村上春樹と村上龍の対談『IN・POCKET』1985年10月号
月刊講談社文庫『IN・POCKET(イン・ポケット)』1985年10月号の特集は、村上春樹と村上龍の対談だった。
「ダブル村上」と称された時代、二人に対する読者の注目度には非常に高いものがあった。
この記事では、村上春樹と村上龍の対談の内容を紹介しながら、まだ若かった時代の二人の作家について考察していきたい。
作家ほど素敵な商売はない|村上春樹VS村上龍
当時、村上春樹は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を発表したばかりだった。
龍 春樹さんが千三百枚の書き下ろしに挑戦してるって聞いたときに、ほら、『文学界』に書いたやつあったでしょ、壁の街の話。あれが出てくるんじゃないかと思った。あれはね、うまく処理しないと。春樹さんは読者に対してあんまりサービスしない世界だから。自分が偉いんだみたいな感じで書く人だからね。(『イン・ポケット』1985年10月号)
春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を、龍は一晩で読み終えたという。
龍 これは勝手な推測ですけど、春樹さんにしたら壁の街というのは本当に自分の街だから、もっとちゃんとそれを書かなきゃいけないみたいな思いがすごくあったと思うんだ。(『イン・ポケット』1985年10月号)
春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、第21回谷崎潤一郎賞を受賞する名作となった。
第3回野間文芸新人賞を受賞した、龍の『コインロッカー・ベイビーズ』も、やはり八百八十枚の書き下ろしだった。
龍 書き下ろしっていうのは、まずおカネをためなきゃいけないんですよね。(『イン・ポケット』1985年10月号)
書き下ろしの執筆に専念している間は、経済的な不安を乗り越えなければならない。
それでも、仕事に集中できるというメリットが、書き下ろしにはあったのだろう。
春樹 ぼくは連載しないんですよ。わりに不器用でできないんです。書下ろしをやってると、全部仕事断っちゃうでしょ。すごい楽なんです。(『イン・ポケット』1985年10月号)
性格が異なる二人の「村上」は、〆切に対する考え方も異なっていたらしい。
春樹は「締切の一週間前にあげてないと不安でしょうがない」と言い、龍は「ぼくは、なんかせかされないと書けないんです」と言う。
当時、龍が『週刊現代』に連載していた作品は、『愛と幻想のファシズム』だった。
デタッチメントの作家・村上春樹
特集タイトル「作家ほど素敵な商売はない」は、春樹の発言が元となっている。
春樹 書く商売ってしんどいけど、すごく面白いんですよね。僕もいろんな仕事やったけど、書くことぐらい楽でいい仕事ないですよ。人と付き合わなくていいし、それから勤めに出なくていいでしょ。(『イン・ポケット』1985年10月号)
司会の島森路子は、二人が「真っ黒に日焼けしている」ことを指摘している。
島森 お二人ともまっ黒に日焼けしてるし、一見、まったく作家じゃない。そういうところがお二人の魅力の一つになっているような気がします。(『イン・ポケット』1985年10月号)
「和服を着て、髪はボサボサ」という、旧来の作家像とは、二人ともかけ離れた存在だった。
春樹 朝はだいたい六時ぐらいに起きるでしょ。で、飯食って走って、あとは泳いだりサーフィンやりに行ったり。海が近いんで。(『イン・ポケット』1985年10月号)
春樹がジョギングを楽しむのに対して、龍はテニスを楽しんでいた。
最大の違いは、村上春樹は「ひとり」だった、ということだろう。
春樹 走る場合は独りで、相手はいないんですよね。ぼくは、どうも人とやるスポーツは、ちょっとねえ。迷惑かけるのもいやだし、かけられるのもちょっと困るしね。(『イン・ポケット』1985年10月号)
龍はコミュニケーションを楽しみ、春樹は孤独を楽しむ。
春樹 終わったあとで飲みに行こうっていうのも、あんまり好きじゃない。決して人間嫌いとか、そういうんじゃないんだけど。(『イン・ポケット』1985年10月号)
いわゆるデタッチメントの作家、それが村上春樹という作家だったのだろう。
一方、龍は「ぼくはたまにやった仲間と飲んだりするんですよね」と言う。
こうした生き方の違いは、あるいは、文学作品にも反映されていたのだろうか。
龍 たとえば、自分という現象の外に出るというのがすごく。麻薬とかセックスとか犯罪とか、自分の意識とか自分でいま持ってる価値観を突き破ってくるものとか、それは昔からきっと興味があったんだと思う。(『イン・ポケット』1985年10月号)
春樹の小説は「意識の範囲内で書いている」というように、自分の内面を掘り下げる小説だった。
なお、村上龍と村上春樹には、『村上龍VS村上春樹 ウォーク・ドント・ラン』という対談集もあるので、併せてご覧いただきたい。
まとめ│対照的な二人の「男」
島森路子の「対照的な二人の『男』」によると、対談が終わったあとの食事会にも、村上春樹は参加しなかったらしい。
村上春樹は「ちょっと失礼」と立ち上がり、電話をかけて戻ってくると、次の約束があるから僕はここで、ととてもキチンと帰っていった。(『イン・ポケット』1985年10月号)
大きな声で笑いながら、龍は「春樹さんもくればよかったのにねえ」と、二度つぶやいたという。
誤解をおそれずに言えば、村上春樹は「男」ではない。村上龍は男だ、といったニュアンスで男ではない、と私は思う。(『イン・ポケット』1985年10月号)
二人の男たちは、その作品の中で、自分自身を主張していた。
作家を理解するためには、やはり作品と向き合わなければいけないのだろう。
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文学ブログ『時空標本』では、村上春樹の紹介に力を入れています。
また、村上龍の作品については、次の記事で詳しく解説しています。
