々に動いて来る)(夏目漱石から渋川柳次郎宛て書簡より)

「括弧書き」の中の文章が、『朝日新聞』紙上に「予告」として掲載された。

つまり、作者・夏目漱石は、本作『三四郎』で、「田舎」からやってきた「平凡」な若者の「上京物語」を描こうと考えていたのである。

② 夏目漱石の「前期三部作」

『三四郎』(1908)、『それから』(1909)、『門』(1910)の三作は一般に、夏目漱石の「前期三部作」と呼ばれている。

「三部作」の最初の作品が、本作『三四郎』である。

単行本は、1909年(明治42年)5月に春陽堂から刊行された。

③「実在モデル」と言われる人物たち

『三四郎』の登場人物には、漱石門下の若者たちの姿が反映されている。

例えば、主人公「三四郎」のモデルは、後に『漱石全集』の編集を担当する小宮豊隆で、本作『三四郎』では、1908年(明治41年)夏に小宮から漱石へと送った手紙が、作品の材料として実際に利用されていることを、小宮自身が後に明らかにしている。

理学者で先輩の「野々宮さん」は寺田寅彦がモデルで、親友「与次郎」は、童話作家として知られている鈴木三重吉。

いずれも漱石門下生として、当時、漱石のもとに出入りしていた青年たちで、彼らの実際の体験が、小説の中には反映されている。

「新しい女」として描かれる美女「里見美禰子」のモデルは、漱石の弟子・森田草平と心中未遂事件を起こした「平塚らいてう」だったとする説が有力。

彼らのリーダー的存在である「広田先生」は、旧制第一高等学校の教授・岩元禎がモデルとされ、作中の口癖はこの人物に由来するとも伝えられている。

広田先生の友人の洋画家「原口さん」は、『吾輩は猫である』の装幀を手掛けた橋口五葉がモデルになったとする説がある。

『三四郎』簡単なあらすじ(ネタバレ要約)

①熊本から東京へ―汽車の中の出会い

熊本の高等学校を卒業した小川三四郎は、東京帝国大学に進学するため、汽車に乗って上京する。

名古屋で乗り合わせた見知らぬ女と同室に泊まることになった一夜、三四郎は自らの意気地のなさを女から指摘され、都会というものへの気後れをはじめて味わう。

もう一人、汽車の中で言葉を交わした中学教師風の男は、後に思わぬ形で三四郎の前に再登場することになる。

東京に着いた三四郎は、東京帝国大学に入学する。

故郷の熊本とはまるで違う空気の中で、三四郎はまず、都市そのものの大きさと騒がしさに圧倒されていた。

②東京帝国大学と「三つの世界」

大学生活が始まると、三四郎の周囲には次第に人間関係が広がっていった。

特に、世話好きで軽妙な親友「佐々木与次郎」は、三四郎を東京の生活へと引きこんでいく。

汽車で出会った中学教師風の男は、佐々木与次郎が書生をしている家の「広田先生」だった。

母親の紹介で出会った理学者「野々宮宗八」も広田先生の教え子で、物語はこうした知識階級の人々を中心に進められていく。

広田先生は旧制高等学校の講師でありながら、飄々とした態度で世間を眺めている。

三四郎は、故郷から抜け出せない自分と、学問に打ち込む野々宮の世界と、そして与次郎に連れられて触れる都会の華やかな世界という、いくつもの「世界」の狭間に立たされていることに気づいていく。

与次郎の企てによって広田先生の引っ越しを手伝う一幕や、大学の運動会での出来事などを通じて、三四郎の交友関係は少しずつ厚みを増していった。

③美禰子という「ストレイシープ」

そんな三四郎の前に現れたのが、同年輩の美しい女性「里見美禰子」だった。

野々宮さんの妹「よし子」の友人でもある美禰子は、知的で自由な振る舞いを見せながらも、どこか捉えどころのない態度で三四郎に接する。

三四郎は次第に美禰子に心を惹かれていくが、野々宮さんと美禰子との関係に嫉妬を感じながら、二人の距離は近づいたり離れたりを繰り返さなければならない。

洋画家・原口画伯のアトリエで美禰子の肖像画が描かれる場面や、金銭の貸し借りをめぐるやり取りを経て、三四郎の恋心は徐々に輪郭を帯びていく。

しかし物語の終盤、美禰子は、兄・恭助の友人で、もともとよし子に縁談を申し込んでいた男性との結婚を決めてしまう。

美禰子が三四郎に残したものは、「迷羊(ストレイ シープ)」という、不思議な言葉だけだった。

『三四郎』登場人物紹介

小川三四郎(おがわ・さんしろう)
熊本の高等学校を卒業し、東京帝国大学に進学するため上京した青年。田舎育ちゆえの純朴さと、都会に対する戸惑いを併せ持つ。23歳。

里見美禰子(さとみ・みねこ)
三四郎が心惹かれる女性。広田先生に英語を教わっている。知的で自由な振る舞いを見せる一方、その真意はつかみにくい。両親はなく、兄・恭介と二人で暮らしている。三四郎と同年輩。

広田先生
上京する三四郎が汽車の中で出会った中学教師風の人物。実は高等学校の教師であり、飄々とした言動の中に独自の哲学を持っている。若者たちのリーダー的存在。美禰子の亡くなった兄と親友だった。40歳くらい。

佐々木与次郎(ささき・よじろう)
三四郎と大学で知り合う友人。専門学校を卒業後、東京帝国大学の選科に入った行動派で、広田先生の家に寄宿している。世話好きで軽妙な性格だが、金銭面などではかなり無責任な一面も持つ。

野々宮宗八(ののみや・そうはち)
理科大学で研究に打ち込む学者。美禰子の兄・里美恭介とは同窓で、美禰子とも親しい野々宮さんは、三四郎にとって「学問の世界」の象徴的存在でもあった。30歳。

よし子
野々宮の妹。美禰子の友人で、明るく屈託のない性格。

原口画伯
広田先生の友人の洋画家。広田先生や美禰子の亡くなった兄と仲間だった。美禰子の肖像画を手がける人物として物語に登場する。

『三四郎』は何を描いた物語なのか?

①「青春小説」としての『三四郎』

本作『三四郎』は、青春小説である。

随筆家としても知られる英文学者の福原麟太郎は、『三四郎』をこよなく愛読したという。

『三四郎』では、「女は秋の中に立っている」という。そういうとき美禰子は読者にとって永遠の女性である。(福原麟太郎「漱石解説への一つの試み」)

同時代を生きた若者たちにとって、ヒロイン・里見美禰子は、新しい時代を象徴するマドンナだったらしい。

『三四郎』は、主人公の小川三四郎が、愛する里見美禰子に失恋する悲恋物語である。

青春小説として『三四郎』は非常に優れた文学作品だと言っていい。

②「教養小説」としての『三四郎』

本作『三四郎』は、主人公・三四郎の成長を描いた教養小説(ビルドゥングス・ロマン)とも言われている。

「ビルドゥングス・ロマン」とは、若い主人公の成長を描いた物語のことで、ゲーテ『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』をはじめ、ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』やトーマス・マン『魔の山』、ディケンズ『オリヴァー・ツイスト』など、多くの名作が「ビルドゥングス・ロマン」のスタイルに則っている。

熊本から上京してきた若者が、東京のエリート集団の中で様々な経験をする『三四郎』も、やはり、教養小説のひとつだった。

ただし、三四郎の成長は「簡単に分かるような形」では描かれていない。

広田先生の大学への転任が実現しなかったことや、美禰子との失恋という経験から、三四郎は何を学んだのか?

それは、それぞれの読者が考えなければならない宿題である。

③「市民小説」としての『三四郎』

さらに『三四郎』は、日本の成長を描いた物語でもある。

古い時代から新しい時代へと移行する中で、人々は戸惑っていた。

その戸惑いを描いた小説が『三四郎』だった、とも言える。

日本の近代化そのものに対する批判を口にする広田先生の主張は、実は、三四郎たち若者の未来を予言する言葉だったかもしれない。

『三四郎』のおもしろさは、一青年の青春ドラマに留まらない、こうした物語の深さにある。

つまり、青春小説であり、恋愛小説であり、成長物語であり、市民小説でもある『三四郎』は、様々な読み方が許される文学作品だった、ということだ。

我々読者は自由な形で、この古典的名作を読み解く権利を有しているのである。

まとめ|三四郎が見た、いくつもの「世界」

熊本から出てきたばかりの青年は、「故郷の世界」と「学問の世界」と「都会の華やかな世界」という、いくつもの異なる「世界」の狭間に立たされていた。

三四郎にとって、東京での日々は、そのどこにも完全には属せないまま、少しずつ自分の位置を探っていく時間だったと言える。

新しい時代の中で、彼は孤独だった。

その孤独を抱えながら、彼は新しい仲間たちとの交流の中で、自分の居場所を探していく。

美禰子との淡い恋も、与次郎や野々宮さんとの交友も、すべては三四郎という一人の青年が、東京という新しい世界の中で、自分自身の輪郭を確かめていく過程だったのだ。

そういう意味で、本作『三四郎』は、青春という一瞬の季節が持つ、頼りなさと眩しさの両方を、今なお静かに伝えている作品だったとも言えるのだろう。

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本作『三四郎』の伝えたいことや謎の言葉の意味については、次の記事で詳しく解説しています。

なぜ美禰子は「迷える羊」と呟いたのか?夏目漱石が『三四郎』に込めた青春の彷徨

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文学ブログ『時空標本』では、夏目漱石の作品に力を入れています。

詳細は、次の記事をご覧ください。

夏目漱石の代表作おすすめランキング10選!初心者向けの読む順番や魅力を徹底解説

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モグラのジェン
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