高度経済成長期に、多くの出版社から相次いで刊行された日本文学全集には、各企画ごとにそれぞれの特徴というものがあった。
手もとに集まっている庄野潤三関係の文学全集を比較してみよう。
まずは、収録作品について。
古い時代に刊行されたものは、当然に古い作品しか入っていないし、新しい時代に刊行されたものほど、近年の作品が収録されている。
また、単独刊行のものと、他の作家との抱き合わせ刊行のものとでは、収録作品数に違いが出る。
例えば、1969年刊行の「日本の文学」(中央公論社)は、阿川弘之や有吉佐和子との抱き合わせで、庄野さんの収録作品は「プールサイド小景」「相客」「イタリア風」「静物」「薪小屋」「鳥」「冬枯」「丘の明り」となっている。
一方で、1974年に刊行された「現代の文学」(講談社)は、庄野さんの単独刊行で、「結婚」「静物」「鳥」「佐渡」「秋風と二人の男」「まわり道」「絵合せ」「つむぎ唄」「前途」となっており、長篇の「前途」まで収録しているところが特徴だろう。
遠藤周作と抱き合わせの「増補決定版 現代日本文学全集」(筑摩書房、1975年)は、「流木」「プールサイド小景」「静物」「道」「日ざかり」「橇」「鳥」「石垣いちご」「蒼天」「曠野」「つれあい」「冬枯」「行きずり」「秋風と二人の男」「まわり道」「山高帽」「卵」「丘の明り」とボリュームたっぷりで、「丘の明り」以前の庄野文学を体感するには十分な内容となっている。
「プールサイド小景」や「静物」のような代表作が入っている一方で、「愛撫」ではなく「流木」を収録するなど、作品の選定にもこだわりが感じられるし、「橇」のような小品が含まれているところもうれしい。
次に、文学全集を読む楽しみとしては、作家の作品と一緒に収録されている解説や評論がある。
1981年刊行の「新潮日本文学」には、進藤純孝による「解説」が12ページに渡って掲載されているし、「増補決定版 現代日本文学全集」には、山室静「庄野潤三論」と上田三四二の「解説」が収録されている。
おもしろいのは、1984年に角川書店から刊行されている「鑑賞 日本現代文学」で、島尾敏雄との抱き合わせながら、助川徳是による作品解説(「プールサイド小景(抄)」「静物(抄)」「浮き燈台(抄)」「夕べの雲(抄)」「早春(抄)」)のほか、上田三四二や江藤淳、高橋英夫、饗庭孝男、岡庭昇らの庄野文学論が掲載されている。
庄野文学に関する「参考文献目録」も充実しており、他の出版社の文学全集とは異なった醍醐味があるのは、80年代の刊行という時代性にもあるのかもしれない。
最後に、文学全集に期待したいものとして、作品解説のほかに「作家案内」や「年譜」の類があるが、ありきたりの年譜が多い中、ここでも角川書店の「鑑賞 日本現代文学」が際立っていて、「庄野潤三の人と作品」(助川是徳)では幼少期から円熟期まで20ページに渡る充実の作家案内が掲載されている。
私生活上の写真も多く、作品を読むというよりも、庄野潤三という作家を知るうえで、ぜひ携行しておきたい一冊である。
また、学習研究社の「現代日本の文学」(1971年)は、小島信夫との抱き合わせながら、「庄野潤三文学アルバム」として、進藤純孝が評伝的解説を書いていて、豊富な写真と合わせて興味深い内容となっている。
さらに「庄野潤三文学紀行」というタイトルで、足立巻一が取材した帝塚山や佐渡のカラー写真に、作品の抜粋を組み合わせた文学紀行もあり、さすがに学習教材で著名な学研らしい構成だと思う。
庄野文学への世界へと誘う入門書としての役割を、しっかりと果たしてくれたことだろう。
1971年刊行の「カラー版日本文学全集」は、小島信夫や三浦朱門との抱き合わせで、カラー写真のほか、安西啓明の美しい色刷挿画が入っているところがうれしい。
中高生にも親しまれるイラストで、「愛撫」「プールサイド小景」「静物」と、庄野文学を代表する短編が収録されているほか、「相客」や「秋風と二人の男」といった名作もしっかりと押さえているので、大人にも楽しめる内容と言えるようだ。
こうして考えてみると、文学全集の醍醐味というのは、作品の取り合わせを楽しむことの他に、作品解説や作家案内を読むことなど、作家や作品に対する理解を一層進めることにあるということが分かる。
文学全集の時代は過ぎ去ってしまったけれど、それぞれの文学全集にはそれぞれの時代のリアルな息吹きが遺されている。
作品と一緒に時代の空気感を楽しんでみるのもありかもしれない。