十川信介『近代日本文学案内』解説|名作の読み方を変える「3つの視点」
十川信介『近代日本文学案内』を読むと、近代文学の新しい読み方を発見することができる。
なぜなら、この本は、作家や潮流にとらわれない形での「近代文学ガイド」となっているからだ。
この記事では、本作『近代日本文学案内』の魅力について解説していきたい。
『近代日本文学案内』3つの視点
本作『近代日本文学案内』は「日本の近代文学を読んでみたい」と考えている人のための入門書である。
ただし、いわゆる「文学ガイド」とは異なるということを、あらかじめ理解しておいた方がいい。
なぜなら、本書は、著者が独自に設定する「3つの視点」から近代文学をガイドする構成となっているからだ。
① 立身出世物語:故郷と都会の往還
最初の視点は「時代の主流を形成してきた立身出世の欲望」である。
一般に「近代文学」とは、明治以降の文学を指すことが多い。
明治維新とは、若者たちに「新しい未来」が与えられた時代だった。
高野辰之・作詞、岡野貞一・作曲による文部省唱歌「ふるさと」は、まさしくそんな時代の若者たちの希望を歌ったものだ。
こころざしをはたして
いつの日にか帰らん
山はあおき故郷
水は清き故郷
(文部省唱歌「ふるさと」)
「志(こころざし)」とは、つまり、都会で出世して(偉くなって)、田舎(故郷)へ帰ることである。
卒業式の定番「仰げば尊し」の「身を立て 名をあげ やよ 励めよ」というフレーズも、同様のものだろう。
「身を立て 名をあげ」とあるのは、つまり「立身出世」のことである。
中村正直『西国立志編』と福沢諭吉『学問のすすめ』によって確立された「立志─上京─苦学─成功」の図式は、文学作品の中にも反映された。
本書では「立身出世物語」の視点から、明治・大正・昭和初期の小説を読み解いていく。
明治維新以来、無数の人間が東京と西洋をめざし、西洋の文化、学問を身につけようと励んだ。「脱亜入洋」とか「和魂洋才」とかのスローガンは、たしかにわが国を「近代国家」として発展させたが、それと同時に、何かしっくり来ない違和感と不安とを植えつけた。(十川信介「近代日本文学案内」)
近代化が進む潮流の中で、古い結束にすがろうとした人々と新しい価値観で生きようとする人々の葛藤は、文学作品の中へと刻まれた。
それは「近代化」というの波に翻弄された、若者たちの物語でもあったかもしれない。
【重要な作品】
・坪内逍遥『当世書生気質』
・二葉亭四迷『浮雲』
・森鷗外『舞姫』
・尾崎紅葉『金色夜叉』
・島崎藤村『破戒』
・夏目漱石『三四郎』
・林芙美子『放浪記』
② 近代文学のなかの別世界:他界と異界のはなし
ふたつめの視点は「現実社会に飽きたらぬ、またそこからこぼれ落ちた人びとが紡いだ別世界の願望」である。
明治以降の文明開化は、江戸時代までの「異界」を駆逐するとともに、新たな「異界」を創り出した。
幸田露伴や泉鏡花は、文明開化の時代の「不思議」を、近代文学として物語化することに成功した作家たちである。
近代の異界は「日常の裏にある非日常」のなかにあったが、近代化がもたらした最大の「異界」は、人間のなかに潜む「心の闇」を発見したことだろう。
近代科学は人間のなかにある「無意識」を発見し、夏目漱石『こころ』のように、深層心理を掘り下げる作業が、文学においても始まったのである。
他界や異界の物語は、古代から引き続く伝承・民話・宗教の甦りと、近代文明が作り上げた世界、さらには人間の無意識に降り立った異界に大別されるが、(略)(十川信介「近代日本文学案内」)
分身やドッペルゲンガーといった「もうひとりの自分」という存在が、そこではクローズアップされていく。
深層心理の追究は、江戸川乱歩をはじめとする探偵小説の世界にまで及んだ。
【重要な作品】
・幸田露伴『対髑髏』
・泉鏡花『高野聖』
・内田百閒『冥途』
・萩原朔太郎『月に吠える』
・夏目漱石『夢十夜』
・牧野信一『ゼーロン』
・江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』
・谷崎潤一郎『吉野葛』
・夢野久作『ドグラ・マグラ』
③ 移動の時代:「交通」のはなし
近代文明は、人間の深層心理に踏みこむと同時に、交通機関の発達により、新しい日常をもたらした。
三つ目の視点は「新たに登場した交通機関、通信手段と文学との関わり」である。
人力車の登場によって始まった明治の近代文明は、馬車から汽車へとスピード化を促し、人々の日常を大きく変えた。
交通機関の普及は「見知らぬ人と空間を共有する」という、新しい体験を日本人にもたらし、このような「交通体験」は、当然、人間関係のあり方にも大きな影響を与えていった。
船舶旅行の普及は、一般市民にも海外渡航(洋行)への道を開き、森鴎外や夏目漱石をはじめ、島崎藤村や有島武郎、永井荷風、横光利一など、多くの文学者たちも「外国」を日本文学の中へと採り入れていく。
【重要な作品】
・芥川龍之介『開花の殺人』
・夏目漱石『虞美人草』
・志賀直哉『暗夜行路』
・宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
・有島武郎『或る女』
・島崎藤村『新生』
・横光利一『旅愁』
・石川達三『蒼氓』
・川端康成『雪国』
・小林多喜二『蟹工船』
『近代日本文学案内』という「気づき」
本作『近代日本文学案内』から得られる「気づき」を、三つだけ挙げておきたい。
①「近代文学」という新しい世界
ひとつめは、近代文学は「常に新しい世界を描いていた」という歴史的な事実である。
明治文学や大正文学というと、我々は過去の遺産を眺めているような気持ちになるが、作品の中にあるのは「今という新しい時代」である。
新しい時代の中で人々は悩み、葛藤し、時には苦しんだ。
その葛藤を現代社会へと繋げていくことで、近代文学の読み方が広がるのではないだろうか。
②「現代文学」への応用
二つめは、現代文学への応用である。
本作『近代日本文学案内』では、現代という目線から近代文学を俯瞰していくが、我々が未来という目線を持ったとき、現代文学もまた「過去の文学」として俯瞰することができるはずだ。
目まぐるしく時代が移り変わる中、少なくとも5年前・10年前は既に過去の歴史の中にある。
もしかすると「歴史を読み解く」という視点から、現代文学を見つめることも必要なのかもしれない。
③「村上春樹」の読み方
そして、三つめは「村上春樹の読み方」への影響である。
本書を読みながら、僕は何度も村上春樹の小説を思い出していた。
特に「心の闇」に象徴される「近代的な異界の物語」は、まさしく村上春樹の小説世界そのものである。
アメリカ文学の強い影響下にあると言われる村上春樹だが、意外と近代日本文学とも近い世界にいるのかもしれない。
日本の近代化が欧米の影響を受けている以上、アメリカ文学との共通点があることは当然だとしても。
まとめ│『近代日本文学案内』のすすめ
ということで、僕は「これから近代文学の小説を読みたい」というすべての方に、本書『近代日本文学案内』をおすすめしたい。
本書は、作家や作品の紹介にとどまらず、文学作品の読み解き方を添えた、優秀なガイドブックである。
その中には「有名な作品」から「超マイナー級の作品」まで、様々な小説が登場している。
「近代文学とは何か?」ということを感覚的に理解する上でも、本書は有効なガイドブックとなってくれることだろう。
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詳細は、次の記事からご覧ください。
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