音楽体験

『懐かしの60’sフォーク』村上春樹『ノルウェイの森』の挿入歌はフォークソング

『懐かしの60'sフォーク』村上春樹『ノルウェイの森』の挿入歌はフォークソング

村上春樹『ノルウェイの森』を読んで、僕は、古いフォーク・ソングを聴くようになった。

ブラザーズ・フォアやキングストン・トリオやピーター・ポール&マリー。

それが、僕にとっての『ノルウェイの森』体験だ。

小林緑が歌った「七つの水仙」

『ノルウェイの森』を読んで、僕はCDを買ってきた。

『懐かしの60’sフォーク』。

1989年(平成元年)に発売されたオムニバス盤だ。

『ノルウェイの森』には、主人公のガールフレンド(小林ミドリ)がフォーク・ソングを歌う場面がある。

「私、水仙って大好きよ」と緑は言った。「昔ね、高校の文化祭で『七つの水仙』唄ったことあるのよ。知ってる、『七つの水仙』?」「知ってるよ、もちろん」「昔フォーク・グループやってたの。ギター弾いて」(村上春樹「ノルウェイの森」)

当時、僕は大学生で、もちろん、「七つの水仙」なんて知らなかった。

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バブル時代の大学生は、普通、1960年代のフォーク・ソングなんて聴いたりしない。

彼女は昔はやったフォーク・ソングを歌った。唄もギターもお世辞にも上手いとは言えなかったが、本人はとても楽しそうだった。彼女は「レモン・ツリー」だの「パフ」だの「五〇〇マイル」だの「花はどこへ行った」だの「漕げよマイケル」だのをかたっぱしから唄っていった。(村上春樹「ノルウェイの森」)

CDショップに行って僕は、「七つの水仙」や「花はどこへ行った」が入っているCDを探した。

そのとき、見つけたものが、この『懐かしの60’フォーク』である。

「パフ」や「レモン・ツリー」は入っていないが、「五〇〇マイル」と「漕げよマイケル」は入っていた。

ブラザーズ・フォア、キングストン・トリオ、ピーター・ポール&マリー、ジョーン・バエズ──日本のポピュラー音楽界にフォークの種をまき、その成長とポップ化に大きな力となったモダン・フォーク・グループ。彼等がアメリカのポップ/フォーク・シーンに登場したのは1950年代末のことであった。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

こうして僕は、ブラザーズ・フォアやキングストン・トリオ、ピーター・ポール&マリー、ジョーン・バエズといった、フォーク・グループやミュージシャンの名前を覚えることになる(本当にこのCDが原体験だった)。

「モダン・フォーク」。懐かしい言葉である。ニューヨークのグルニッチ・ビレッジで、カリフォルニアのサンフランシスコで、ロサンジェルスで、また東京でも大阪でも、とにかく世界中いたるところで、おびただしいフォーク・ミュージシャンが、ファンが、健康的で快楽的なパフォーマンスをくりひろげたものだった。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

それは「モダン・フォーク」と呼ばれる(呼ばれた)音楽だった。

試しに今、「モダン・フォーク」という言葉を探しても、インターネット上に満足のいく解説はないだろう。

「モダン・フォーク」は、1989年(平成元年)の時点で、既に「懐かしい言葉」だったのだ。

ちなみに、この解説は、1989年(平成元年)2月に書かれている。

元号が「昭和」から「平成」へと変わったのは、その一月前の1989年(平成元年)1月だった。

日本はまさにバブル時代で、そんな時代に1960年代フォーク・ソングのCDを買ってくるというのは、ある意味では酔狂な話だったのだ(特に当時の大学生としては)。

そうした一大ブームの火付け役的存在だったのが、ブラザーズ・フォア、キングストン・トリオだった。彼ら大学のキャンパス出身のフォーク・グループは、一部好事家や社会運動家たちの ”歌” にも似たフォークを、ポピュラー音楽の次元にまで引き上げ、商業音楽としての市民権を与えたのは、ブラザーズ・フォア、キングストン・トリオを中心としたモダン・フォーク・グループ、歌手たちであった。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

このCDを繰り返し聴いて、僕は、1960年代に流行したモダン・フォークを覚えた。

『ノルウェイの森』の主人公(ワタナベ君)は、1968年(昭和43年)4月に、18歳で大学へ入学している。

つまり、ワタナベ君やミドリちゃんが高校時代を過ごしたのは、1965年(昭和40年)から1967年(昭和42年)までだった、ということになる。

彼らは、1948年(昭和23年)生まれの団塊の世代だったのだ。

作者(村上春樹)は、1949年(昭和24年)2月生まれだから、ワタナベ君やミドリちゃんとは同世代である。

1960年代中期の高校生は、モダン・フォークを歌っていたのだ(たぶん)。

この「懐かしの60’sフォーク」と題されたCDは、そうしたモダン・フォーク・ブーム1960年代の中心的グループとシンガーによって辿るフォーク・オールデイズ。破天荒なパワーとエネルギーに満ちた時代60年代 “スインギング・シックスティーズ” の落し子モダン・フォークの名曲集である。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

今から30年以上前のコンピレーション・アルバムだけれど、今でも、僕は、このCDを懐かしく聴いている(あくまでも僕自身にとっての「懐かしさ」として)。

モダン・フォークに魅せられて

いろいろと調べていくうちに分かったことだけれど、このCDに収録されているミュージシャンは、かなり偏っている。

ブラザーズ・フォアとニュー・クリスティ・ミンストレルス、ピート・シーガー、ポゾ・セコ・シンガーズ、ザ・バーズ、スコット・マッケンジー。

キングストン・トリオもいなければ、ピーター・ポール&マリーもいないし、ジョーン・バエズもいない。

60年代モダンフォークのコンピ盤として、これは決して完璧な企画盤ではないのだ。

しかし、その「完璧ではないところ」も含めて、今となってはオリジナリティ(個性)となっているのかもしれない。

【花はどこへ行ったの/ブラザーズ・フォア】ウィヴァーズによる民謡復興運動と、60年代フォーク・ブームにおける反戦運動と歌声運動で著名なピート・シーガーが、ミハイル・ショーロフの小説『静かなるドン』に出てくるウクライナ地方の民謡からヒントを得て作ったといわれる反戦歌。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

日本では、忌野清志郎が、日本語訳で歌っていた(CD化はされていない)。

こういう解説を読むと、次は『静かなるドン』を読もうと思う(岩波文庫で全8巻だけど)。

読書の動機なんて、そのくらいでちょうどいいのかもしれない。

【七つの水仙/ブラザーズ・フォア】ピート・シーガー同様ウィヴァーズで活躍、重厚な歌声でグループのコーラスを代表したリー・ヘイズが1957年に作詞作曲、同じウィヴァーズの女性歌手ロニー・ギルバートによって、たとえその身貧しくとも、心清らかであれば、いつの日にか真の愛を得ることができるだろうと歌われた、素晴らしいロマンに包まれた愛の歌。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

村上春樹『ノルウェイの森』で、ミドリちゃんが歌っている。

ワタナベ君は、都電の駅の近くにある花屋さんで水仙の花を買った(「僕は昔から水仙の花が好きなのだ」)。

【グリーン・グリーン/ニュー・クリスティ・ミンストレルス】大世帯の特色をいかした9人編成のダイナミックなフォーク・コーラスで知られたランディ・スパークス率いるニュー・クリスティ・ミンストレルス最大のヒット曲(’63年夏)が、このスパークスとグループのバリー・マクガイア作の、草が緑と萌える希望の土地を求めて旅をするさすらい人を歌った「グリーン・グリーン」だった。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

我々世代にとっては、音楽の授業の合唱曲として親しみがある作品(ジョーン・バエズの「ドナドナ」と同じだ)。

現在、バリー・マクガイアは、「明日なき世界」の作者として有名らしい(RCサクセションが『COVERS』でカバーしている)。

【パフ/ブラザーズ・フォア】PP&Mのピーター・ヤーローとコーネル大学の学生だったレオナール・リプトン作の、ハナリーなるお伽の国に住むドラゴンと少年ジャッキー・ペーパーとの交友を通して、愛とジェネレーション・ギャップの問題を優しく歌ったバラッド。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

大学を卒業して社会人になったばかりの頃、会社の先輩たちに連れられて、オールディーズ・バー(みたいなところ)へ行った。

同期の女子に「古いフォーク・ソングも悪くないよ」とかバカなウンチク垂れていたら、向かいの先輩に「お前、若いのに、古い音楽に詳しいのな」と笑われた。

「PP&Mの『パフ』とかいいですよね」と言ったき、ふっと下を向いて「パフ・ザ・マジック・ドラゴン、か」とつぶやいた先輩。

「いい時代だったんだろうなあ」と僕は言ったけれど、先輩は「俺にとっては、あまり良い時代でもなかったけれどね」と笑うだけだった。

彼もまた、団塊の世代の人間だったのだ(ミドリちゃんやワタナベ君と同じように)。

【天使のハンマー/ピート・シーガー】ここでのピート・シーガーの歌は、ワーク・ソング(労働歌)の様式をとって力強く連帯を呼びかけ訴える。シーガーの歌い込むにつれ高まる精神の高揚は凄い。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

いろいろな「天使のハンマー」を聴いたけれど、このライブ録音がいちばん好きだ。

ピート・シーガーが囁く歌詞に導かれて、聴衆がシング・アウトする高揚感は、まさしく1960年代という感じがする。

トリニ・ロペスのポップ・ヴァージョンは、全世界で1,000万枚を売り上げたらしい。

【朝日のあたる家/ポゾ・セコ・シンガーズ】民謡研究家として著名なアラン・ロマックスがケンタッキーの炭坑夫の娘から採譜(1937年)した売春婦の哀歌。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

民謡研究家(アラン・ロマックス)の名前も懐かしい。

インターネットのなかった当時、アラン・ロマックスのレコードを探すということは、それほど簡単なことではなかったのだ。

ポゾ・セコ・シンガーズの「朝日のあたる家」というのも貴重。

【風に吹かれて/ニュー・クリスティ・ミンストレルス】ボブ・ディラン1962年の名曲。チャド・ミッチェル・トリオが最初に取りあげたが、ポピュラーになったのはPP&Mのヒットによってであった(1963年)。ニュー・クリスティ・ミンストレルスのこれは、一般的なフォーク・ソング・コーラスのためのガイド的親しみやすさという点では最適なものかもしれない。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

ボブ・ディランのメッセージ・ソングを、爽やかなコーラス・グループで聴くというのは、ある意味、最高のパラドックスかもしれない。

とはいえ、ニュー・クリスティ・ミンストレルスの「風に吹かれて」を聴く機会は、なかなか貴重。

映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』の公開も楽しみだね。

ちゃんと『ミュージック・マガジン』を買って、予習中。

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本作『懐かしの60’フォーク』には、他に「ミスター・タンブリン・マン」が収録されている(ザ・バーズ)。

【500マイル/ブラザーズ・フォア】アメリカ民謡に多い鉄道の歌の代表的な曲。普通トレイン・ソングと呼ばれるこの種の歌は、囚人たちにとっては “希望” と “自由” の象徴だった。また、一般人にとっては “放浪” の、また、”別れ” の象徴だった。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

日本では、忌野清志郎(HIS)の日本語訳で有名(♪次の汽車が駅に着いたら~)。

女性フォーク歌手(ヘディ・ウェスト)が、最初に採譜したときの原題は「レイルローダーズ・ラメント」で、「500マイル」は副題だった。

【勝利を我等に/ピート・シーガー】南部黒人公民権運動のテーマ・ソングとして有名なプロテスト・ソング。ここでのピート・シーガーの歌は、ガイ・カラワンから直接教わったものだという。原曲は黒人霊歌「アイル・オーバー・カム・サムデイ」で、公民権運動の活動家が詞を書いて歌ったものが「勝利を我等に」であると言われている。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

ピート・シーガーといえば「勝利を我らに(WE SHALL OVERCOME)」というくらいに有名。

1969年(昭和44年)の新宿フォークゲリラでも、スタンダード・ナンバーとなっていた(高石友也の日本語訳で「♪勝利の日まで、戦い抜くぞ~」)。

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『こち亀』の秋元治は、1952年(昭和27年)生まれで、彼も、フォーク・ソング世代だったのだろう。

【わが祖国/ブラザーズ・フォア】第2のアメリカ国家といわれて親しまれているウディ・ガスリー1950年代初めの作品。ガスリーは、この歌を1930年代カーター・ファミリーの曲のメロディを借りて、アメリカ人すべてのアメリカ賛歌に書き換えたのだという。(島田耕「懐かしの60’フォーク」解説)

ウディ・ガスリーといえば「わが祖国(THIS LAND IS YOUR LAND)」と言われるくらいに有名。

モダン・フォーク界隈では、ニュー・クリスティ・ミンストレルスの録音が人気だが、ここでは、ブラザーズ・フォアが採用されている。

偏っていると言えば偏っているけれど、偏っているなりに上質の企画盤となっているのが、本作『懐かしの60’フォーク』だと思う。

そうでなければ、30年以上も同じCDを聴き続けたりはしない。

もちろん、ここから始まる広大なモダン・フォークの世界があることは確かだ。

まずは、入門編の一枚として。

『ノルウェイの森』を読んで以来、僕はモダン・フォークの虜だ。

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kels
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。