読書体験

有島武郎「カインの末裔」生きにくさを抱えた男の「真冬の北海道」のように厳しい人生

有島武郎「カインの末裔」生きにくさを抱えた男の「真冬の北海道」のように厳しい人生

有島武郎「カインの末裔」読了。

本作「カインの末裔」は、1918年(大正7年)2月刊行の『有島武郎著作集(第三集)』に収録された短篇小説である。

この年、著者は40歳だった。

初出は、1917年(大正6年)7月『新小説』。

放浪の農民夫婦

札幌市内に久しぶりの大雪が降り続いている。

現代の大雪は、交通事情への影響が最大の懸案となっているが、明治・大正の開拓農民にとって大雪は、文字どおり「生きるか死ぬか」という大問題だったのではないだろうか。

本作「カインの末裔」は、そんな時代を生きる放浪農民の姿を描いた、北海道文学を代表する作品である。

北海道の冬は空までせまっていた。蝦夷富士と言われるマツカリヌプリの麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打ち寄せるうねりのようにあとからあとから吹きはらっていった。(有島武郎「カインの末裔」)

放浪の一家は、どこからやってきたのだろうか。

彼らが登場する物語の冒頭シーンは、特に印象深い。

長い影を地にひいて、やせ馬の手綱を取りながら、彼は黙りこくって歩いた。大きな汚い風呂敷包みと一緒に、たこのように頭ばかり大きい赤ん坊をおぶった彼の妻は、少しちんばをひきながら三四間も離れてそのあとからとぼとぼとついていった。(有島武郎「カインの末裔」)

言うまでもなく、彼らは貧しい。

着物は薄かった。そして二人は飢えきっていた。妻は気にして時々赤ん坊を見た。生きているか死んでいるのか、とにかく赤ん坊はいびきもたてないで首を右の肩にがくりと垂れたまま黙っていた。(有島武郎「カインの末裔」)

彼らがたどりついたところは、羊蹄山の麓「K村」にある「松川農場」だった。

この「K村」は、かつて「有島農場」があった「狩太(かりぶと)村」がモデル。

現在の「ニセコ町」のことで、有島農場跡地には「有島記念館」が建てられている(有島記念館には「カインの末裔」の文学碑あり)。

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主人公(広岡仁右衛門、27歳)は、妻と赤子を連れて松川農場へとやって来た、放浪の農民である。

彼は、社会の(農場の)ルールに縛られることのない、アウトローな農民だった。

仁右衛門は、農場内で暮らす小作人(佐藤与十)の妻と、不倫関係を楽しむ(「その顔つきは割合に整っていて不思議に男にせまる淫蕩な色をたたえていた」)。

二人は互いに情に堪えかねてまたなぐったりひっかいたりした。(略)集会所に来た時は二人とも傷だらけになっていた。有頂天になった女は一塊の火の肉となって、ぶるぶる震えながら床の上にぶっ倒れていた。(有島武郎「カインの末裔」)

彼らの愛し合い方は、まるで野獣そのものだったと言っていい。

彼は、感情のままに、農場内の子どもたちを容赦なく殴りつけた。

仁王立ちになってにらみすえながら彼はどなった。子供たちはもうおびえるように泣きだしながらおずおず仁右衛門の所に歩いてきた。待ちかまえた仁右衛門の鉄拳はいきなり十二ほどになる長女のやせた頬をゆがむほどたたきつけた。(有島武郎「カインの末裔」)

仁右衛門は、理性を知らない野獣だった。

「こんなに亜麻をつけてはしようが無えでねえか。畑が枯れて跡地にはなんだってできはしねえぞ。困るな」ある時帳場が見回ってきて、仁右衛門にこう言った。「おらがも困るだ。汝(われ)が困るとおらが困るとは困りようがどだいちがうわい。口が干上がるんだあぞ、おらがのは」(有島武郎「カインの末裔」)

人妻を寝盗り、組織のルールに従わない仁右衛門は、当然、農場内の厄介者となっていく。

赤ん坊が赤痢で死んだとき、彼らはまったく孤独だった。

仁右衛門は死体を背負ったまま、小さな墓標や石塔の立ちつらなった間の空地に穴を掘りだした。(略)妻はしゃがんだままで時時頬に来る蚊をたたき殺しながら泣いていた。(有島武郎「カインの末裔」)

小作人(笠井)の娘が強姦されたとき、「犯人は仁右衛門だ」と、農場の人々は言い合った。

娘は河ぞいの窪地の林の中に失神して倒れていた。正気づいてから聞きだすと、大きな男が無理やりに娘をそこに連れていって残虐をきわめた辱かしめかたをしたのだとわかった。(有島武郎「カインの末裔」)

既に、農場内に彼の居場所はなかった。

佐藤をはじめ彼の軽蔑しきっている場内の小作者どもは、おめおめと小作料をしぼり取られ、商人に重い前借りをしているにもかかわらず、とにかくさした屈託もしないで冬を迎えていた。(略)貧しいなりに集まって酒を飲み合えば、助け合いもした。仁右衛門には人間がよってたかって彼一人を敵にまわしているように見えた。(有島武郎「カインの末裔」)

農場から立ち退きを命じられた仁右衛門は、小作料の軽減を実現させて、農場内における自分の立場を復活させようと考え、函館にいる場主を訪ねる。

しかし、仁右衛門と場主とでは、まるきり立場が違っていた。

「何しに来た」底力のある声にもう一度どやしつけられて、仁右衛門は思わず顔をあげた。(略)「小作料の一文も納めないで、どの面下げて来くさった。来年からは魂を入れかえろ。そして辞儀の一つもすることを覚えてから出直すなら出直してこい。ばか」(有島武郎「カインの末裔」)

彼は、独りよがりのアウトローだった。

組織に寄り添わずに生きていく彼の孤独は、その都会の街では通用することがなかったのだ。

なんという暮らしの違いだ。なんという人間の違いだ。親方が人間ならおれは人間じゃない。おれが人間なら親方は人間じゃない。彼はそう思った。(有島武郎「カインの末裔」)

真冬の松川農場を追い出されて、再び、彼らは放浪の農民となった。

天も地も一つになった。さっと風が吹きおろしたと思うと、積雪は自分のほうから舞い上がるように舞い上がった。(有島武郎「カインの末裔」)

冒頭の場面と対比するように、ラストシーンでは、彼らが出ていくところが描かれている。

彼らは、一体どこへ行こうというのだろうか。

その辺から人家は絶えた。吹きつける雪のためにへし折られる枯れ枝がややもすると投槍のように襲ってきた。吹きまくる風にもまれて木という木は魔女の髪のように乱れ狂った。(有島武郎「カインの末裔」)

農場へ来たときにはあった赤ん坊も一頭の馬も、彼らは失っていた。

自分たちの生き場所を探して、彼らは歩き続けていかなければならない。

真冬の北海道のように厳しい人生に立ち向かいながら。

広岡仁右衛門は我々自身だった

本作「カインの末裔」は、作品タイトルが印象的な作品である。

三宅香帆的に言えば、タイトルが何らかのメタファーとして機能している作品と言っていい。

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作品名「カインの末裔」は、何を意味しているのだろうか?

カインとは旧約聖書『創世記』の第四章に描かれる「カインとアベルの物語」の、アベルの兄のことである。アベルは羊を飼う者であり、カインは土を耕す者であったが、神がアベルの供え物をよろこんでカインの供え物を顧みられなかったので、カインは腹を立てて弟のアベルを殺してしまうのである。有島は仁右衛門をそのカインの血をひく末裔として描いているのである。(佐古純一郎『生れ出づる悩み(ほか三編)』解説)

土を耕すカインは、小作人として働く広岡仁右衛門である。

農場のルールに縛られない仁右衛門は、必要な小作料を納めなかったことで、農場を追い出されてしまう。

供え物を顧みられなかったカインのように、腹を立てて弟のアベルを殺してしまうこともなく、仁右衛門は妻と二人で農場を去っていく。

彼が殺したものは彼ら自身だ。

現代社会において「神」は、農場の場主に象徴される資本家たちである。

彼ら小作人は、農場主に身を委ねながら生きていくしかない。

万が一、農場主と上手にやっていくことのできない者は、農場内からその立場を追われてしまうだけのことだ。

仁右衛門は、賢く生きることのできない男だった。

仁右衛門の口の辺にはいかにも人間らしい皮肉なゆがみが現われた。彼は結局自分の知恵の足りなさを感じた。そしてままよと思っていた。(有島武郎「カインの末裔」)

佐藤家の子どもたちを散々殴りつけてしまったせいで、仁右衛門は、佐藤の妻の逆鱗に触れて、大切なセックスフレンドを失ってしまう。

彼にとって「生きること」とは、本能の赴くままに行動することだった。

もとより、我々は誰しも「カイン」の血を引く末裔である。

仁右衛門の凶暴性は、我々自身の中にもあるはずのものだ。

狂暴な仁右衛門は赤ん坊を亡くしてから手がつけられないほど狂暴になった。その狂暴をつのらせるようにはげしい盛夏が来た。春先の長雨を償うように雨は一滴も降らなかった。(有島武郎「カインの末裔」)

資本家に翻弄されて生きる仁右衛門も、仁右衛門を動かす凶暴性も、それはつまり、我々自身の物語である、ということだ。

ここに、本作「カインの末裔」という短篇小説で、作者の伝えたかったテーマがある。

広岡仁右衛門というアウトローな主人公を、作者(有島武郎)は、決して突き放した視点から描いているわけではない。

二人の男女は重荷の下に苦しみながら少しずつ倶知安のほうに動いていった。(略)まっすぐな幹が見渡すかぎり天をついて、怒涛のような風の音をこめていた。二人の男女は蟻のように小さくその林に近づいて、やがてその中にのみこまれてしまった。(有島武郎「カインの末裔」)

「重荷」の下に苦しみながら歩いていく夫婦は、まるで殉教者のようでさえある。

作者は、真冬の北海道に吹き荒れる暴風雪を、そのまま「現代社会」と見ていたのかもしれない。

そして、真冬の北海道で生きる悲しい農民たちは、現代社会を生きる我々自身の姿である。

祈るように「倶知安の方へ動いていった」一組の男女は、この厳しい時代を生き抜くことの難しさを象徴していると言っていい。

広岡仁右衛門という主人公は、我々の苦悩を一身に背負った「犠牲者」を象徴しているようにも思える。

「農民の生きづらさ」が、「現代社会の生きづらさ」を反映しているところに、この物語の面白さがある。

有島は仁右衛門は自分の分身であると言っている。しかし同時に、このように無知で粗野な人間としての仁右衛門とその妻を見つめる有島の眼は、単なる非情の眼ではなくて、そこには虐られた人々に対して注がれる愛の心が感じられる。(佐古純一郎『生れ出づる悩み(ほか三編)』解説)

そもそも「広岡仁右衛門」を生み出したものは、我々自身ではなかっただろうか。

十分な教育を受けることもなく、本能のままに生きることだけを信じて、男は放浪の農民となった。

彼が、社会に愛情を感じていないのと同じように、社会もまた、彼ら夫婦を切り捨ててきたのだ。

本作「カインの末裔」は、決して無法者たる「広岡仁右衛門」を批判するための小説ではない。

そこに描かれているのは「広岡仁右衛門」を生み出した現代社会に対する批判なのだ。

それは同時に、現代社会の一員として生きる我々に対する批判でもあった。

その中には、もちろん作者自身も含まれていたことだろう。

「仁右衛門は自分の分身である」という有島の言葉は、「仁右衛門は我々自身の分身である」という言葉だと読み替えてもいい。

真冬の北海道のように厳しい世の中を、果たして「我々」はどのように生きていくべきなのか?

もしかすると、本当の物語は、仁右衛門が松川農場を追い出されたところから始まっているのかもしれない。

作品名:カインの末裔
著者:有島武郎
書名:生れ出づる悩み(他三編)
発行:1966/02/10
出版社:旺文社文庫

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懐新堂主人
バブル世代の文化系ビジネスマン。札幌を拠点に、チープ&レトロなカルチャーライフを満喫しています。