カポーティ『ティファニーで朝食を』あらすじと考察|タイトルの意味と映画との違い
トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』は、「安住の地」を求めてさまよい続ける女性の物語である。
彼女は、なぜ「ティファニーで朝食を食べたい」と言ったのか?
この記事では、本作『ティファニーで朝食を』のあらすじや登場人物をわかりやすく整理するとともに、タイトルの意味について詳しく考察していきたい。
3行でわかるカポーティ『ティファニーで朝食を』
自由奔放な女性ホリー・ゴライトリー
第二次世界大戦中のニューヨーク。裕福な男性たちとの交際を楽しみながら自由気ままに暮らすホリー・ゴライトリーは、作家志望の青年「僕」と出会い、親しくなっていく。
自由の裏側に隠された孤独
故郷や家族との関係を断ち切り、過去を隠して生きるホリー。誰にも束縛されない自由を求めながら、心の奥では自分が安心して暮らせる場所を探し続けていた。
自分の居場所を探す旅
思いがけない事件によってニューヨークでの生活を失ったホリーは、再び新しい世界へと旅立つ。彼女が求めていたのは、誰にも所有されずに自分らしく生きられる場所だった。
『ティファニーで朝食を』簡単なあらすじ
第二次世界大戦中のニューヨーク。作家を目指す青年「僕」は、同じアパートに住む若い女性ホリー・ゴライトリーと知り合う。
ホリーは、美しい容姿と自由奔放な性格で、裕福な男性たちを魅了する不思議な女性だった。決まった仕事を持たず、男性たちとの交際を通じて生活する彼女は、誰にも束縛されることなく、自分の好きなように生きようとしていた。
そんなホリーに興味を抱いた「僕」は、彼女との交流を深めていく。やがて、ホリーには本名を捨て、故郷を離れてニューヨークへやって来た過去があることが明らかになる。
華やかな都会の生活を楽しむ一方で、ホリーは不安や孤独を抱えていた。彼女は「ティファニーで朝食を食べるようになっても、自分自身を失いたくない」と言う。
しかし、ある事件に巻き込まれたことで、ホリーの生活は大きく変わってしまった。
自由を求めて生きてきた彼女は、果たして、自分が本当に安心できる居場所を見つけることができるのだろうか。
『ティファニーで朝食を』の主な登場人物一覧
| 登場人物 | 人物紹介 |
|---|---|
| ホリー・ゴライトリー | 本作のヒロイン。ニューヨークで自由奔放に暮らす若い女性。裕福な男性たちと交際する一方、結婚している過去を隠し、誰にも束縛されない生活を求めている。 |
| ルラミー・バーンズ | ホリーの本当の名前。14歳の時、ドク・ゴライトリーと結婚して、ルラミー・ゴライトリーとなった。 |
| 僕(語り手) | 作家を目指す青年。ホリーと同じアパートに住み、彼女と親しくなる。ホリーからは、彼女の弟と同じ「フレッド」と呼ばれる。物語は彼の回想によって語られる。 |
| ジョー・ベル | ニューヨークのバーの主人。ホリーと「僕」の共通の知人。ホリーの消息に関する情報を「僕」に伝え、過去の回想が始まるきっかけをつくる。 |
| ドク・ゴライトリー | テキサスで暮らす獣医師。ホリーの夫で、彼女を故郷へ連れ戻そうとニューヨークを訪れる。ホリーの隠された過去を明らかにする人物。 |
| ホセ・イバラ=ハエガール | ブラジルの外交官。ホリーと恋愛関係になり、彼女はブラジルでの新生活を夢見るようになる。 |
| ラザファード(ラスティ)・トローラー | 裕福な青年。ホリーと親しく交際している男性の一人。後にマグ・ワイルドウッドと結婚する。 |
| マッグ・ワイルドウッド | モデルとして活動する女性。ホリーの友人で、一時期は同居する。ホリーとは複雑な友情関係にある。 |
| O・J・バーマン | ハリウッドの芸能関係者。ホリーを女優として売り出そうとした人物で、彼女の過去を知っている。 |
| サリー・トマト | シンシン刑務所に収監されている犯罪組織の関係者。ホリーは報酬を受け取って面会に通っており、その関係が後に事件へと発展する。 |
| フレッド | ホリーの弟。彼女が深い愛情を寄せる人物で、戦争に出征している。ホリーの精神的な支えとなっている。 |
| マダム・サフィア・スパネラ | アパートの一階に住んでいる歌手。男性が出入りするホリーの私生活に敵意を抱いている。 |
| 猫 | ホリーと一緒に暮らす、名前のない猫。ホリーが自分と猫の関係をどのように考えているかが、作品の重要な象徴となっている。 |
【考察】「ティファニーで朝食を」タイトルの意味
本作『ティファニーで朝食を』は、自分の居場所を求めてさまよい続ける、若い女性の物語である。
「ティファニー」が象徴するもの
主人公のホリー・ゴライトリーが求めていたのは、安定感のある生活だった。
「それはティファニーの店みたいなところ。といっても、宝石なんかどうだっていいのよ」(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』龍口直太郎・訳)
ホリーが盛んに口にする「あのいやな赤」とは、理由もなく突然襲ってくる不安や恐怖のことだが、彼女の不安の根底には、もしかすると、彼女自身の貧しい生い立ちや、安定した居場所を持てなかった過去があったのではないだろうか。
「あのいやな赤がはびこった」生活から逃れるために、彼女は「ティファニー」のような暮らしを求め続けていた。
その意味において「ティファニー」は「安住の場所」の象徴である。
彼女が求めているのは、ゴージャスな暮らしではなく、不安や恐怖に脅かされることのない、完璧に秩序だった世界だった。
「結局、自分で見つけたいちばんいい方法というのは、タクシーに乗ってティファニーの店に出かけること。そうすると、すぐに気分が落ち着いてくるのよ──あたりのシーンとした静けさや、誇らしげなお店の様子でね」(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』龍口直太郎・訳)
田舎育ちの彼女にとって、大都会ニューヨークにあるティファニーは、完璧な生活の象徴だったに違いない。
だからこそ、彼女は「ティファニーで朝食を食べるようになっても」などと言ったのだ。
彼女が憧れていたのは、隙のない完璧な生活だったのである。
「あのいやな赤」が象徴するもの
一方で、彼女は野生の動物のように自由でなければ生きていけない女性だった。
「今日は一マイル出かけてもどってくる。あすは二マイル行って帰ってくるというように、毎日少しずつ遠くへ足をのばすようになり、とうとうある日、行ったきり、もどってこなかったんでがすよ」(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』龍口直太郎・訳)
ルラミー(ホリー)が獣医師の夫(ドク・ゴライトリー)の元から去ったのは、彼女自身が「野生の獣」だったからだと言っていい。
夫がルラミーに買い与えたカラスと同じように、彼女もまた、夫の元では暮らすことのできない女だった。
なぜなら、彼女は「あのいやな赤」から逃れ続けなければならなかったからだ。
おそらく、彼女が望んでいたのは、最愛の弟フレッドとの幸福な生活である。
しかし、フレッドが戦死したことによって、彼女の人生は急展開しなければならなかった。
彼女の人生を変えた戦争は、ある意味において「あのいやな赤」だったのかもしれない。
「名前のない猫」が象徴するもの
ホリーと同居する「名前のない猫」は、最初からホリー自身の化身として登場している。
確かに、自由奔放で気まぐれなホリーは、まるで猫のような女性だった。
彼にどんな名前がつけられたのかしら、と私は思った。安住の場所を得た彼に名前のついていないはずはなかったからだ。(トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』龍口直太郎・訳)
「ミス・ホリー・ゴライトリー」の名刺には、いつでも「旅行中(トラヴェリング)」と印刷されていたように、彼女の猫にも名前はなかった。
彼らは、安住の地を探し求める放浪者たちの象徴だったからだ。
彼女は、大好きだったニューヨークを離れて、遠くアフリカを旅していたらしい。
それは「野生の獣」であるホリーに、いかにもふさわしい「安住の地」だったのではないだろうか。
名前のない猫が、彼自身の居場所を見つけたように、物語の語り手である「僕」は、ホリーにもきっと「安住の地」があるはずだと信じている。
あるいは、ホリーを失った彼自身こそが、「安住の地」を探し続けていたのかもしれない。
【解説】『ティファニーで朝食を』誕生秘話
本作『ティファニーで朝食を』(原題『Breakfast at Tiffany’s』)は、1958年(昭和33年)11月号のアメリカの雑誌『エスクァイア』に掲載され、同年、ランダムハウスから単行本が刊行された作品である。
「ティファニーで朝食を食べる」実在エピソード
ジェラルド・クラーク『カポーティ』によると、「高級宝飾店のティファニーで朝食を食べる」という発想には、実在するエピソードがあったらしい。
第二次大戦中、海兵隊員と仲良くなった男が、朝食を御馳走するために「どこへ行きたいかね? この街で一番値段の高い、最高級の店を言ってくれ」と言った。
地方の出身だった海兵隊員は、ニューヨークでは値段の張る高級な店は一つしか知らなかった。「じゃティファニーで朝食を食いたいね」(ジェラルド・クラーク『カポーティ』中野圭二・訳)
カポーティは、心の奥にある漠然とした不安(「あのいやな赤」)から逃れる場所として、「ティファニー」を引用した。
ヒロイン(ホリー・ゴライトリー)には、彼が知っている複数の女性が投影されたらしいが、多くの女性たちは「自分こそがホリー・ゴライトリーだ」と信じて疑わなかったという。
映画のヒロインはマリリン・モンローだった?
しかし、ハリウッド映画が選んだ主演女優オードリー・ヘプバーンは、カポーティの中のホリー・ゴライトリーとは、まったく異なるイメージを持つ女性だった。
トルーマンはのちに『ティファニーで朝食を』の映画化にあたって、ホリー・ゴライトリー役にマリリン・モンローを選ぶが、ヒロインについてちがうことを考えていたハリウッド側はオードリー・ヘップバーンを選んだ。「マリリンなら申し分なくすばらしかったと思うよ」(ジェラルド・クラーク『カポーティ』中野圭二・訳)
映画『ティファニーで朝食を』の成功は、オードリー・ヘプバーンの起用にあったが、映画『ティファニーで朝食を』の失敗もまた、オードリー・ヘプバーンの起用にあった。
良くも悪くも、映画版『ティファニーで朝食を』は、カポーティの考える原作小説とは、まったく異なる世界観を生み出してしまったのである。
【解説】原作小説と映画『ティファニーで朝食を』の違い
『ティファニーで朝食を』は、1961年(昭和36年)にオードリー・ヘプバーン主演で映画化され、世界的に知られるようになった。
ただし、原作小説と映画では、物語の内容が大きく異なっている。
原作小説は「恋愛小説」ではない
原作小説では、作家志望の青年「僕」の視点から、自由奔放な女性ホリー・ゴライトリーの生き方が描かれる。
二人の関係は恋愛ではなく、友情に近い。
一方、映画では、語り手の青年にポール・バージャックという名前が与えられ、ホリーとの恋愛が物語の中心となっている。
原作小説は「ハッピーエンド」ではない
最も大きな違いは結末である。
原作では、ホリーはニューヨークを去り、その後の消息はわからなくなる。
しかし、映画では、ホリーとポールが愛を確かめ合うハッピーエンドが用意されている。
つまり、原作小説が「自由と孤独」を描いた物語であるのに対し、映画は「愛によって孤独を乗り越える物語」へと変更されているのである。
原作小説に「ティファニーで朝食を食べる場面」はない
また、原作小説には、ホリー・ゴライトリーが「ティファニーの店の前で朝食を食べる場面」は登場しない。
なぜなら「ティファニーで朝食を」は、あくまでも彼女の中の漠然としたイメージを伝えるためのメタファーにすぎないからだ。
「ティファニーで朝食を食べるような場所」は、彼女が永遠に探し求める、彼女自身の「安住の場所」だったのだろう。
まとめ│自分の居場所を探し続けて
本作『ティファニーで朝食を』は、自分探しの物語である。
ヒロインのホリー・ゴライトリーは、「ティファニーで朝食を食べる」ように完璧な秩序という安住の地を求める一方、自由でなければ生きていくことのできない女性だった。
彼女が抱える葛藤は、そのまま、彼女自身の生きづらさへとつながっていく。
その「生きづらさ」を、ホリー・ゴライトリーという女性に投影して描かれた作品こそ、『ティファニーで朝食を』という小説だったのかもしれない。
***
文学ブログ『時空標本』では、海外文学の紹介に力を入れています。
▶海外文学・海外小説・世界文学のおすすめ名作50選|初心者向けから隠れた名作まで徹底解説
