村上春樹『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』は、理解不能な現代社会の中で生きる現代人の意識を可視化した短編小説である。

なぜ、「歴史的な出来事」と「何もない日常」とが一緒に並べられているのか?

この記事では、本作『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』のあらすじを整理するとともに、「意味不明」と言われることが多いこの物語の主題について考察していきたい。

3行でわかる『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』

日常(平穏と突風の予兆)
日曜の午後に几帳面に日記をつけていた「僕」は、快晴の天気図を裏切るように突然吹き荒れ始めた猛烈な強風に気づき、窓を閉めて部屋にこもる。

事件(受話器を塞ぐ強風と来訪)
恋人からの電話を取ると受話器はインディアン蜂起のような激しい風音に満たされるが、やがて風は嘘のように止み、彼女は何事もなかったかのように鍋の具材を持って現れる。

結末(世界の平穏と周到なシステム)
不条理な突風の理由を突き止めることは諦めつつも、「僕」は世界の荒れ模様を独自の歴史的暗号(システム)に変換してメモに残し、自らの秩序を保ち続ける。

『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』簡単なあらすじ(要約)

日曜日の午後二時七分、几帳面に一週間分の日記をまとめていた「僕」は、窓の外で突如として猛烈な風が吹き荒れはじめたことに気づく。朝の洗濯時には風など微塵もなく、天気図を見ても降水確率ゼロの「全盛時のローマ帝国のように平和な日曜日」であるはずだった。

二時三十六分、鳴り響いた電話を取ると、受話器からは「一八八一年のインディアンの一斉蜂起」を思わせる凄まじい風音だけが轟き、そのまま切れてしまう。気を取り直して日記(前日に観た映画のナチス侵入)を書き終えた頃、三時四十八分に再び電話が鳴る。今度は風音もなく、恋人から「カキ鍋の材料を持って行く」と告げられる。彼女が言う通り、風は四時五分前にぱたりと止んだ。

外の世界は何事もなかったかのように元の平穏を取り戻し、やってきた彼女は台所で手際よく鍋の準備を始める。「なぜ風が吹いたのか」という謎は解けないままだが、「僕」は今日起きた一連の出来事を独自のメモ(ローマ帝国の崩壊、インディアン蜂起、ヒットラーの侵入)にまとめ、風が吹こうと吹くまいと揺るがない自分自身のシステムを守り続けるのだった。

【考察】「強風」が象徴するものは何か?

『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』は、平和な日常に突然入りこんだ異質な存在「強風」の物語である。

①「歴史的エピソード」の意味

問題は、主人公の「僕」が、この異質な存在にまったく頓着していないことだ。

彼は、周囲の出来事に疑問を感じたり、内省的に自分の人生を追究したりしない。

彼に関心があるのは、彼が生きている現実世界のみであり、日記をつけることによって自分の生活を維持している。

八十パーセントの事実と二十パーセントの省察というのが、日記記述についてのポリシーだ。(村上春樹『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』)

彼は自分の日常を「ローマ帝国の崩壊」や「一八八一年のインディアン蜂起」「ヒットラーのポーランド侵入」などといった歴史的エピソードに置き換えて記録していく。

史実は矮小化されて、個人の日常が歴史化されていくのだ。

②「謎の強風」の正体とは?

一方で、彼は「謎の強風」の意味を探ろうともしない。

吹き荒れる風の中で、彼は「三十パーセントくらいの軽いため息」をつきながら、ガール・フレンドとの「眼かくしをつけたセックス」について考えているだけだ。

現実世界の中に侵入してきた異物としての強風は、まるで「眼かくし」されたように無視されていく。

「風については私たちの知らないことはいっぱいあるのよ。古代史や癌や海底や宇宙やセックスについて私たちの知らないことがいっぱいあるようにね」(村上春樹『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』)

「知らないこと」は「知らないままで生きていこう」。

人生に対するそんな態度が、彼らの中にはあった。

この物語は、自分たちの日常の中で生きることだけに関心がある、そんな現代人を描いた寓話なのである。

【解説】海外に紹介された『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』

本作『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』は、早くから海外に紹介されたことでも知られる。

『月刊カドカワ』1986年1月号に発表された翌年の1987年には、ドイツの文芸誌『Neue Rundschau』に掲載され、ドイツの読者に「まったく新しい日本の現代文学」として村上春樹を知らしめるきっかけとなった。

さらに、その翌年の1988年には、モービル石油が発行する雑誌『The Magazine』1988年3月号に掲載されたことにより、英語圏の読者にもこの物語が伝えられている。

日本にも逆輸入された『The Elephant Vanishes』(象の消滅)に収録されるのが1993年だから、かなり早い段階から、この作品は海外の読者にも紹介されていたということになる。

もっとも、海外での評価としては「実存・孤立・無意味・日記・感情の希薄化」などと分析される一方で、「意味不明でつまらない」という一般読者の声も多かったようだ(つまり、日本と同じ)。

「謎の強風」にも無関心な主人公像は、カミュ『異邦人』の主人公ムルソーのように「無意味・不条理の世界に置かれた人物」として理解される読み方が、中心だったのではないだろうか。

なお、ジャズ・ミュージシャンのFumi Tomita(フミ・トミタ)は、2019年に発売したアルバム『The Elephant Vanishes: Jazz Interpretations of the Short Stories of Haruki Murakami』の中で、この作品を手厚く採りあげている。

Part 1: The Fall of the Roman Empire
Part 2: 1881 Indian Uprising
Part 3: Hitler’s Invasion of Poland
Part 4: The Realm of Raging Winds

「意味不明なもの」に「意味付けすること」の意味が、この物語には与えられていたのかもしれない。

まとめ│理解不能な現代社会の中で

本作『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』は、理解不能な現代社会の中で生きるカップルの姿を描いた物語である。

理解不能な社会の中で我々は、理解に追いつかない現実をただ受け容れるしかない。

そんなあきらめにも似た無力感が、この作品からは漂っているのではないだろうか。

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本作を収録した短編集『パン屋再襲撃』については、次の記事で詳しく解説しています。

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