現在でこそ、村上春樹がメディアで発言する機会は少ないが、1980年代の村上春樹の「発言する作家」というイメージがあったような気がする。
1982年(昭和57年)は、特に雑誌への登場も多く、村上春樹という名前の知名度アップに力を入れていたようだ。
時間の地層に埋れたエピソードを発掘する「地層の読書コラム」。
今回は、1982年(昭和57年)の『an・an』に掲載された、村上春樹のインタビューをご紹介します。
『羊をめぐる冒険』が発表された1982年
村上春樹にとって1982年(昭和57年)は、三作目となる長編小説『羊をめぐる冒険』を出版した年だった。
1979年(昭和54年)、ジャズ喫茶のマスターとして文壇に登場した村上春樹は、1981年(昭和56)に店を手放し、専業作家としての活動を始める。
そして、1982年(昭和57年)、初めての本格的な長編小説として発表された作品が『羊をめぐる冒険』だった。
「僕」は「村上春樹」だったのか?
『an・an』No.351(1982/10/08)に掲載されたインタビューを読んでいて感じることは、インタビューをする側(『an・an』)の「村上春樹」に対するイメージの強さだ。
村上さんは『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』そしてこの『羊をめぐる冒険』の「僕」のような人でした。おだやかで、優しくて、思慮深く、それでいて少年みたいで。(『an・an』No.351(1982/10/08))
当時、村上春樹の小説を読んだ人は、誰もが、小説の主人公(「僕」)=村上春樹だと信じていた。
むしろ、それが、村上春樹という作家が描く世界観の魅力だったと言っていい。
──あの「僕」っていう人は、村上さん自身ですか?
村上 よくそれを言われます。でもね、鼠君っていうのもいるでしょう。あの人のある部分も僕であるわけで。(『an・an』No.351(1982/10/08))
雑誌『an・an』が掘り下げようとしているのは、「村上春樹」という人間そのものである。
なにしろ、このインタビューは「people」というコーナーの企画だった。
──両方、村上さん。
村上 僕は彼らほどクールじゃないけど。
──あの「僕」みたいな人、好きだわ。
村上 僕もいいなと思うけど、あんまり友達にはなりたくないね。むずかしい人だから。(『an・an』No.351(1982/10/08))
女性情報誌らしく、女性目線のインタビューがおもしろい。
村上春樹は元・ジャズ喫茶のマスター
作家活動についての質問も、なぜか女性らしい質問になる。
──そうだ、村上さんはジャズ喫茶をやってらしたんだ。なぜやめてしまったんですか?
村上 うーん。長編書きたかったっていうのもあるしさ、ジャズ自体がさ、もう生命力失ってるような気がして。(『an・an』No.351(1982/10/08))
それから質問者は、村上春樹のジャズ喫茶へと切りこんでいく。
──そこはバーではないんですか?
村上 夜はバーでした。
──そこではオムレツが食べられたんですか?
村上 オムレツはむずかしいから。でも僕、バーでオムレツ食べんの好きなんです。(『an・an』No.351(1982/10/08))
なにしろ『羊をめぐる冒険』の主人公は、バーでオムレツやサンドイッチを食べるのが好きだった。
そんな主人公の生活が「都会的でオシャレなライフスタイル」として、若い世代から支持されたのだ。
『an・an』が注目していたのも、そんな登場人物たちのライフスタイルだったのかもしれない。
オシャレで都会的な「村上春樹」の世界
『羊をめぐる冒険』の作品評さえ、いかにも『an・an』らしいものだった。
──この小説はね、表現というか、比喩というのか、それが可愛いのね。普通小説を読むときって、筋を追って、それですぐに読み終えてしまうけど、これはひとつひとつの表現を楽しんで読みたかったから、すごく時間がかかって。(『an・an』No.351(1982/10/08))
村上春樹独特のレトリックには、早くから注目が集まっていた。
それは「オシャレで都会的な言い回し」として、若い世代から支持されたのだ。
──この小説ね、いいところまでくると、女の子は仲間にいれないよ、みたいなところあるけど。
村上 うーん、そういうこと考えたことなかったけど、どうしても男だけになっちゃうんだよね。僕の小説って、3人以上がいっしょに話をしないんです。(『an・an』No.351(1982/10/08))
「いいところまでくると、女の子は仲間にいれないよ、みたいなところある」という『an・an』の指摘がいい。
村上春樹の小説は、確かに男性目線からの小説だった。
村上春樹が語る『羊をめぐる冒険』裏話
全体にカジュアルなインタビュー記事だが(全3ページ)、作品に対する興味深い発言もある。
──鼠が羊男の姿を借りて登場するところ、この本の最高の場面、あれも『シャイニング』?
村上 ロジェ・バディムの『血と薔薇』かな。あの小説ね、そういう借りものがあるんです。僕が数えたら10いくつ。(『an・an』No.351(1982/10/08))
好きな作品世界のモチーフを、さりげない形でパロディとして持ちこむ。
それも、また、村上春樹という作家の魅力だった。
──『羊』の後半は『シャイニング』だなーと思って。
村上 うん。あの道登っていくとこなんかそうでしょう。僕も書き終えてからね、似てるなあと思って、唖然とした。スティーブン・キングがすごく好きで全部読んでる。(『an・an』No.351(1982/10/08))
もちろん、それは村上春樹という作家の中に取りこまれた、ひとつの素材でしかない。
──どんな本が好きなのですか?
村上 何でも読んじゃう。ジョン・ミリアスの映画の原作『コナン・ザ・グレート』のシリーズがいちばん好きですけどね。(『an・an』No.351(1982/10/08))
純文学の作家というよりは、サブカルチャーで活躍する作家。
当時の村上春樹には、そんなイメージが強かったのかもしれない。
まとめ│夢を語った村上春樹
インタビューの終わりで、村上春樹はこんな発言をしている。
村上 僕、小説家って人に紹介されるの、まだすごく恥ずかしくて。「僕の友達の村上さん」って言われるとホッとする。(『an・an』No.351(1982/10/08))
読者との心理的な距離感が近い作家。
それが、80年代初期の村上春樹という作家だった。
村上 本当はね、まだ先になると思うけど、北海道のどこかの駅前で、ご飯屋さんをやってみたい。ホラ、奈良にあるような。そう、お惣菜屋さんみたいな店。それをやるのが夢なんです。(『an・an』No.351(1982/10/08))
北海道で飲食店を開く。
専業作家になってさえ、村上春樹は、そんな「夢」を語っていた。
村上春樹という作家の底力は、そんなところにも表れていたのかもしれない。
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文学ブログ『時空標本』では、村上春樹の作品考察に力を入れています。
1982年に発表された作品『羊をめぐる冒険』については、別記事「村上春樹『羊をめぐる冒険』完全考察│「羊」の正体・鼠の自殺・爆発の意味を読み解く」をご覧ください。


