夏目漱石『文鳥』あらすじと考察|美しい女の正体と語り手の冷酷さ
夏目漱石の『文鳥』は、失われることの苦しさを描いた短編小説である。
文鳥に託された「謎の女性」への思い。
この記事では、本作『文鳥』のあらすじを整理するとともに、「謎の女性」の正体について考察していきたい。
3行でわかる『文鳥』
日常(気晴らしの飼育)
門下生の勧めで気晴らしに文鳥を飼い始めた語り手は、その愛らしい仕草に魅了され、かつて心を通わせた「ある女性」の記憶を重ね合わせていく。
事件(忘却と放置)
多忙な執筆活動と日常の倦怠の中で鳥への関心は次第に薄れ、餌やりや水替えを忘れて放置した結果、文鳥は籠の底で冷たく息絶えてしまう。
結末(責任転嫁と残酷な余韻)
死んだ文鳥を庭に埋めながらも、語り手はその死を下女の怠慢のせいに仕立て上げ、自らのエゴイズムと冷徹さを抱えたまま日常へと戻る。
『文鳥』簡単なあらすじ(要約)
秋の初め、門下生の鈴木三重吉から勧められた語り手の「自分」は、退屈しのぎと気晴らしのために一羽の白い文鳥を飼い始める。手入れの行き届いた鳥籠の中で、千代紙の折り鶴のように小さく跳ね、涼やかな声で鳴く文鳥の可憐な姿に、「自分」はかつて出会った「ある美しい女性」の面影を重ね合わせ、深い愛着を覚えるようになった。
しかし、執筆の多忙や生活の煩わしさに追われるにつれ、文鳥への関心は急速に薄れていく。「自分」は自ら世話をすることを怠り、下女や書生任せにして餌や水を与えることすら忘れる日々が続いた。冷え込みが厳しくなったある朝、文鳥は誰にも看取られることなく、餌の尽きた籠の底で足を硬直させて息絶えていた。
「自分」は庭の敷石のそばに文鳥を埋葬しつつも、その死の責任を下女の不届きによるものだと心の中でなじり、三重吉へ「実に可哀想な事をした」と冷徹なはがきを書き送る。生き物を鑑賞物として弄び、死に追いやった自らの身勝手なエゴイズムを冷ややかに見つめながら、物語は幕を閉じる。
【考察】「美しい女」の正体とは?
①「美しい女」の化身
本作『文鳥』では、文鳥とともに描かれる「美しい女性」が、もうひとつの主人公となっている。
女は薄紅くなった頬を上げて、ほそい手を額の前にかざしながら、不思議そうにまばたきをした。この女とこの文鳥とはおそらく同じ心持だろう。(夏目漱石「文鳥」)
物語の語り手である「自分」にとって、文鳥は「美しい女」の化身だったと言っていい。
むしろ、かつて手に入れることのできなかった「美しい女」の姿を、主人公は「文鳥」に見出しているのだ。
その意味で、主人公は「謎の女」を語るために「文鳥」を語っているとも言える。
②失われていくものたち
「文鳥」と「謎の女」との共通点は、いずれも「主人公の手には残らない存在だった」ということだ。
文鳥が自分を見た時、自分はふとこの女の事を思い出した。この女は今嫁に行った。(夏目漱石「文鳥」)
「謎の女」が嫁に行ったように、「文鳥」はあっけなく死んでしまう。
物語が描いているのは、何一つ手に入れることのできなかった主人公の悲痛な喪失感である。
もしかすると、主人公は「文鳥」が死んだときに初めて、「謎の女」の思い出を語る術を見つけたのかもしれない。
女を失った悲しみは、それだけでは語ることができないほどに大きなものだったのだ。
③エゴイスティックな結末の意味
主人公は、文鳥が死んだ原因を家族のせいにしている。
そうして三重吉へ端書(はがき)をかいた。「家人(うちのもの)が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。(夏目漱石「文鳥」)
文鳥が死んでしまった原因は、主人公が小説を書くのに没頭して、文鳥の存在を忘れてしまったからである。
しかし、主人公は文鳥の死の責任を背負うことはできない。
なぜなら、それは、嫁に行った女に対する責任を背負うことでもあったからだ。
「たのみもせぬものを籠へ入れて」という言葉の中に、嫁に行った女に対する思いはなかっただろうか。
結局、女を失ったときと同じように、主人公は、自身の喪失感と向き合うことができなかった。
本作『文鳥』が描いているのは、大きな喪失感と向き合うことの難しさである。
向き合うことが困難なほどに、彼は傷ついていたのではないだろうか。
【解説】『文鳥』は実話なのか?
本作『文鳥』は、作者・夏目漱石の実体験を下敷きにしたフィクションとして受け止められている。
①夏目家の文鳥
夏目漱石の家では、『吾輩は猫である』の「猫」を飼っていたように、『文鳥』の「文鳥」も飼っていた。
死んだ文鳥を猫の墓の隣に埋めたことは、妻・夏目鏡子の『漱石の思い出』にも書かれている。
俥屋に頼んで蜜柑箱に入れて、それを書斎裏の桜の樹の下に埋めました。(略)その後文鳥が死んでここへ埋められ、それからまた犬が死んで同じくここに葬られました。(夏目鏡子『漱石の思い出』)
漱石は、日常生活の中から小説を創り出すことの巧みな作家だった。
②三重吉の「例の件」
文鳥の死には、三重吉の「例の件」が深く関わっている。
自分はこの朝、三重吉から例の件で某所まで来てくれと云う手紙を受取った。(夏目漱石「文鳥」)
「三重吉」とあるのは、『赤い鳥』で活躍した児童文学者・鈴木三重吉のことで、漱石は三重吉の勧めで文鳥を飼い始めた。
鈴木三重吉の小説『三月七日』(のちに『鳥』と改題)には、文鳥が登場している。
主人公は「いくら当人が承知だって、そんな所へ嫁にやるのは行末よくあるまい」「いったん行けばむやみに出られるものじゃない」などと、「例の件」と「文鳥」と「美しい女」とを重ね合わせて、物語に立体感を生み出している。
③「美しい女」のモデル
本作『文鳥』に登場する「美しい女」のモデルは、「日根野れん」だとする説がある。
日根野れんは、夏目漱石の養父・塩原昌之助の後妻の連れ子で、漱石(幼名・金之助)が塩原家へ養子に出されていた時期、日根野かつ(れんの母)やれんと共に暮らしていたという。
当時のことは、自伝的長編『道草』に詳しく、『道草』に登場する「御縫(おぬい)」も、「日根野れん」がモデルだったと考えられている。
「御縫さんて人はよっぽど容色(きりょう)が好いんですか」「なぜ」「だってあなたの御嫁にするって話があったんだそうじゃありませんか」(夏目漱石『道草』)
もしかすると「文鳥」は、作者の心の深いところにあった「古傷」を象徴する存在だったのかもしれない。
まとめ│伝えられない喪失感
本作『文鳥』は、伝えることの難しい喪失感を伝えるための小説だったのではないだろうか。
痛ましい文鳥の死は、「美しい女」を失ったときの苦しみと重ね合わせて語られている。
おそらく、主人公の喪失感は、語ることのできない傷痕を、彼の中に残していたのだ。
読者は「文鳥の死」を通じて、「美しい女」を失った主人公の気持ちを共有することができる。
逆に言うと「文鳥の死」でなければ伝えられないほどに大きな苦しみが、彼の中にはあったのかもしれない。
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