辻仁成が「Strange People」を歌っている。
『Live at Osaka Festival Hall 2024』の2曲目。
それは、1988年に発売されたECHOESのアルバム『HURTS』に収録された、懐かしい曲だった。
進学塾の国語講師時代
食うために僕は、進学塾の国語講師の仕事で、わずかな生活費を稼いでいた。
一緒に暮らしていた女の子が、近所の歯医者で受付をしていた頃のことだ。
塾の教室は札幌市内至るところで開校していたから、僕は毎日あちこちの教室へ出勤した。
子どもたちの成績が上がると、僕の時給が上がる。
時給が上がると、多くの教室からリクエストを受ける。
成績の良い講師は、特に進学校を目指す子どもたちの授業へ送り出された。
「簡単には上がらない」と言われる国語の成績を短期間で上げたことで、僕の評価は(内部的に)向上していたらしい。
本部に設置された特進校で授業を持つようになり(当時は札幌西高校の近くにあった)、各地域の重点校における授業も任されるようになった。
少なくとも、その進学塾における国語担当講師として僕は、期待された以上の役割を果たしていた。
無口で小利口な集団の中で
その教室は、札幌月寒高校の近くにあった。
珍しく男性生徒が多い教室で、教室内はいつでも静かだった。
授業中はもちろん、休み時間にさえ、私語を聞くことはなかった。
無口で小利口な子どもたちの集団。
それが、僕にとって最初の印象だったように思う。
彼らは黙々と僕の授業に聞き入り、質問されたときにだけ、必要最小限の言葉を、できる限り小さな声で発した。
最小限の会話が続くその教室に、僕は行きたくないと思った。
コミュニケーションが難しい彼らは、少しだけ年上の僕にとって、紛れもない脅威だったから。
札幌という「見知らぬ街」に生きる
塾からの帰り道、カーステレオで僕はECHOESの『HURTS』を聴いていた。
仕事で疲れた心を癒してくれるのは、いつでも音楽だったような気がする(No Music No Life)。
僕のこと 友達が噂する
この街で一番の変わり者ってさ
誰よりも ういているかもしれないけれど
同じ色に染まりたくはないだけなのさ
人は人 それぞれ ぼくは僕 僕なり
きみは君 君らしく 廻る地球で
(辻仁成「Strange People」)
あの頃、札幌は僕にとって「Strange City」であり、この街で僕は「Strange People」だった。
いつまでそんな暮らしを続けていけばいいのか、誰にも分からなかった。
「ぼくは僕 僕なり」に生きるということが、僕にもまだ分かっていなかったのかもしれない。
それぞれの悩みを抱えて
月寒の教室に通い始めて4週間が過ぎたときのことだ。
授業が終わった後、珍しく男性生徒が僕に話しかけてきた(おそらくは初めて)。
「先生の授業、分かりやすいよな」と、彼は言った。
「この教室の校長先生は、全然だめなんだ」
彼が何を言おうとしているのか、僕はうまく理解できなかった。
隣にいた男性生徒が後を続けた。
「先生が、この教室の校長先生になってくれたらいいのに」
僕はじっくりと彼らの話を聴いた。
どこにもぶつけようのない悩みを、彼らは彼らなりに抱えていたらしい。
僕が僕なりの悩みを抱えていたのと同じように。
誰もが「Strange People」だった
もちろん、僕がその教室の校長先生になることはなかった。
僕はただのアルバイト講師だったし、なにより「これ以上この街に留まることはできない」と、僕は考えていたからだ。
辻仁成が歌っていた。
誰もがStrenger
だから 目をそらさないでほしい
僕らはStranger
いつも 声をかけようか迷う
初めは誰もが Strange People
(辻仁成「Strange People」)
きっと、彼らも「Strange People」だったのだろう。
僕らは、みな「Strange People」だった。
お互い内緒を背負いこんで、素顔をいつも隠している「Strange People」だった。
それぞれの「Strange People」を抱いて
エコーズの「Strange People」を聴くと、僕はいつでもあの頃のことを思い出す。
自分の暮らす街でさえ「見知らぬ街」に思われていた、孤独なあの時代。
あれから間もなく、僕は塾講師の仕事を辞めて札幌を離れた。
人生をもう一度やり直すために、僕は本当の「Strange People」となったのだ(それも果てしなく遠い街で)。
ECHOESを解散した辻仁成は、専業作家の道を歩み始めていた。
『海峡の光』(平成9年)で第116回芥川賞を受賞するのは、それからもう少し後の、1997年のことだった。
月寒教室の子どもたちが、どのような人生を歩むことになったのか、僕は知らない。
彼らは今でも「Strange People」という、ECHOESの曲の中にいる。
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