宮崎誉子『派遣ちゃん』は、暗黒の2000年代を象徴する小説である。

「派遣ちゃん」というタイトルの作品はなく、「青瓢箪」「欠落」の2作品が収録された作品集のタイトルが『派遣ちゃん』だった。

この記事では、『派遣ちゃん』のあらすじを紹介しながら、『派遣ちゃん』が生まれた背景について考察していきたい。

『派遣ちゃん』作者・宮崎誉子とは?

宮崎誉子(みやざき・よしこ)

1972年千葉県生れ。

98年「世界の終わり」で第3回リトルモア・ストリートノベル大賞を受賞。

著書に『世界の終わり』『セーフサイダー』『日々の泡』『少女@ロボット』『三日月』がある。

2004年「POPザウルス(A面)」が川端康成文学賞の候補に、06年『少女@ロボット』が三島由紀夫賞の候補となる。

『派遣ちゃん』あらすじ

本作『派遣ちゃん』には、二つの短編小説が収録されている。

①「青瓢箪」宮崎誉子

派遣会社への登録を希望して、面接を受け続ける女性・水野みゆき。

残業の多い正社員生活を辞めて、彼女は派遣社員として生きていこうとするが、派遣されるのは決して簡単なことではない。

派遣された会社では、大切にされない「派遣社員」という身分の難しさを痛切に味わう。

「なんか自分で選んだけど派遣社員は希望ないよね」(宮崎誉子「青瓢箪」)

自宅では、27歳の兄が「小説家」を目指して、ニート生活を続けていた。

派遣社員の女性が、社会と家庭との接続点となって、生きることの難しい時代を浮き彫りにしていく。

②「欠落」宮崎誉子

派遣会社に登録された鳩山太一。

派遣された会社では、正社員と派遣社員との確執があり、派遣社員同士の間でも派閥争いがあった。

不器用な彼は、派遣先の仕事に、なかなか慣れることができない。

「言い訳はしない。自分がこう処理するって対処法を考えられないなら、安い時給の仕事で一生満足するしかないのよ」(宮崎誉子「欠落」)

理不尽な上司を喧嘩をして退職した友人・マサル君は、深夜にホテルの掃除をして働いている。

好き嫌いで仕事を選ぶことのできるほど、生活に余裕のなかった時代が、そこには描かれている。

『派遣ちゃん』とは何か?

2000年代後半に生まれた『派遣ちゃん』とは、いったい何だったのだろうか?

①「派遣切り」と「年越し派遣村」の時代

本作『派遣ちゃん』の帯には「働く僕らのリアルを描く、新世代のプロレタリア文学!」と書かれている。

収録作品の初出は、次のとおり。

「青瓢箪」
2008年12月号『新潮』

「欠落」
2007年9月号『新潮』

2007年(平成19年)から2008年(平成20年)がどんな時代だったのかということが、本作『派遣ちゃん』の背景となっている。

2000年(平成12年)に「ITバブル」が崩壊し、2001年(平成13年)には、アメリカで同時多発テロが発生。

バブル破綻後の平成不況で「暗闇」の中を走り続ける日本も大きな影響を受け、2003年(平成15年)には「りそな銀行」に公的資金が注入される事態となった。

「郵政民営化」が実施されるのは、そんな時代の2007年(平成19年)で、2008年(平成20年)には「リーマン・ブラザーズ破綻」という、新たな事件が発生。

『派遣ちゃん』に登場する若者たちが生きているのは、そんな「とんでもなく不安定な時代」である。

「リーマン・ショック」の影響を受けた企業は、非常時を乗り切るために非正規労働者をターゲットとして人員削減を進めた。

いわゆる「派遣切り」により生活の場所を失った人々が溢れ、2008年(平成20年)年末には、日比谷公園に「年越し派遣村」が登場するまでの、大きな社会問題となっていく。

②「正社員」か「派遣社員」かで待遇が異なる格差社会

本作『派遣ちゃん』が描いているのは、そんな不安定な時代を生きる若者たちの生き様である。

人員削減によりスリム化された会社では、長時間労働が当たり前となり、「ブラック企業」に愛想をつかした社員は退職して「派遣社員」の道を選ぶ。

しかし、「派遣社員」としての生き方は、決して簡単なものではなかった。

会社組織は「正社員」か「派遣社員」かで待遇が異なる格差社会である。

「今から仕事場の四階まで階段で行きます。エレベーターは社員さんとお客様専用なんで使わないようにして下さい」(宮崎誉子「欠落」)

もちろん、「使い捨て」の生き方を尊ぶ価値観も、そこにはあったかもしれない(「青瓢箪」の主人公みゆきのように)。

彼らが目指しているのは「幸福な人生」ではなく、「今を生きること」だった。

我々が生きている現代は、そんな時代の延長線上にある。

まとめ│『派遣ちゃん』が遺したもの

「欠落」が発表された2007年(平成19年)、作者の宮崎誉子は35歳だった。

「あとがき」で、彼女は次のように述べている。

私の周りで、派遣切りはないです。今のところ。これから押し寄せてくる不安はあります。正直仕方ないと思うんですよ。責任を問われない、時間の融通がきく(実際は問われる、融通もきかない場合が多い)という理由で派遣を選ぶ人もいると思うので、一概には言えないです。(宮崎誉子『派遣ちゃん』あとがき)

問題は、多くの若者たちにとって「仕事を選ぶことのできない時代」があった、ということだ。

「団塊の世代」が一斉に退職した「2007年問題」以降、少子化社会の中で人手不足は加速化し、今や空前の「売り手市場」となっている。

宮崎誉子の『派遣ちゃん』が伝えているものは、つまり、時代に翻弄されて生きることの難しさではなかったか。

生れた時代で人生が変わる──。

そんな不安定な社会を、今も僕たちは生き続けているのだ。

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詳細は、次の記事をご覧ください。

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