【文芸考察】太宰治『斜陽』かず子の名言「恋と革命」──貴族の誇りが選んだ、静かな復讐
太宰治『斜陽』は、「恋と革命」に生きていくことを決意する女性の物語である。
「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」というかず子の言葉は、『斜陽』を代表する名言としても知られている。
それにしても、なぜかず子は「恋と革命」を同時に語らなければならなかったのだろうか?
この記事では、「恋と革命」という言葉にフォーカスを当てながら、新しい時代を生きる和子の生き様について読み解いていきたい。
なお、本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察
『斜陽日記』の「恋と革命」
「人間は恋と革命のために生れて来た」という言葉は、太宰が『斜陽』を執筆する際の素材とした『斜陽日記』に登場している。
いったい、私は、その間、何をしていたのだろう。革命への憧れもなかった。……何もしていなかった。恋さえ知らなかった。革命と恋、この二つを、世間の大人たちは、愚かしく、いまわしいものとして、私達に教えたのだ。この二つのものこそ、最も悲しく、美しくおいしいものであるのに。人間は恋と革命のために生まれて来たのであるのに。(太田静子「斜陽日記」)
没落階級の娘として、太田静子には新しい時代を生き抜く覚悟があった。
太田静子の覚悟を支えたものは、ローザ・ルクセンブルグ『経済学入門』に代表されるマルクス主義である。
私はこの古い思想を、片端から、何の躊躇もなく破壊して行く、がむしゃらな勇気に、おどろいた。破壊思想。破壊は哀れで悲しくて、美しいものだ。(太田静子「斜陽日記」)
それは、終戦直後という激動の時代だった。
敗戦によって日本の価値観は大きく転換し、戦前の常識が戦後には通用しないことが当たり前となる。
そんな時代を生き抜くために、太田静子が求めたものが「恋と革命」だった。
愛人・太田静子の日記に強い感銘を受けた太宰は、「恋と革命」を『斜陽』の核として位置付け、小説を書き始める。
古い価値観の中に生まれて
そもそも、かず子は「古い価値観」の中で育てられた女性である。
華族の家庭に育ち、生活の苦労に触れることもなく、勧められるままに結婚をした。
それは、決してかず子の望む人生ではなかったかもしれない。
しかし、古い価値観においては、そんな生き方こそが上流階級の生活というものだった。
恋、と書いたら、あと、書けなくなった。(太宰治「斜陽」)
退廃作家・上原二郎への思いを綴ることのできないかず子は、古い時代の中のかず子である。
敗戦がなければ、かず子はもっと貴族らしく生きることができたのかもしれない。
敗戦による価値観の転換
しかし、敗戦は日本を大きく変えた。
戦前の正義が、戦後には通用しなくなっていた。
かず子の「恋と革命」の思想は、そんな敗戦による価値観の転換の中から生まれている。
いままで世間のおとなたちは、この革命と恋の二つを、最も愚かしく、いまわしいものとして私たちに教え、戦争の前も、戦争中も、私たちはそのとおりに思い込んでいたのだが、敗戦後、私たちは世間のおとなを信頼しなくなって、何でもあのひとたちの言う事の反対のほうに本当の生きる道があるような気がして来て、革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄だと嘘ついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。(太宰治「斜陽」)
逆説的に言うと、「恋と革命」は、敗戦後の日本を象徴する言葉だったと言えるかもしれない。
女性が「女性らしく」生きる時代は過ぎ去り、かず子は「かず子らしく」生きていくことを決意する。
その思想を行動に現したものが、上原二郎の子どもを孕むことだった。
かず子は誰の子どもを妊娠したのか?
弟・直治が自殺した夜、かず子は上原二郎と関係を持ち、上原二郎の子どもを妊娠する。
こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。(太宰治「斜陽」)
母と弟を亡くしたかず子は、それでも新しい時代を生きていけなければならない。
なぜなら、彼女にとって、それは自分たち一族を没落させた新しい時代に対する復讐だったからだ。
ロシア文学者・神西清は、次のように語っている。
「なあに上原なんて、ほんの小道具にすぎないのだ。分るかい、僕の言う意味が? かず子はおのれの胎に、ほかならぬわが胎に、血すじをしかと受け留めたのだよ」(橋川文三「評伝的解説」/『現代日本の文学31太宰治』)
おそらく、かず子は、お腹の中の子どもを「貴族」の子どもとして育てていくのだ。
それは、新しい時代に圧し潰された「母」の子どもでもある。
蛇が象徴するものは何か?
本作『斜陽』は、新しい時代の中に消えていった上流階級による「復讐」の物語である。
ひとり生き残ったかず子を象徴するものが、あの「蛇」だった。
朝の蛇と同じだった。ほっそりした、上品な蛇だった。私は、女蛇だ、と思った。(太宰治「斜陽」)
卵を焼かれた蛇は、かず子自身の投影である。
かず子が焼かれたものは「貴族」という生き方そのものだった。
焼かれたものの復讐のために、かず子は新しい時代の子どもを妊娠したのだ。
まとめ│「恋と革命」が意味するもの
本作『斜陽』は、主人公・かず子の「恋と革命」の物語である。
新しい時代に消えていった母や弟たちのために、かず子は「革命」を成就させなければならない。
かず子の革命は、女性のための革命であり、貴族のための革命でもある。
失われたものたちのために、かず子は戦おうとしていた。
私生児と、その母。けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。(太宰治「斜陽」)
本作『斜陽』に描かれているのは、没落貴族の再生である。
弟・直治が「貴族」としての誇りを守るために死んでいったように、かず子もまた「貴族」としての誇りを守り続けるために生きようとしていた。
もしかすると、かず子にとって「恋と革命」は、貴族としての誇りから生まれ出たものだったのかもしれない。
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本作『斜陽』のあらすじや登場人物、実在モデルなど執筆背景については、次の記事で詳しく解説しています。
▶ 太宰治『斜陽』あらすじ・登場人物・時代背景を解説|実話なのか徹底考察
